EP12 親鳥と小鳥の羽休め

EFEG機関を始動させて〈ゲーゲン・アングリフ〉の進路を南へと固定し人口密集地を迂回するように森や山脈を河川を越えてひたすら空を駆けていく。

操縦モードをオートパイロットに切り替えて後頭部上の引き出しから色褪せた地図を取り出して、サブモニターに写っている広域レーダーが作り出した地形図を元に現在地を割り出す。


どうやらこちらに接近してきた敵機とは入れ違いになったのか未だ会敵もせず広域レーダーにも以前反応がない。

それに安堵のため息を漏らしながら今後の進路計画を割り出していく。


ふと脚の間で座っている少女が身動ぎ今まで伏せていた顔を少し上げてマーサさんの家から持ってきたひざ掛けの隙間からモニターに映る機体外部の様子を凝視している。


その光を宿していない瞳で何を見ているのか疑問に思い視線を上げる。

白鳥?いやあれはたしか・・・

あの鳥の名前を私は知っている。

大空に広げたあの純白の翼、そしていつ如何なる時でも決して群れない大空の一匹おおかみ。

そう、今まで生きてきて戦闘意外の事などあまり覚えていない私でもあの鳥の名前だけは今でも脳裏に焼き付いている。

あの鳥の名は………

「アルベルト。」


小さく零したその声に驚いたのか少女の肩がビクンと跳ね上がり小さな体をさらに小さく丸める襲い来る何かからその身を守ろうとする。


「私の妹が好きだった鳥だ。白狼みたいで格好いいって」


「アルベルト」それは私の生まれ故郷である帝国北西部に生息している猛禽類の一種であり、その特徴はなんと言っても白鳥と同じ純白の羽毛である。

だたその優雅な見た目に反してその性格は非常の獰猛かつ野蛮で常に群れないし縄張り意識が非常に強い鳥である事で有名だ。


「あなたもあの鳥が好きですか?」

脚の間でうずくまっている少女そう問いかけたが少女は何も言わずただじっとしているだけだった。


「………まあいいさ。それよりも今日は此処までだ」


少女にそう言ってゆっくりと機体の高度を下げてゆき左手でトリガーを握りレバーを後進させEFEG機関への出力をカットしフットペダルを踏み込んで木々の間へ覗いている大地に優しく着地する。


私の地図が正しければ確かこの辺りにあるはずだが………


スティックのサイドトリガーを小指で器用に弾き上げ機体のパッションソナーを起動し周辺を捜索する。

モニター内部へ赤いグリッドが複数個表示されその中で最も反応の小さい方向へ機体を向け歩き出す。

一定のリズムで機体が上下に揺れ動き、使い古したシートに内臓されている衝撃緩衝材程度では機体脚部から伝わってきた衝撃を打ち消すことが到底できず思いっきり尾てい骨を打ち上げられてけっこう痛い。


サブモニターに警告表示を示すポップアップ表示が脚部のショックアブソーバーの摩耗を報告してくるがそのポップアップ表示を無視し森の木々の間を抜けていき何とか目的地へとたどり着く。


「あれか」

そう小さく呟いてモニターを埋め尽くさんと広がる紺青色の花畑、その最奥で森の木々で覆われている小高い丘へと目を向ける。


超軽量高密度金属で造られた脚部で地面に咲く紺青色のカーペットを踏み潰しながら小高い丘の麓にぽっかりと空いた穴へと機体を前進させる。

目の前の光景に目を奪われている少女の脇すり抜けて、ライトスイッチをオンに入れてサーチライトを点灯する。


サーチライトで照らされた先では森の中には似つかわしくないシダ植物や苔の生えたコンクリート製の格納庫が広がっていた。


「此処は昔使われていた軍の掩蔽壕……ええと大事な物をしまって置く場所で、今日はここで一晩明かして明日また出発します」


そう言って格納庫内部へ推し進め、駐機スポットで機体を駐機モードへ移行させコクピットブロックを解放し飛び降りる。


「そのひざ掛けは置い行きなさい。汚れると嫌しょう?」

そい少女に問いかけると名残惜しそうに被っていたひざ掛けを手放してコクピットから這い降りてくる。


「私の目の届かない所に行かないでください」


そう言ってせり出したコクピット内部のシートの上側、ちょうど引き出しが収まっているスペースの隣に押し込まれている長方形の黒い箱取り出して、横に付いている取っ手部分に手を掛けて親指の腹で取っ手に付いているボタンを押し込み振り下ろす。


長方形の箱が素早く展開し、内部からグリップが素早く展開され取っ手とは真逆の最下部が跳ね起きて可段式の折りたたみストック早替わりする。

起き上がってきたグリップにあらかじめ装填されている60発入りの長い拡張マガジンのけつをたたきしっかりと填め込んで、ボルトを引いて初弾を装填し薬室閉鎖機のけつを叩く。


銃口下に付いているフラッシュライトを取り外し、点灯。


<ゲーゲン・アングリフ>の胸部のサーチライトの灯りを頼りにライフルスリングを銃本体の留め具に止めて肩に担ぎ左手で少女の小枝のように細い指に自身の指を絡め合わせてサーチライトの白色光で照らし出された格納庫の壁際に設置されている制御エリアへ足を運ぶ。


長い年月、人の手入れを受けていなかった計器盤の降り積もった埃を払いのけ、燃料タンクの残量メーターを確認する。

そのメーターの赤い指針は半分を割ったか割っていないかの何とも言えない美に妙な方向を指示し地下に埋められた巨大な燃料槽にまだ半分近く燃料が残っていることを告げている。


「!燃料がまだ残っているのか」


正直驚いた。

あの頃は撤退時には必ず燃料の類には火を付けて撤退していたはずだが、よほど焦っていたらしい。


近くのステンレス製の作業デスクの引き出しを漁って『新米整備員用作業マニュアル』と掠れた文字で殴り書きされた色褪せ変色したマニュアルを手に取りパラパラとページを読み流していく。


舞い上がった埃がサーチライトの光を受けてキラキラと光りを弾き空気の流れに沿って流れてゆく。


少女にマニュアルを押し付けて壁のハンガーに掛けられているホースを取り上げて<ゲーゲン・アングリフ>の元へ歩み寄り背面のフライトユニットの給油口にホース先端部のノズルを突き刺し再び操作パネルの元へ戻る。


少女に押し付けたマニュアルを読みなが給油開始ボタンを探し出し、勢いよく押し込む。


「?」

もう一度ボタンを押し込むが何の作動音もせずいくら待っても給油が開始されない。


「電源が来てないのか」

思考すること数十秒。主電源が入ってないことに気づいた。

当たり前のことだがこの施設自体もう何年も使用されていないためその主電源は当の昔に切られており当然、動くかわからない。


しかし目の前の燃料を諦めることはできない。次いつ補給ができるかわかない以上せめてマラーユア共和国に入るまでの燃料は確保しておきたい。


「は~~~」


どうしたものかとため息をつき考えているとキラキラと輝く埃を乗せた冷たい空気が頬を撫で上げ私を導くように格納庫の隅の方へと流されていく。その埃の流れを追い

かけて持っていたフラッシュライトでその先を照らし出す。


酷く朽ち果てボロボロになったドアがあった。


「行きますよ」

少女からマニュアルを取り上げ机の上に投げ捨て、再び少女の手を握り埃っぽい通路を進んでいく。

しばらく進み、壁に掛けられた案内板を手で擦り長生き年月をかけて降り積もった埃を払い除ける電源室の場所を把握しほかの部屋には脇目も振らずひたすら進み続ける。


ふと風の流れが変わり少し暖かくどこか優しいそよ風が吹き抜けていく。


ようやく辿り着いた電源室の光景に思わず落胆してしまう。自然と人工物が融和した、いや正確には電源室の天井にぽっかりと空いた穴から浸食してきた植物たちに荒らされて、最早やかつての電源室としての役割を果たすこと困難だろう。


天井に空いた大穴から夕焼けに染まった空がその身を覗かせ、そこから差し込む僅かな光を求めるように紺青色の花弁を広げ無数に咲き誇っている。

これではダメだ。何か別の手段を考えてれば。。。。


そう考えこもうとした刹那、握っていたあの少女の骨ばった手の感触が消えてる。

急いで辺りを見回すと少女が一人で電源室の入り口付近で足を止め、その傍らに咲いている紺青色の花弁をもつ花『レプトン・ブルーム』へとその小枝のような手を延ばしていた。


「よせ!そいつに触るな!」

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