アイドルの君が死んだ後
雪村
1章 突如消えたアイドル
第1話 アイドルの君が死んだ
今日もあたしは休みの日を使って都会に鎮座する広い会場へ出向いている。
地方住みだと移動時間もお金も掛かってしまう。しかし、推しと個別に接触出来る握手会のためなら頑張れるものだ。
「後少しで凛奈…後少しで…」
長蛇の列に並んでどれくらい経っただろうか。疲れは着実に蓄積していくが、前が1歩動く度に推しに近づけている実感を得れる。
あたしはこれが堪らなく好き。
チラッと横を見てみると同じグループのメンバーの列もこちらに負けじの長さを作っていた。
「とりあえず今日言うことを練習しなくちゃ」
並ぶ時間で心地の良い緊張感に浸るのも楽しいけど、いざ推しの前になって何も喋らなかったら勿体無い。
事前にスマホにメモしておいたセリフを何度も頭の中で唱える。
そうしていれば、ついにあたしの目の前の人が推しのブースに入って行った。
「はじめまして!最近スターラインを知ったんですけど、1番の推しです!」
「ありがとうございます。でも私だけではなく、スターラインのメンバーの事も沢山知ってくれると嬉しいです」
「了解です!勉強します!」
なるほど。会話を聞くに前の男性は新規オタクか。
この人に限った事では無いけど、推し被りの人達は仲間でありライバルだと思っている。また1人、同胞が増えたということだ。
「次の方」
「はいっ」
そんなことを考えている間に新規オタクは係の人に剥がされたようで、あたしの推しの前には誰も居なくなる。
呼ばれたあたしはすかさず空白の推しの前に姿を現した。
「こんにちは!
「あっ、こんにちは世奈ちゃん。今日も来てくれてありがとう」
「ああ……美しいです……」
「ふふっ。今回もミニライブ来てくれる感じ?」
「勿論です!行きます!」
「そっか。いつも本当にありがとうね。世奈ちゃんが応援してくれるから頑張れるわ」
「あ、あたしも」
「お時間です」
「えっ!?あっライブ頑張ってください!」
最後の最後まで手を振っていれば推しは嬉しそうにあたしを見てくれる。
今日もお美しいあたしの推し。何回も通って名前を覚えてもらえるくらいには辿り着いた。あの落ち着いた声で世奈ちゃんと呼ばれると胸が燃えるように熱くなる。
この瞬間のためだけにあたしは生きているようなものだ。たった数秒でも満足感は半端ない。
でも、もう少ししたらまた満足感を得れるのだ。
推しが所属しているアイドルグループ、スターラインは握手会の後にミニライブという名の簡易ライブを開催していた。
握手会とミニライブでお金の出費は痛いけど推しを少しでも長く見れるのであればどうってことない。
「楽しみだなぁ」
今日が終わってしまえばまたしばらくは画面越しで見ることになる。だからこそあたしは今日という特別な日を満喫して幸せに浸りながら帰ろう。
そう、思っていた。
「ミニライブにお越しの皆様にご報告があります」
ざわつく会場からは嫌な雰囲気が漂い始める。あたしも、あたしの隣に居たファンも緊張でペンライトを強く握っていた。
「本当はミニライブという場で発表することではないかもしれません」
何となくわかる。次の言葉が。
「私、
あたしの手からペンライトが落ちる。こういう時って本当に力が抜けるらしい。
その後のことはよく覚えない。どうやってその場をやり過ごして会場を後にしたのかも記憶になかった。
唯一、あたしが覚えていたのは“応援している”の言葉の後に推しが見せた影のような表情。
あたしの推しはこの日、アイドルして生き抜く選択を捨ててしまった。
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