クーデレ美少女との季節な話

霧雨紡

秋季「いつかのハロウィーン」 『水瀬瑞葉の手記より』

「ハッピーハロウィーン! そしてトリックオアトリート!」


 10月31日の夜は一際ひときわ夜がにぎわう日。

 

 私達もその例にれず、イベントの渦中かちゅうに巻き込まれようとしていた。

 

 というのも数日前、学校での橘さんの発言が発端だった。



 

「悠人! ハロウィンの日、お邪魔してもいい?」


「えっと……」


 突然の訪問発言に戸惑う様子の神里君。

 一緒に住んでいる私に気を遣っているのか、目が合うと『水瀬さんはどう思う?』とメッセージを送ってきたような気がしたので、軽くうなずき了承の意志を示した。

 

「大丈夫だけど、具体的には?」


「え? 普通に遊びに行くだけだけど」


 今までの出来事から橘さんの『普通』が分からなくなるが、それは神里君も同じらしく、橘さんの言葉を受けて何とも言えないような顔をしていた。


「……まあいいか。橘が来るなら、くまも来るんだろ?」


「悠人がいいなら行かせてもらうよ」


 話を聞きがてら本を読んでいた熊谷君が答える。

 この4人で遊ぶのも『いつものこと』となっていた。



 

 さて、ハロウィン当日、下校を済ませ、各々普段着(ただし橘さんは魔女っぽい仮装だった)に着替えを終えてから話は始めに戻る。


「ハッピーハロウィーン! そしてトリックオアトリート!」


 声の主に顔を向けると、外でも聞こえたこの日の常套句じょうとうくを唱えながら玄関に仁王におう立ちする橘さんがいた。


「悠人、鍵かかってなかったけど」


 橘さんの影からひょいっと姿をのぞかせて熊谷君も現れる。


「あー、それは橘から連絡があってさ」


 そう言いながら神里君はスマホをいじり、橘さんとのトーク画面の一部を表示させた。

 確かに、そこには『水瀬にゃんを驚かせたいからこの時間は鍵閉めないで!』とある。


「結局、水瀬にゃんは驚かなかったけどねえ~」


「来るのが分かってるからそうそう驚かないわよ」


「でも……」


 2人を迎えるよう玄関に近づいた私へ、魔女にピッタリそうな笑みを浮かべた橘さんの魔の手がにゅっと伸ばされた。


「トリートが無さそうな水瀬にゃんにはトリックを差し上げましょう!」


「ちょっと……! 何するのよ!」


 咄嗟とっさの体の反応で目を閉じてしまった私の頭に、何かの被り物が乗せられたように感じた。


「……何よこれ」


「おそろい!」


 そうやって指差す橘さんの頭には魔女をイメージした黒の帽子があった。


「……なるほどね」


 鏡を見たわけではないが、橘さんの言う『おそろい』はつまり私の頭にも同じものが乗っているという意味合いだろう。


「水瀬にゃんの方が似合ってる~ずるい~」


「花蓮、先行くからなー」


 私と橘さんが未だ玄関でやりとりしているのにしびれを切らしたのか、熊谷君は神里君が待つリビングへ向かっていった。


「水瀬さん、大丈夫そう?」


「まあ、まだ良識の範囲内だ」


「『まだ』って何!?」


 そんなリビングから神里君の声が聞こえたが、熊谷君の言う通り『まだ』良識の範囲内なので黙っていることにする。


「って、似合っているって何よ」


 唐突にさせられた魔女のコスプレに対して『似合ってる』は果たして褒め言葉なのだろうか。


「言葉の通りだよ? 可愛い見習い魔女水瀬にゃん」


「たちばなさん?」


 これはもう確定で『黒』だろう。

 少なくとも褒め言葉だけではない『何か』が混ざっている。


「えへへ、ごめんなさい!」


 謝る気のない『ごめんなさい』と共に、目にもとまらぬ早業はやわざで靴を揃えてリビングへと消えていく。


「もう……」


 不覚にも『可愛い』という言葉に動揺どうようしてしまい、ハロウィンのイタズラにも引けを取らない橘さんを見送ってから戸締とじまりをして戻った。



 

「……何やってるの?」


 戸締りの確認を終えた後、用意していたパンプキンケーキの様子を見るためにリビングを横切ろうとすると、リモコンをもって画面を注視している3人がいた。


「あれ? 悠人、水瀬にゃんとこのゲームやってないの?」


「というか、そもそも水瀬さんゲームしなさそうだから話題に出してないだけ」


 そう言われてみれば、確かに今までテレビゲームという娯楽に触れたことがない。

 意識すらしなかったのだから、神里君からこのゲームを話題に出されても薄い反応しかできなかったであろう。


「む、それはちょっと冷たいんじゃない? ほら水瀬にゃん、座って座って!」


「えと、水瀬さんも遊ぶ?」


「……パンプキンケーキの様子を見てからでいいかしら?」


 橘さん曰く、『勝負はすでに始まっている』のだそう。

 パンプキンケーキがしっかりと冷えていることを確認した後、神里君からゲームの基本的なルールと操作について説明を受けた。

 

 ちなみに『アクション性のある対戦ゲームをいきなりやるのはどうかと思うぞ』という熊谷君の提案のおかげで、罰ゲームを追加して初心者である私をおとしいれようとした橘さんのたくらみから逃れることができた。




「あれ、私が1位?」


 そんなわけで手始めに電車をコマに見立てた人生ゲームのようなものを遊んだのだが、あろうことか2位である橘さんに圧倒的な差をつけて勝ってしまった。


「ん~! もう1回!」


 これには橘さんも納得いかない様子で、すかさず再戦をせがんでくる。




「なんでー!」


 あれから数回対戦したものの、私以外の順位が変動するだけで私が1位であることは変わらなかった。


「これは本当に運なのか……?」


「水瀬さん、もしかして初めてじゃなかった……?」


「ほ、本当に初めてよ!」


 熊谷君や神里君さえも疑ってしまう始末である。


「ゲーム変えよう!」


 橘さんの悲痛な叫びのもと、もともと3人が遊んでいたアクション性対戦ゲームを行うことにした。


「1位の人が罰ゲームを決められるってことで!」


 こちらの方のゲームには自信があるのか、やはり橘さんは罰ゲームを追加して遊ぶことを提案した。


 しかし、それが自らの首を絞めることになるとは誰も思っていなかっただろう。



 

「……なんで?」


 橘さんはまたもや最下位を獲得することになったのである。

 そして、私はというと。


「1位ね」


 特段ゲームの才能があったわけでもなく、教わった操作方法で『初心者なりの』立ち回りをしていただけである。

 だが、実際その動き方は効果を発揮していた。


「俺たち3人で争っているところに……」


「ええ、勝つにはそれが1番賢いと思ったの」


 神里君曰く、このような立ち回りを『漁夫の利』狙いというのだそう。


「も、もう1回!」


「花蓮さんや、もう諦めなさい」


 橘さんは未だ信じられないらしく、再戦を望んでは熊谷君になだめられていた。


「ところで橘さん」


 いつぞやかのパーティーでの罰ゲームを思い出し、『なるほど、こんな気持ちだったのか』と優越感に浸りながら橘さんに詰め寄る。


「……なんでしょう?」


「1位の人は罰ゲームを決められるってルールだったわよね?」

 

「ぎくっ」


「何にしようかしら」


 思わず出てしまったいたずらな笑みと共に、橘さんの周りを品定めするように歩く。


「あ」


 そこで私は、パンプキンケーキの上に乗せる予定だった小さなカボチャを買い忘れたことに気づいた。

 それが売ってあるだろうショッピングモールまでは徒歩で向かうことができる距離なので程よい罰ゲームのように思えた。


「それじゃ、橘さん」


「……はい」


 橘さんは小さく縮こまっている。


「あなたへの罰ゲームは近くのショッピングモールで小さなカボチャを買ってきてもらうことにします」


「しっかりとした罰ゲーム!」


 もう少し優しい罰ゲームを予想していたのか、橘さんは想定外の驚きの顔を見せた。


「できれば今すぐがいいのだけど」


「はい! 仰せのままに! ほら、くま行くよ!」


「じゃお守りしてきまーす」


 なんとも対照的な2人に、少しくすっと笑いながらも、意図せず完成した『ハロウィンの日に神里君と2人きりな状況』に覚悟を決める。

 ハロウィンというイベントをまともに楽しんだことがないため、『ちょっとしたイタズラができたらいいな』程度に用意した『とあるもの』の出番だ。


「神里君」


「今度は俺の罰ゲームですか……」


 負けてしまったことに対して少し気落ちしている様子と、何をされるか分からないといった様子が神里君の顔にありありと表れている。


「罰ゲームといえば罰ゲームなのかしら……こほん、トリックオアトリート」


「へ?」


「トリックオアトリート」


 端的に言えば、『お菓子をくれなきゃイタズラするぞ』という意味になるのだが、もちろん神里君がお菓子を持っていないだろうことはり込み済みである。


「も、持ってません」


「なら、イタズラ決定ね」


「えっと、何をされるんでしょう……?」


 そんな神里君の表情から物凄く困惑しているのが見てとれる。


「目をつむってもらえるかしら」


「……これでいい?」


 私の指示通り、神里君がしっかり目を閉じたのを確認して、予め用意していた『とあるもの』を自分の部屋から取り出す。


「はい、いいわよ」


 私の声のもとに恐る恐る目を開ける神里君。


「……ん? これは……」


 頬に違和感を覚えたのか、神里君は自分の顔をぺたぺたと触っている。


「ハロウィンシールよ」


 私が準備したイタズラの1つは、神里君と買い物へ行った時にショッピングモールで売られていたハロウィンシールを神里君の頬に貼ることだった。

 そんな白いお化けのシールは、程よい粘着力で落ちることなく今も神里君の頬にくっついている。


「そして……はいこれ」


 そう言って、カボチャのカップケーキとメッセージカードを手渡す。


「えっと、『いつもありがとう』……」


「こっちはいつものお礼よ……『あの時』がなければ、私は今こうやってイベントを楽しむことすら出来なかったと思うから」


「水瀬さん……」


 湿しめっぽくなってしまったが、ちゃんと私の本音を伝えたかったのも事実である。

 しかし、私の性格上、このようなイベントに乗っからないと未だ伝えられないのもまた事実である。


「……さて、そろそろ橘さんが帰ってくる頃じゃないかしら」


 私のイタズラは成功し、満足気に冷蔵庫からパンプキンケーキを取り出そうと思ったその時だった。


「水瀬さん……トリックオアトリート」


「……お菓子はあげたわよ」


 まさか神里君からも言われるとは思ってなく、もうお菓子は持ち合わせていない。


「それとこれは別……イタズラ決定だね? 目をつむっててもらえる?」


「……これでいいかしら?」


 既視感ばっちりの流れに、神里君の指が優しく触れる頬の感触。

 もはや『気づくな』という方が無理だった。


「はい……目、開けていいよ」


 そう言われたのと同時にメッセージカードが手渡される。


「『いつもありがとう』……って、全く同じじゃない」


「俺もまさか水瀬さんが同じことをするとは思わなかったよ」


 そして私の頬にも、私が神里君に貼ったのと同じ形のようなシールの感触がある。

 そのシールを少し触り、顔を戻すと再び神里君と目があった。


 一瞬沈黙が流れ、どちらともなく笑い始める。


 ただこの瞬間が、幸せだった。


 この記憶は、たとえ何回目のハロウィンを迎えても忘れないだろう。




 後に橘さん達が戻ってきて、『イチャイチャしてる!』と騒がれるのはまた別の話。

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