EP20 エミリー

「それじゃあ契約は締結だ。これからよろしく頼むよ。カラミラ大尉いや。シーナくんと呼んだほうが良いかな?」

ティムール元帥が求めて差し出してきた手を取っ手握手を交わす。


「シーナで頼むよ。元帥閣下」


「よろしい。ではその名で呼ぶように彼女らにはしっかり口止めしておくとしよう。それから閣下は必要ない。今まで通りティムール元帥と呼んでくれ」

そう言った元帥は苦笑いを浮かべながら手を離し再び椅子へと腰を下ろす。


「そう言えば、エリスはどうなるんだ?」

ラケシス特務士官に預けたエリスの寝顔が脳裏を横切り、そう問いかける。


「あの子のことは心配するな。引き続きラケシス特務士官とアトロポス特務士官が面倒を見てくれるさ。それよりも」


「アトロポス特務士官?誰だそれは?」

聞いたことのない名前にそう問いかける。


「ケシラス特務士官の妹?いや姉?まあ血縁関係者だ」

あいつとあいつの血縁者なんて本当に大丈夫か?と心の内に湧いた疑念に見て見ぬふりをし、会話の途中で後ろを振り返った元帥を見つめる。


「入りたまえ!」


背後のドアめがけて声を張り上げたティムール元帥の声に応じて甲高い声がドアの向こう側から答えてくる。


「失礼します!」

電動ドアがゆっくりと横にスライドし長い金髪をなびかせながら女性が一人、応接室に入ってくる。

洗練された動作で応接室を横切って元帥の元まで歩いて行き、切れのある敬礼を披露する。


「紹介しよう。彼女はエミリー大尉。君が所属する部隊の隊長だ」

そう言った元帥はエミリー大尉と呼ばれた女性へと視線を移す。


「エミリー大尉。こちらは君の部隊に配属するシーナ君だ。口は悪いし態度もデカいが腕は本物だ」


最後の二言は余計だ、と内心毒づきながら改めてエミリー大尉と呼ばれた女性を観察

する。

私と同じかそれより少し高く着ている軍服のサイズが無いのか胸元がパツパツで同じ女性として見ていて自分が悲しくなるほどたわわに実った双頭の果実。


まったく嫌になるよ。


そう思いながら視線上げて彼女の顔を見つめる。

鼻筋の通った整った顔立ちとその顔を飾るに相応しい透き通った碧眼。


「さあ。エミリー大尉。彼女に艦を案内してあげなさい。」


「はい!それではティムール元帥。失礼いたします」

快活な返事を返したエミリー大尉は私が座っている車いすの背後に回り込み、ハンドルを握りドアの外まで押していく。


「それじゃあ、今日からよろしく御願いしますね。シーナさん!」

快活な笑みを浮かべ、上から顔を覗き込み握手を求めてくるエミリー大尉を一瞥し陶磁器ように傷跡一つないよく手入れされた手をおずおずと握る。


「こちらこそよろしく頼む。エミリー大尉いやエミリー小隊長殿と呼ぶべきかな?」


「えっと。いや~~そのー。。。」

どこか不味いことを言ってしまったのか少し焦った表情を浮かべ少し誤魔化しぎみの曖昧な返事を返してくる。


「じ、実は小隊長じゃないんですよね」


「?それは失礼した。ではあらためて中隊長殿かな?」

そう言うと、エミリーと名乗った女性は首を左右に振って否定してくる。

「では大隊長か?」

また首を左右に振って否定してくる。


「ッ!ハァーー。おふざけは止めて貰えないかな?エミリーさん」

大きなため息を零してエミリーを睨みつける。


「ッ。あ。あの、実はですね。その~~~。ぶ、部下がい、居なくてですね。その~~。私含めて隊に所属している人が貴女しかいないんですよね」


衝撃だった。まさか配属される部隊が小隊長形成人数を割って私と目の前のエミリーしかいない部隊に配属されるとは。。。正直言って頭が痛い。


「だ、大丈夫ですか?」

抱えた頭の上からエミリーの優しい声が聞こえてくる。


「大丈夫だ。それより私以外の隊員はいつ来るんだ?」


「いつ来るとは?」


この女は本当に!


ニコニコの笑顔を浮かべているエミリーの顔を睨みつけ、喉元まで上がってきた怒号を何とか飲み込む。


「補充ですよ。ほ、じゅ、う。兵員補充です。わかりますか?」


「いいえ。知りません。」

すました笑顔で、どこか自慢げにそう言い放つエミリーに咄嗟に殴りかからなかったのは褒めて欲しい。


「・・・・・・・・ちょっと用事を思い出しました。一度ティムール元帥の元に戻りますね。貴女はそこで待っていてもらってけっこうです」


そう言い放ち、生まれたての子鹿のようにワナワナと痙攣している足に気合いを入れて立ち上がり壁に手を付き歩きだす。


「おい!元帥!どう言う腹づもりかは知らないが、なぜ私がこんなふざけた部隊に配属なんだ?!」

思わずそう怒鳴りつけ、ティムール元帥に迫る。


「ああ、シーナ。歩けるようになったんだな。良かった良かった」


「今はそんなことはどうでもいい!答えてくれ、ティムール元帥」

思わず眼前の長机に握った拳を叩きつけ冷静と端末を操作しているティムール元帥に怒鳴りつける。


「まあ。まあ。落ち着けシーナ」

懐からタバコケースを取り出して、タバコを咥え火を灯す。

「こっちにも事情があるんだ。わかってくれ」

そう言ってやけに鼻につく臭いを放つ白い煙を口から噴き上げ、こちらを見つめてくる。


「あのエミリーとか言う脳みそお花畑女のことか?」

そう言うとティムール元帥は静かにうなずく。


「彼女を見てどう思う?」


そう言われ一瞬頭が真っ白になる。

真顔で60歳前半のおじさんにどう思うかと聞かれても、犯罪の臭いしかしない。

とは言えティムール元帥がそんなくだらないことを聞いてくるはずがない。

であるならば・・・・・・・・


「金髪碧眼。。。まさか、アードリゲ貴族関連か?」

そう聞けば無言のままうなずく。

であるならば話しは変わってくる。


「アードリゲ」それは帝国に存在している13の貴族家の俗称でありそれぞれが他にはない容姿的な特徴を有している。

だが、私の知っている限りでは13ある貴族家の中で金髪の者などごまんと居るが〈〉はかなり珍しい部類だったはず。それこそかつて〈ビーアンドピー宮殿〉で勲章と『ミレア』の称号を賜った時に受勲式で私に勲章を着けてくれた皇女殿下が碧眼だったぐらいだが。。。。まさか!


「あいつはいや。エミリーはまさか皇族か?!」


「その通りだ」

そう言ったティムール元帥はタバコを吹かし終わったのかもう1本追加で懐から取り出してまだ火が消えていない吸い殻から火を移し再び吸い始める。

彼が吐いた白い息が空気の流れに沿って天井のファンに吸い込まれ消えていく。


「全く持って、君の言う通りだとも」


「少なくとも、私が現役だった4年前までは皇女殿下はお一人だったはずだが?まさかその皇女殿下がエミリーなのか?」


「いいや違う。彼女は君が受勲式で会った皇女殿下ではない。もう第一皇女殿下とは腹違いの第二皇女殿下だ」

そう言ったティムール元帥はどこか遠い目で天井を見つめている。


「彼女にはそれを知っているのか?」


「いいや。彼女は知らないそうだ。無論、時が来るまで彼女にその事実を告げるつもりも無い」


「・・・・・・・・・・・・・・・・」

意味がわからない。

なぜ彼女に自身が皇位継承権を持つ皇女だと伝えない?なにをたくらんでいるんだ。


まったく、この男は!


天井を見つめいるティムール元帥の傷痕の目立つ横顔を睨みつける。


「彼女をどうするつもりだ?」


「それを聞いて君は一体どうするつもりなんだ?カラミラ大尉。私を止めるのか?それとも。君もこのレースに興味が湧いたのか?君は一体なにがしたいんだ」


そう言われ、はっとする。今の私はただの傭兵だ。そして今、私がすべきことはこいつらの政治争いに首を突っ込むことじゃない。私がすべきことは。。。。


「貴様の戯れ言には興味がないが契約は果たすさ。彼女の下で任務に従事するよ

ただし私は貴様らの政治闘争の片棒は担がない」

そう言って応接室から出て行く。


「ああ、言い忘れていたよ」

その背中めがけティムール元帥が声を張り上げる。


「この件は、第一皇女殿下を中心に動いている。安心しろ彼女の派閥は我々の味方だ」


応接室の人感センサーが人の接近を感知しドアを自動で開く。


「知ったことか。そんなこと」


小さく零したシーナは敷居をまたぎ通路へ出て行き、外で待っていたエミリーの元へフラつきながらも歩いていく。


「ッ!だ、大丈夫ですか?その~。私が駄目なやつですみません」

そう言って頭を下げるエミリーの横を通り過ぎ、振り返る。


「ハァ。仮にも私が所属する部隊の隊長なんですから、部下と言い合いになった如きで一々頭を下げないでください」

そう言えば下げていた頭をばっと上げ、ニコニコの笑顔を浮かべて駆けてくる。


「そ、それじゃ!」


「非常に不服ですが、今日からよろしく御願いしますね。エミリー隊長殿」


「は、はい!こちらこそよろしく御願いしますね。シーナさん!」


「シーナでいい。それで?艦の案内の続きをしてもらっても?」


「ええ!もちろんです!着いてきてください」

そう言って駆け出していくエミリーの背中をゆっくりと追いかけていく。

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