2章 天空のクジラ
プロローグ:先駆者からの教え
気が狂いそうなほど聞いたアラーム音が大隊長が駆るアグレッサー機の接近を告げ、左右にあるステックと足元のフットペダルを踏み込んで間一髪で回避する。
空中で素早く機体をターンさせ加速、アグレッサー機の背後を捉える。
焦るな。焦るな。焦るな。
早まる心を何とか抑え込み画面に表示されたレティクルの形状が変形する乗るのをジッと待つ。
ただアグレッサー機もそう易々とはロックオンさせてくれない。
上下左右へとありとあらゆる方向へ激しいアップダウンやフェイントを織り交ぜた3次元の戦闘機動。
その激しいアップダウンを繰り返したせいか視界の端が白塗りさせ視野自体が狭まっていく。
ビビビビビビビビビビーーー
サイレンが鳴り響くと同時にレティクルが変形しようやくトリガーの安全装着が解除される。
スティックのトリガーを引き射撃。
刹那、眼前のアグレッサー機が待ってましたとばかりに機体各部のフラップを展開し急減速。
機体の接近警告装置がけたたまし悲鳴を上げ出来の悪い自動回避システムが勝手に動き出しEFEG機関の出力をカットし機体を自由落下させると言う強引な回避機動を取り始める。
「ッ!」
自動入力された回避機動をキャンセルし地面に激突する前にフットペダルを踏み込んで急減速、凄まじいGに耐えながら何とか機体の高度を上昇させる。
ビビビ。ビビビ。ビビビ。
ロックオンアラームがけたたまし悲鳴を上げる。
「どこだ!ッ!後ろか!」
機体を素早く旋回させ、視界からロストしたアグレッサー機を索敵する。
あんなところに!
どこまでも広がる雲一つない青い大空、その青いキャンパスに白い線を残しながら大隊長が駆るグレー色のアグレッサー機が大きく円を描きながら旋回飛行する。
ピピッピピッピピッピピッ。
「ミサイル!」
アグレッサー機の美しい軌跡に引き込まれていた意識がロックオンアラームのけたたまし警告音により引き戻される。
青々とした空に3つ白い線を描きながらまるで獲物を捕らえた狼のように空中を駆けて近づいてくる。
回避機動は間に合わない。
ならばとスティックのサイドスイッチを弾き機体を降下させる。
目まぐるしく移り変わるモニターに眩く光る光弾が放出されミサイルの熱センサーを引きつけその軌跡をうねり捻らせ撹乱する。
「お返ししますよ!」
スイッチのセレクターレバーを親指の腹で切り替える。
モニター内部のレティクルがさらに変形し機体の右肩部に装備されているミサイルコンテナ内部の6連装誘導噴進弾が同時に活性化。
ピピピピーーー
レティクルがアグレッサー機を捕捉し変形。それと同時にトリガー引き噴進弾を発射する。
強烈なバックブラストでミサイルコンテナのバックパネルを吹き飛ばしアグレッサー機めがけ大空を駆け抜ける。
『そんなもんか?』
繋ぎっぱなしになったままの無線機からに大隊長の煽るような声が聞こえ、それと同時に眼前のアグレッサー機が最小限の機動で迫り来るミサイルをあえてギリギリで回避する。
まるで舞でも踊っているかのような、その美しい回避軌道で次から次へと撃ち落とされ散っていくミサイル残す火花が美しかった。
全てのミサイルを撃ち落としきった大隊長が駆るグレー色のアグレッサー機が加速し機体前面に広がる白い膜を引き裂いて、ソニックムーブをたなびかせ私の機体の脇をすり抜けていく。
『やっっっっほぉぉおおいいい』
大隊長の楽しいそうな声が無線機から聞こえてくる。
悲しいかな、今の私が乗っている訓練機じゃあとてもじゃないがあんな速度で飛行する大隊長機には追いつけないし、こんな腕前ではあの人の足元にも遠くで及ばない。
その事が分かっているからこそ余計に悔しい。
そう思うと自然と手に力がこもり、嵌めていたグローブがギシィっと軋みをあげる。
「真面目にやってください」
思わず口から零したその声に自分でも驚いてしまう。
『何だって?』
相変わらずの真剣さの欠片もないおちゃらけた声が聞こえてくる。
『真面目にやってください!私は早く強くならないとダメなんです!強くならなくちゃダメなんd『その後は?』え?』
機体のフラップを全開にし空中に白い帯を描きながら大隊長が駆るアグレッサー機が急減速しながら高度を下げて私の機体の眼前に滑り込んでくる。
開いた回線から唐突に大隊長が今まで聞いた事の無いどこか悲しみを滲ませた声でそう問いかけてくる。
『力を手に入れて、それからお前は如何するんだ?両親を殺したやつら相手に悲劇の復讐劇でも始めるのか?』
『それじゃあ。復讐するなって言うんですか!』
悲鳴のようなその声は電波になって大空を駆け抜けてやがては空気に希釈され消えていく。
『……そうじゃない。ただ復讐に取り憑かれすぎるな。じゃないと。。。』
そう言って大隊長は狭苦しいコクピットの中で傷だらけの手で右目に当てた眼帯を優しく撫でる。
『私みたく高い代償を支払うはめになるぞ』
『・・・・・・』
何も言い返せなかった。それでも。
『私に復讐を諦めることはできません。この命があるかぎり、私は必ず私の家族を、私の妹の命を奪った奴を見つけ出して殺したい』
その言葉を聞いた大隊長は小さくため息を零す。
『いいだろう。最後に一つ。先駆者からのアドバイスだ。ある偉人が言っていた「大男の気分にさせる。それが銃だ」とな。なら貴様が乗っているPMTFは何だと思う?私は「作話世界の主人公の気分にさせる偽りの肉体」だと思う。』
そこまで言って大隊長は深く深呼吸しモニターの僅かに反射して映る眼帯をしている自身の顔を一瞥する。
『つまりだな・・・・なにが言いたいのかと言うとだな。。。。いくらPMTFが自身の手脚のように操れても最後に自分の大切な人の命をより零さないように拾い上げ、護れるのはお前自身の体だ。決して高密度複合金属で造られた手脚が拾い拾い上げるんじゃない』
『・・・・・・』
何かの悟りを開いたような大隊長の話しに何も言えなくなってしまった。
『まあ、おいおい考えて行けばいいさ。
そうだな~~。せっかくの実戦訓練だ少しだけ本気を出してやる。撃ち落とす気で撃ってこい!』
そう言い放ったアグレッサー機体はブースターから青白い閃光を噴かしながら見る見る高度を上げていく。
『言われなくても!』
こちらも負けじとフットペダルを踏み込んで機体を加速させ急上昇。
使い切りのロケットブースターを噴かしてさらにもう一段階加速し眼前を飛行するアグレッサー機に接近する。
訓練機がたなびかせる真紅の糸とグレー色のアグレッサー機がたなびかせる青色糸が空中で絡め合い、引き離され、再び絡み合う。
空中で八の字を描きながらぶつかり合う2機の
離れれば激しく撃ち合い、近づけば互いの機体が抜き放つ近接兵装が打ち付け火花を散らす。
3、4度の衝突をへて先に動いたのは大隊長の駆るアグレッサー機だった。
大隊長の駆るアグレッサー機は本来、CQCでは近接射撃戦闘が主体で近接兵装を打ち付け合う戦闘は不良なのだ。
だからこそ、私の機体と距離をとりたがる。
高度はこれ以上、上げられない。ならば逃げるなら下しかない。
ブースターを噴かして逃げるアグレッサー機を背後から追撃する。
刹那、眼前を飛行するアグレッサー機が増加タンクをパージ。破片が雨あられのように飛散し、こちら側に飛んでくる。
いな、正確にはほぼ音速に近い速度で飛んでいる自機が撒き散らされた破片の霧の中に飛び込んでいく。
『ッ!』
EFEGへの電力回路カットし、全てのフラップを同時展開。エアブレーキで減速しながら機体各部のブースターを点火し機体を宙返りさせ飛んでくる破片の霧を跳び越える。
素早く機体を立て直し、大回りの旋回軌道を描き、方向を変えようとしているアグレッサー機をモニターの隅で捉え機体を旋回させる。
『その軌道はさっきも見た!』
既に音速の域に入っている大隊長機は気軽に方向転換が行えない。
そんな事をしようものなら機体が負荷に耐えきれず空中分解してしまう。
落ち着け。落ち着け。まだ射程内じゃない。
はやる心にそう言い聞かせ引き金を引きそうになる指を何とか押さえ込む。
来る!
アグレッサー機が太陽の光を反射しキラッと刹那の輝きを発し高速で接近してくる。
ピピピピーーー
ロックオンを告げるアラームがけたたましい悲鳴を奏で、それに弾かれるようにトリガーに掛けた指を引き右腕に装備された突撃制圧砲が一瞬にして模擬弾である蛍光色のペイント弾の火線を形成する。
当たらない。射撃システムは標的を完璧に補足している。眼前のモニターに映り込むグレー色のアグレッサー機も回避軌道を取っている訳でもなく、ただ真っ直ぐ突っ込んでくるだけなのにどうしても当たらない。
まるで模擬弾自身がアグレッサー機を避けているようにアグレッサー機の鼻先を通りすぎていく。
ピピピピ
刹那、短い警告音がコクピット内部に木霊して全ての戦闘システムにセーフティが掛けられアグレッサー機をロックオンしていたレティクルがロックを解除する。
「な、やられた!」
被弾箇所が表示されるサブモニターを引っ張りだして確認する。どうやら、胸部装甲に5発も叩きこまれたようだ。本当にやられた。
『どうよ?これが<
高笑いしている大隊長の声が模擬弾演習場に電波となて木霊する。
その姿はサンサンと照りつける太陽に照らされて、まるで中世の騎士のようなそんな風格をまとっていて、美しかった。
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