第60話 貴方の全てを奪いたい

「ただいま」


 なるべく感情を悟られないように私は世奈ちゃんに声をかける。


 するとキッチンから顔を出した世奈ちゃんは微笑みながら出迎えてくれた。


「おかえりなさい。その、大丈夫でしたか?」

「ええ。良くも悪くも前には進まなかったわ。今日はお互いの確認みたいなものだったし」

「そうですか…」

「前も言ったように最終的な判断をするのは世奈ちゃんよ。難しいかもしれないけど、ゆっくり決めていこう」

「はい」

「世奈ちゃんがここに居たいって思ってくれるのなら私は精一杯サポートするわ。だから安心して選んで」


 本当なら松野さんの元に行ってもサポートすると付け加えることも出来た。


 でも、松野さんの話をしたら世奈ちゃんがそっちに行ってしまいそうで怖かったのだ。


 だから選択肢を絞れるように“私の元”を強調したのはズルいだろうか。


「ありがとうございます。凛奈」

「ふふっ、当然よ。恋人なんだから」


 …ズルくなんてない。


 世奈ちゃんを幸せにしたいという気持ちが薄い松野さんに渡さないための作戦だ。


 恋人の単語で恥ずかしそうにする世奈ちゃんの笑顔は私だけに向けて欲しい。これは、紛れもなく私の本心だ。


 すると世奈ちゃんはキッチンに戻って袋を私に見せてくる。


「凛奈、見てください。今日も買い物行けたんですよ。相変わらず店員さんにはぶっきらぼうに話しちゃいますけど言葉は交わせました」

「凄いじゃない。成長しているわね」

「これも凛奈のお陰です」

「いいえ。世奈ちゃんの頑張りよ。でも無理はしないでね。私に頼って良いんだから」

「でもこれくらいは出来るようになりたいんです。甘えてばかりなのはあたしが嫌なので」


 少し俯きながら微笑む世奈ちゃんを見て私は呼吸が止まりそうになる。


 何だか世奈ちゃんが消えてしまいそうで怖かった。


 別に頼ってくれて構わない。なんなら頼り切って良い。そうすれば私も頑張れる。でも今の世奈ちゃんは全てを頼ろうとはしてくれない。


 もしこのまま1人で何でも出来るようになってしまえば、私から離れるのではないか?


 そう考えると怖くて私は黙り込んでしまった。


「凛奈?体調悪いですか?」

「……ううん。ちょっとお腹空いちゃった。何かお菓子でも食べようかしら」

「それなら桃のグミ買ってありますよ」

「本当に?ありがとう。もう私の好みを完全に把握しているわね」

「そうかもしれません。桃が好きなのはアイドルの時から知っていましたけど、意外と濃いめでがっつりの料理も好きっていうのは一緒に暮らしてからですね」

「それに比べて私は世奈ちゃんの好みを探れてないわ。何でも美味しいって言って食べてくれるから」

「だって凛奈の料理は美味しいですもん」


 世奈ちゃんはそう話しながら桃のグミを渡してくれる。メーカーも私がよく購入する物だった。


 ちゃんと見ていてくれているんだなと感じて、一気に安心感に浸れる。やはり世奈ちゃん関連になると私はチョロい。


 そんな自分に笑いながら桃のグミを1つ口に入れれば好きな味が広がった。


「世奈ちゃんも食べる?」

「じゃあ1つだけ」

「1つと言わず何個も食べて」


 私は世奈ちゃんと共にリビングのソファに座って桃のグミを食べさせる。


 こうやって自然に食べさせれるようになったのもちょっとした変化なのだろうか。


 でも未だに私の可愛い恋人は恥ずかしがるけど。


「実は最近、考えていたことがありまして」

「何かしら?」

「あたしって何で凛奈以外にはぶっきらぼうに話しちゃうのかなって。でもそれは今に始まったことじゃないし、本屋でバイトしていた時もそうだったから改めて考えたんですよ」

「なるほどね。確かに本屋で再会した時は一瞬疑ってしまったわ。私が知っていた世奈ちゃんとは全く違う感じだったんだもの」

「まぁ、あの時は凛奈の卒業が被ったので余計に無愛想な対応になってました。今考えても店員としてあり得ないなって反省しています」

「別にそこまで反省する必要はないわ。クレームが来たことはないのでしょう?」

「はい」

「なら大丈夫よ。アイドルにだって無愛想キャラはちゃんと居るし」

「全肯定……」

「ん?何か言った?」

「何でもありません」


 2つ目のグミを世奈ちゃんに食べさせればもぐもぐと口を動かす。何だか餌付けみたい。


「それで何かわかったの?」

「多分…というかほぼ確定でわかりました。きっとあたしは凛奈に可愛く思われたいから明るく喋っていたんです。後は普通に好きな人の前ではテンション上がるからですかね」

「なる、ほど」

「よくよく考えれば凛奈のお父さんとお母さんには普通に喋れていたし。それってやっぱり凛奈に深く関係する人だから、自然とそうなったんだと思います」


 話していくうちに胸が痛いほど締め付けられる。苦しいけど嬉しい痛みが私を襲った。


 抱きしめたい。抱きしめたいけど、それだけで終わってくれるだろうか。


 自覚しないようにしていたが日に日に触れ合いたい欲求が増している。そんな私を気にせず世奈ちゃんは畳み掛けるように微笑んだ。


「あたしのぶっきらぼうって単純な反抗なんです。だから凛奈の前で明るく喋るあたしは、本当のあたしだって思っています。何気にあたしも素を見失っていました。っていうのが答えです」


 世奈ちゃんのその言葉に全身が震えたような気がした。


 本当に私の恋人は不思議な力を持っている。ここ数年間の私はずっと人からの言葉を疑い続けていた。


 なのに世奈ちゃんから伝えられるものは1ミリも疑うことなく私の心に染み込むのだ。


 もう全ての想いが溢れ出しそうで怖い。それでも私は世奈ちゃんの頬を両手で包み込んだ。


「……好き。私は明るい世奈ちゃんもぶっきらぼうになっちゃう世奈ちゃんも大好き」


 アイドルじゃない篠崎凛奈は単純だ。世奈ちゃんと共に歩む篠崎凛奈は特に。


 そう思いながら私は目を瞑って世奈ちゃんの唇を奪う。手で感じる世奈ちゃんの体温が一気に上がった気がした。


 私は世奈ちゃんの全てに集中したくて身体を密着させる。


 離したくない。どうやったら確実に繋ぎ止めれるだろう。


 そんな私の片隅にはとある疑問が浮かんでくる。


ーーー何で私は未だに自分の素を見つけられてないのか、と。

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