冬季「いつかのクリスマス」 『神里悠人のメモより』
「橘サンタがやってきたよ~!」
事前の連絡通り、鍵を開けておいた玄関から寒さを感じさせない元気な声が響く。
「橘さん、いらっしゃい」
「あれ、くまは?」
「ここにいるぞ」
そんな心配をよそに、ドアの
今日はクリスマス当日である12月25日。
もちろんこんな目立つ日を橘が見逃さないはずもなく、クリスマスパーティーと題して自分の家で集まることとなっていた。
「さあて、皆プレゼントの用意はちゃんとしたかな?」
そう言いながら橘が持っていた小さな箱を掲げる。
今年のクリスマスも橘提案のプレゼント交換を行うため、それぞれが誰かに渡るであろうプレゼントを準備していた。
「ええ、ここにあるわよ」
水瀬さんが指差す方向には丁寧にラッピングされた薄い紙袋が置かれている。
「俺もあるよ。大きさは水瀬さんと同じくらいかな」
どんなプレゼントが自分の元に届くか分からないドキドキ感を演出するため、プレゼントを購入する際に誰にも相談しないことをルールとしている。
そのため、誰がどんな大きさ・形のプレゼントを持ってくるかはここで明らかになるのだ。
「こっちは……ほいっと」
くまが取り出したのは橘よりひと回り大きい箱だった。
しかし、見た目に反してくまは軽々と箱を持ち上げている。
「……プレゼント交換は後でいいのよね?」
皆のプレゼントが
「ご飯が冷めちゃうからプレゼントは後回し! はいこれ! 頼まれたチキンだよ!」
全員のプレゼントをリビングの一角に集め、橘がもう片方の手で持っていた有名なチキン屋さんの商品をサラダなどの盛り付けが終わっていた机に置いた。
「ありがとう。飲み物の方、冷蔵庫から取り出してくるね」
「あ、コップ出すの手伝うよ」
水瀬さんがお茶やジュースを探し始めたのを見て、なるべくその負担を減らせるよう分担作業をこなしていく。
「じゃあうちとくまは食べ物の取り分け作業かな!」
「悠人、お皿はこれらを使えばいいのか?」
「うん。それでお願い」
厚手のコートを脱いで
「みんな、飲み物は持った?」
「持ったわよ」
この流れは橘が音頭をとるのだろうと水瀬さん含め、くまや自分もコップを掲げながら橘の言葉を待つ。
「それじゃあ……メリークリスマース! かんぱい!」
続いてそれぞれのテンションで『かんぱーい』と声が重なる。
こうして4人で過ごすささやかな夜が始まった。
「やっぱりクリスマスチキンはこのお店に限るよね!」
「花蓮さんや、油ものは食べ過ぎない予定なのでは?」
「クリスマスは特別です!」
いつものコントを繰り広げる2人。
流石にくまもクリスマスであることを分かった上で言っているのだろうが、それに対して橘が全力で反論しているのも面白い。
「水瀬さん、このサラダ美味しいよ」
「そう? それなら良かったわ。普段のと味付けを変えてみたの」
騒がしいあの2人とは対照的に水瀬さんは黙々とサラダを食べている。
だがやはりこのような4人で過ごすイベントものに、水瀬さんなりに楽しさを感じているのか、こころなしかご飯を食べる動作の1つ1つが
「さあ! ついに! プレゼント交換をしよう!」
くまとのやりとりをようやく終えた橘が、予め用意してきたと思われるあみだくじを取り出して叫んだ。
「じゃあ、私はここで」
「なら俺はここかな」
「うちはここ!」
「余りものかい」
各自が持ってきたプレゼントに通し番号を振ったのち、橘が持つあみだくじに自分の名前を記す。
「それじゃあいくよ! 水瀬にゃんは……2!」
一番左に書かれた水瀬さんの名前の下の線をつらつらと橘が
「2番は……これね」
「あ、俺のプレゼントだね」
「どんどん行くよー! 悠人は……4!」
橘の指示通り、4と
「それは私のね」
その後くまと橘のプレゼントも決まったが、どうやら互いに交換する形となったらしい。
「それでは~! プレゼント、オープン!」
各々がプレゼントを手にしたのを見て、橘が号令をかける。
「水瀬さんのは……手袋かな?」
「神里君のはマフラーね」
「おいサンタの帽子ってなんだよ」
「わーい! ニット帽!」
部屋に響く声を聞く限り、1名を除く全員がプレゼントに満足したらしい。
そんな雰囲気を維持したまま、クリスマスパーティーは閉幕へと落ち着いていった。
「水瀬さん、ここの飾りつけも取っちゃっていいかな?」
「そうね、外せるなら今のうちに外してしまいましょう」
橘とくまが皿洗いを行ってくれるところまで残っていたので、その2人が帰った今は水瀬さんとクリスマスの飾りつけを片付けている。
「あ」
「水瀬さん? どうしたの?」
別で作業していた水瀬さんが何かに気づくように声をあげた。
「ちょっと待っててもらえるかしら……どう? 似合ってる?」
そんな水瀬さんが身に着けたのは、自分がプレゼントで用意した水色のマフラーである。
誰に渡るか分からないというのを前提にプレゼントを考えたところ、3人が共通して喜ぶものを見つけられなかったために『水瀬さんへのプレゼント』と仮定して実は購入していた。
嬉しいことに自分のプレゼントは水瀬さんが引いてくれたので、そのような経緯もあってか部屋着であるにもかかわらず水色のマフラーは水瀬さんにぴったりと合っていた。
「せっかくもらったのだから着けてみたのだけど」
「もちろん似合ってるよ。特に水瀬さんの冬服と合うんじゃないかな……そしたら俺も水瀬さんからもらった手袋をはめてみよう」
水瀬さんからのプレゼントは赤い手袋である。
見た目からしても寒さをしのげるよう記事が分厚い仕様となっていたが、いざはめてみると中はふかふかになっていて予想以上に温かさを保つことができていた。
「どうかしら?」
「うん、温かいし結構指先まで動かしやすいんだね」
手袋をはめながら握ったり開いたりして感触を確かめる。
「……クリスマスってこんなに楽しいのね」
「……そうだね、また来年もこうやって過ごすことができるといいな」
深く聞かずとも水瀬さんの言葉の重みが分かる。
「サンタさんに頼めば来年も届けてくれるかしら」
「……きっと来るさ」
水瀬さんが着けている水色のマフラーのように、クールでも温かさを感じさせてくれる隣の少女に向けてそう願い、心の中で『メリークリスマス、水瀬さん』と呟いた。
クーデレ美少女との季節な話 霧雨紡 @kirisame-tsumugi33
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