エピローグ: volume0.1 彼女の闘争 (前半)
『こちらアース。各隊、展開状況を報告せよ。オーバー』
暗号化された無線伝電波が降りしきる豪雪間をすり抜けて、雪上迷彩を身に纏い作戦域に散らばった各部隊へと伝播する。
『こちらマーキュリー。狙撃ポイントに到着。いつでも援護狙撃可能。オーバー』
吐息の煙を吐かないように細心の注意を払った狙撃兵がそう小さく呟きスコープを覗き込む。
辺り一面び広がる銀世界に明らかに似つかわしくない、分厚い対爆コンクリートで作られた堅固な要塞その屋上でタバコを吹かしている兵士の脳天にスコープのレテクルを固定する。
『こちらマーズ。発電プラントの制圧を完了。オーバー』
すでに要塞内部に侵入した先行部隊であるマーズ部隊の隊長が小さくそう言って、部下の一人にハンドサインで合図を送り、殺した兵士の死体の隠蔽を指示する。
『こちらヴィーナス。バックドアの制圧を完了。これよりパッケージを展開する。いオーバー』
長い年月を掛けて降り積もった雪の下、蜘蛛の巣のような網目状に広がった地下通路を確保したヴィーナス隊の部隊長がそう言い放ち、部下達とともに閉ざされている重厚な隔壁へ数珠繋ぎにされた大量の爆薬をセットしていく。
『こちらアース。了解。各部隊は警戒態勢のまま現状を維持せよ。シューティングスターは所定の速度で進行中、カーマン・ライン突入まで残り3分半。オバー』
分厚い耐冷戦闘服に身を包んだアース部隊の部隊長がそう言い放ち、カーゴスペースの隅で内壁に背中を預け手元で広げた端末を操作している女性の元へと駆けていく。
「ナヴィガトリア局長。各部隊所定の配置につきました」
「了解」
ナヴィガトリアと呼ばれた女性は手に持っていた携帯型の小型端末を閉じて壁に掛けられている 漆黒のウールロングコートに手を伸ばす。ばさっと勢いよく掴み上げ素早く右腕を袖口に滑り込ませボタンを上から順々に留め上げる。
「あと3分で到着です!」
カーゴスペースから一段上がった分厚い防弾ドアの向こう側からまだ幼さの残る顔つきの少女が声を張り上げる。
「現状のウェイポイントを維持。マーキュリー隊。
耳にはめたインカムから響くナヴィ局長の声に雪に半分埋もれた超長距離狙撃用にカスタムされたスナイパーライフ、その上にマウントされている高倍率光学スコープから目を離し、雪に埋もれながら双眼鏡を覗き込むスポッターの足を小突き合図を送る。
『こちらマーキュリー01。
マーキュリー01からの報告を受けたナヴィガトリア局長は満足げな笑みを浮かべ、マーキュリー隊に檄を飛ばしながら腰のホルスターからハンドガンを引き抜きスライドを少し引き、薬室に弾薬が入っているかを確認し再びホルスターへとハンドガンをしまう。
カーゴスペースに設けられた手すりに掴まり、保温効果を確保すべく2重構造になっ
ている丸窓から外の景色に目を向ける。
視界一面に広がる銀世界。
その上空にはどこまで広がる暗く分厚い雲が広がっており、そこから大量の雪をシンシンと降らせている。ここはパンゲア大陸中央に位置する帝国本土よりはるか北、帝国直轄の
「《イベント・ホライゾン》発生まで残り1分。」
アース隊の部隊長がそう言って壁に取り付けられたレバーに手を掛ける。
大型の輸送機が翼端に設置されたジェットエンジンを回転させ垂直着陸体勢に入る。
「パイロットはアース隊降下後、速やかに離脱し回収地点で待機」
開きっぱしになっているカーゴスペースとコクピットを区切る通路の送へと声を張り上げたナヴィガトリア局長がゆっくりと歩き出し輸送機の後方で最終ミーティングをしているアース隊の部隊長と合流する。
「これより、《イベント・ホライゾン》を開始する。各員気張れよ」
……「「「「了解」」」」……
アース隊全員が一斉にナヴィガトリア局長に向き直り一糸乱れぬ敬礼披露する。
「諸君らの奮戦を期待する」
それに応えるようにナヴィガトリア局長も敬礼。
輸送機が大きく左右に揺れ、ジェットエンジンの耳をつんざくような轟音が消える。
刹那、連続的な爆発音が凍てつく空気を打ち鳴らし要塞周辺の地形を一瞬にして破壊する。
「行くぞ!仕事の時間だ!」
部隊長が声を上げレバーを引き、カーゴスペース後方のハッチを開く。
油圧ジャッキが悲鳴を叫びながら凍り付いたハッチを強引に押し上げてカーゴスペースの暖かい空気を一気に外部へ解放する。
凍てつく寒さが体の芯から身を凍らし、息をするたびに冷たい空気が鼻腔を突き刺し、肺を凍らせる。微かに臭う血の臭いに、マーキュリー部隊の支援狙撃で脳みそを辺りにぶちまけた死体を踏み越え、先行部隊が吹き飛ばしたドアの破片を踏み越えてナヴィガトリア局長を護衛するアース隊が施設内部へ侵入する。
時を同じくヴィーナス隊も動き出す。
閉ざされた隔壁に貼り付けたテルミット爆薬を起爆し分厚い隔壁板に穴を開ける。
開いた穴にロケット弾を構えた部下が素早く身を乗り出して、眼前に広がる地下格納庫、そこに鎮座しているPMTFめがけロケット弾を叩き込み、突入する。
『こちらアース。ポイントαを通過、ラップタイムはT-4。オバー』
ビービーっと警戒警報が悲鳴を上げ、何かが爆発する振動が要塞内部を駆け巡り、天井からパラパラと砂粒を舞い降らす。
狙うは要塞最奥に位置する中央会議室。
一切音を立てることなく散開したアース部隊の隊員たち地下格納庫での突然の戦闘に未だ混乱している警備兵の後ろから襲いかかり喉元を切り裂き制圧していく。
それとは対照的にナヴィガトリア局長率いる本隊はその姿を隠す気がないのか軍靴が地面を打ち鳴らしコツコツと個気味のよい音を響かせながら石作りの巨大な地下通路を進んでいく。
「止まれ!貴様!管制名は?」
中央会議室へと繋がる唯一のドアの前でバリケードを築いている警備隊員に正面から堂々と近づいていく。
「そこで止まれ!それ以上近づくと敵対行為とm」
刹那、プスっと間の抜けた音が響き警備隊長と思しき兵士の頭がはじけ飛ぶ。
それと同時に散開した兵士がバリケードの側面に回り込み、バリケードの内側で立て篭もっている警備兵に長方形の消音器を取り付けた銃口を向け音も無く射殺していく。
「撃つのが早すぎだ」
ナヴィガトリア局長がそう言って背後で銃を構えていた隊長を一瞥し、積み上げられたバリケードを踏み越えてドア横の端末へ自身のPCを接続しロックの解錠作業を進める兵士の元へ歩みを向ける。
「あまり時間が無いぞ?」
「あぁ?なんだぁぁぁあ?やってもねーのに文句ばっかり言いやがって。こちとらこれでも最速なんだよ」
唸りながらもPCのキーを弾く手元は止まることはなくカタカタと心地よい音を奏でながらドアの解錠システムへのアタックを敢行する。
「ぁぁぁああ!クゾが!このプロトコル固すぎだろぉおが!」
そう叫びながらもキーを打ち鳴らすアース隊所属の電子戦兵を一瞥し近くで隔壁板をコンコンと軽く小突いている兵士へ声をかける。
「爆薬で吹き飛ばせないのか?」
「ナヴィ局長。それ本気で言ってます?分厚い対爆強化スチール製の複合金属ですよ?持ってきた爆薬、全部はっ着けても無理ですよ」
そう言って兵士は苦笑交じり隔壁板を再びノックする。
「テルミット爆薬は?」
「無理、無理。とてもじゃないけど量が足りませんよ」
「ナヴィ局長!マーズより報告です。敵部隊の一部がこちらに向かっていると。各位、遅滞戦地用意!隔壁板が開くまで時間を稼げ!」
隊長の号令に打ち鳴らされた隊員たちが一斉に動き出し、素早く防衛線を形成していく。
「まいずな。もうあまり時間がないぞ!さっさと解錠しろ!」
「煩い!今やってんでしょうが!」
電子戦兵が怒鳴り声を上げ隊長の催促に抗議する。
「時に隊長。君は魔法の呪文を信じるか?」
突然の何の脈絡もなくそう話し始めたナヴィガトリア局長にアース隊の隊長はけげんそうな表情を浮かべ首をかしげる。
「突然なにを?いったい何のお話ですか?」
「良いから、良いから。それで?君の回答は?」
そう言ったナヴィガトリア局長は両手に嵌めている純白の手袋その左側だけを脱ぎ捨てて分厚い隔壁板に手の平を押し当てる。
「あ、ぇえ。いや、s「そんなもんの在るわけないだろ!」おい!お前!」
パソコンをカタカタと操作していた電子戦兵が横からそうナヴィガトリア局長を一瞥する事なくそう告げる。
「そうか?私の意見は反対だ。」
そう言ったナヴィガトリア局長はボソボソと口を動かしながら隔壁板にぴったりとくっつけた酷い火傷の痕が残っている左手を引き上げる。
ブーブーブーブーブーブー
ブザー音が鳴り響き、電子戦兵の驚愕の声と伴に分厚い隔壁板がゆっくりと上昇していく。
「先を急ごう。あまり時間も残されていないしな」
そう言ったナヴィガトリア局長は再び純白の手袋をはめ直し、通路の奥へと進んでいく。
「よくやったな。行くぞお前ら!」
その号令と伴にそれぞれの守備位置に付いていた隊員たちが互いをカバーしながら開いた隔壁板の向こう側へ進んでいく。
電子戦兵も半分近く解析が済んだ解錠システムのプロトコルを一瞥し、乾いた笑いを零してPCの蓋を閉じリュックに詰め込み歩きだす。
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