EP11 二人の逃避行

「しつこいな!」

サブモニターを睨みつけてながら背後から射撃してくる黒いPMTFを一瞥し左側のトリガーを握りEFEG機関の出力を下げて渓谷内部へと機体を滑り込ませる。

機体の対地接近警告装置がけたたましい悲鳴を上げ、機体各部の対物センサーが捉えた渓谷の岩壁を真紅のグリッドが駆け抜けてゆく。


「いい加減!堕ちろ!」

スティックのサイドボタンを弾き、真っ黒なスモーク弾を打ち上げ微細金雲を展開する。


刹那、〈ゲーゲン・アングリフ〉の左側半身の装甲板が一斉に展開し半透明の膜状のエアブレーキを押し広げる。

半透明の膜が風を受けて限界まで引き延ばされ空気捉えた〈ゲーゲン・アングリフ〉の左側半身にだけ空気抵抗を爆増させ機体を素早くターンさせる。

スティックのボールコントローラーを親指の腹で素早く転がしレティクルを移動させ黒団子と化した敵機へと照準を固定し射撃。

頭部のチェーンガンが毎秒20発の高レートでドラムロールを響かせながら瞬時に弾雨を形成し、減衰し損なった反動がメインカメラを揺らしてモニターへ伝える映像を僅かに上下させる。


劣化ウラン弾の掃射に耐えれるはずもなく爆発四散し、その真っ赤な爆炎が展開した微細金雲を薙ぎ払い後続への射線を確保する。


ロックオンアラートがけたたましい悲鳴を上げ機体が自動回避軌道を取ろうとするのをキャンセルし代わりにEFEG機関の出力をカットする。


狭まっていた視界がクリアになり呼吸が少しだけしやすくなった代わりに、今度は気持ち悪い浮遊感に襲われる。


フットペダルを踏み込んでスロットルを全力で手前に引き戻し〈ゲーゲン・アングリフ〉のジェットエンジンを逆回転させ、機体を後進させる。

〈ゲーゲン・アングリフ〉が各部の固体燃料ブースターを吹かしながら地面すれすれを駆け抜けてゆく。

まるで背面から迫り来る障害物が事前に分かっているかのように完璧なタイミングで回避し、それと同時に〈ゲーゲン・アングリフ〉へと撃ち込まれる砲弾の弾道を機体システムが検知する前から回避軌道を取っている。


『不味いぞローエン!このままじゃあ国境を越えられるぞ!』


『分かってる!何と仕手でもここで奴を堕とすぞ!最悪あの餓鬼さえ生きていれば良いんだ!』

やけを起こした黒いPMTFの1機が光学通信機が色とりどりの光を点滅させながらブースターを吹かし回避軌道を描いている〈ゲーゲン・アングリフ〉の鼻先へと躍り出る。


〈ゲーゲン・アングリフ〉の光学カメラが素早く移動体を検知し捕捉、制御システムへそのデータを転送する。


黒いPMTFの腕部から円柱状のスティックが射出されそれを空中で器用に逆手で受け取り正面で構える。

刹那、スティックの先端が激しくスパークし青白い炎をたぎらせ〈ゲーゲン・アングリフ〉の胸部装甲めがけ一直線に襲いかかる。


〈ゲーゲン・アングリフ〉の胸部ブースターが青白いジェットを吹き上げ間一髪で直撃を回避するがスティックの炎を掠め、胸部装甲の一部がドロドロに融解する。


再び襲いかかるスティックの振り返りに対し頭部チェーンガンを撃ち込み牽制。

接近戦闘を挑んでくる黒いPMTFと距離を取る。


刹那、今まで私の脚の間に座っているた少女が胸に手を当てながら倒れ込んだ。


「どうした!しっかりしろ!」

眼前のモニターで刻一刻と映り変わっていく戦闘状況からなかなか目を離せず何とか

タイミングを伺って少女を一瞥する。


まさか、酸素欠乏症か!


胸を必死に押さえ込み顔を真っ青にした少女のその容体に見覚えがあった。

高機動戦をおこなうPMTFの操縦士は常に高G環境にさらされ、訓練を受けて間もない新米はよく酸素欠乏症を引き起こす。

その時の症状と今の少女の症状が全く同じなのだ。とは言えこちらもなかなか手が離せない。

流水のごとく刻一刻と映り変わる戦闘状況から目が離せないのだ。


「私の左足側にあるボンベだ!掴めるか?」

脚の間で苦しんでいる少女を一瞥しフットペダルを踏み込んで機体を跳躍させる。

少女がゆっくりとした動きで何とかその腕をボンベへ伸ばしカートリッジからそれを引き抜く。


「口に当てて思いっ切りボタンを押し込め!」

太股の上でうずくまっている少女にそう言いつけて、スティックのトリガーを乱暴に引いてチェーンガンを掃射し近づいてくる敵機を牽制する。


少女の指がプルプル震えながらボタンを押し込んでボンベの内部を満たしている高濃度酸素を噴射する。呼吸が楽になったのか震えていた少女の肩が徐々に落ち着きを取り戻すが、少女の容体を考えればあまり無茶な機動はもう取れない。


それに。。。もうあまり燃料も残っていない。


EFEG機関を切っての無磁場戦闘では恐ろしい勢いで燃料を消費していく。

これ以上の戦闘を長引かせればマーサさんの御友人がいる『マラーユア共和国』以前に隣国の国境を超えれるかどうかも怪しくなってくる。

しかも射撃兵装は頭部チェーンガン以外に弾がなくそのチェーンガンですら残団が30を割っている。


近接戦闘で片をつけるしかないか。。。


スティックを握る手に自然と力が込められ嵌めていたグローブが軋みを上げる。

後進を続けていた〈ゲーゲン・アングリフ〉がついに地面に足をつき大量の土煙を巻き上げながら静止する。

これを好況とばかりに正面から突っ込んでくる黒いPMTFを〈ゲーゲン・アングリフ〉の頭部センサー群が捕捉する。

振り上げられたスティック状のヒートカッターが〈ゲーゲン・アングリフ〉の胸元めがけ振り下ろされる。


刹那、振り下ろされるヒートカッターを持っている黒いPMTFの腕部を〈ゲーゲン・アングリフ〉の右手が素早く捉えて引き込み、地面に叩きつける。

背面を踏みつけ足裏のクローでがっちりと固定し、重量40トンオバーの機体を空へと舞い上がらせる翼である一対のグレー色の超伝導コイル。その片翼を掴み折り曲げ引き抜く。


激しいスパークを飛び散らせながら配線が引きちぎれ、二度と空へと舞いもどれなくなる。


ちぎれた配線が別の電力回路に接触し漏電、過電流を検知したヒューズが弾け飛び機体の電力回路を物理的に遮断する。


動かなくなった敵機の頭部を踏みつけて破壊し〈ゲーゲン・アングリフ〉は残っている最後の1機へと頭部のセンサー群を一斉にそちらへ向ける。


刹那、残っていた敵機がターンしこちらに背を向けて何処かへ飛び去っていく。

逃げたのか?それとも増援を呼びに行ったのか。。。まあどちらにせよ、此処に長いは無用か。


ふと少女の事が気になって目を向けると私の太股を枕にし小さくうずくまりながら口元にボンベの吸入器を当てている。

半透明の吸入器の内側が少女の呼吸に合わせて白く曇ったり曇らなかったりしている。


「もう大丈夫ですよ」

そう言って少女が口元を覆っている酸素ボンベを回収し左足側のカートリッジに押し込んで全身を覆っている膝掛けの隙間から覗く少女の髪を少しかき分けて少女の顔色を確認する。

だいぶ血の気が戻り赤身を取り戻しているがそれでも病的なまでに白い。

それがこの子本来の肌色なのか、それとも日差しに当たっていないことが原因なのか私には分からない。

ただ一つ言えることがあるとすれば。。。

「本当に・・・妹に似ているな。お前は」

少女の光のない少し薄い灰色の瞳を見つめる。

ふと少女の右目を覆い隠すように巻かれている包帯少しよれているのに気づき少女の方へ手を伸ばす。


「ッ!」


圧し殺したような歪な悲鳴が聞こえ少女が頭を手でかばいながらその場に小さくうずくまる。

「。。。」

伸ばしていた手を引っ込めてフットペダルをゆっくりと踏みつけて〈ゲーゲン・アングリフ〉を再び大空めがけ飛び上がらせる。

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