EP10 旅立ち
だが現実はそこまで甘くない。
例え舞い上げられた大量の土煙と煙幕代わりの黒煙の中でも跳躍のために絶えず吹かし続けていた高温のジェットエンジンが放つ熱を隠蔽することは不可能であり、打ち上げた閃光弾もまた近代化改修を施された光学カメラの光度の自動補正機能の前では全くの無力であった。
先端システムの強力な処理速度と効率化された論理回路により「軌道の先読み」が可能となった現代の戦闘システムの前では5年前に使っていた古典的な戦術は意味をなさない。
黒いPMTFが構えた突撃制圧砲の砲口が黒と茶色の混ざった煙の中から飛び出してくるであろう<ゲーゲン・アングリフ>の予測軌道を基に照準を定め、背負い込むEFEG機関の1対の超電導コイルが赤色に発光させ後進間射撃をするべく胸部ブースターを吹かしながら後退を始める。
刹那、黒煙が一斉に黒いPMTFその機体が展開する磁場フィールドへ吸い寄せられ一瞬にして黒いPMTFの機体に纏わりつき、関節部に入りこみ負荷を増大させ、冷却用の空調ファンの隙間からその内部に入りこみ電子回路を覆い隠しありとあらゆる基盤に紫電を走らせ回路全体を完全に焼きこがし破壊する。
機体システムが完全に沈黙し擱座する黒いPMTFを<ゲーゲン・アングリフ>の光学カメラが冷たく捕らえその瞬間、胸部のスラスターが火を放ち機体に制動をかけ跳躍中だった機体を強引に引き留め再び地面に着地面を叩きつける。
それと同時に左脚部に内臓されたパイルが撃ち出された地面に突き刺さり、機体をそのパイルを軸に急反転させる。
『微細金属雲!ッくそが!大戦時代の骨董兵器の分際で!』
「隊長」と呼ばれた擱座した黒いPMTFとは別の機体パイロットがそう吐き捨てながら黒と茶色の入り乱れた煙幕から少し距離を置いた場所に着陸しその機体に搭載されている火器管制レーザーを煙幕内部に潜む<ゲーゲン・アングリフ>に対して照射する。
微細金属雲。そう呼ばれる黒い微粒子状の金属粉末であるそれはPMTFの光学カメラを通した物理的な視覚を遮るだけでなく、機体の射撃システムの要ともいえる火器管制レーザーを乱反射させ無力化し搭載されている高感度センサー群でさえ攪乱する。
『くそが!当たれ!当たれ!』
焦りの滲んで声を光に変換しチカチカと点滅させながら黒いPMTFはパイロットの手動入力により照射を定められた突撃制圧砲の砲口がマズルフラッシュを輝かせなら大量の砲弾を黒と茶色の煙幕に叩き込んでいく。
ただ乱雑に撃ち込まれた砲撃など煙幕ので個体燃料ブースターの出力に物を言わせ、その機動を一切止めることなく躍動し続ける<ゲーゲン・アングリフ>に当たるはずもない。検討違いの場所に射撃している黒いPMTFの側面に回り込み大地を蹴り上げ、スラスターを目一杯吹かし、停止していたジェットエンジンの生み出す膨大なエネルギーに物を言わせて黒いPMTFへ背後から襲いかかる。
刹那、眩い閃光が黒いPMTFの胸部装甲板が刹那の閃光包まれる。
まるで沸騰したやかんの口のように白い湯気が朦々と立ち昇り、黒いPMTFの胸部装甲板が夏場の溶けかけのアイスクリームのようにドロドロに融解し、その隙間からコクピット内部の制御機器類の残骸と共に「隊長」だったものをこぼれ堕とさせ爆散する。
<ゲーゲン・アングリフ>の腕部の袖下とも言うべき場所で展開した「収縮レーザー砲」の砲口が白煙を上げながら焼き焦げた収縮レンズを排莢し使い捨ての超小型大容量バッテリーを腕部下から排出する。
”ごとり”と重たい音をたて収縮レンズと同様に焼き焦げた超小型大容量バッテリーが地面にその内部の液体を大地に零し発火する。
幾重にも重なった冷却フィンがレーザー砲の内部機構の冷却を終えて腕部内部の狭苦しい収納スペースに押し込まれ展開された装甲板が元の位置に戻りその砲身を格納する。
爆炎を噴き上げ激しく炎上し擱座する黒いPMTFを背後に<ゲーゲン・アングリフ>がその超軽量高密度金属で生み出されたボディーを翻し、スラスターを吹かしながらコテージの前に降り立って、片膝を折り曲げ再び駐機モードに移行する。
ぽっかりと口を開け放った二つのエアインテイク、その間に広がる胸部装甲板が軋みを上げながら跳ね上げられその内部から4対のスライドレールがせり出し次いで軽い金属音を響かせながら真っ黒なケーブルがむき出しのシルバー色の棺桶のような何かがレールを滑りせり出される。
棺桶の上部がゆっくりと開きその中から酷い顔色のシーナが下りてくる。
「ごはっぁ。はぁぁあ。はぁぁぁ。ッ!ゴホッ。ゴホッ。ゴホッ。」
咄嗟に抑えた口元から零れた生暖かい
液体が手のひらを真っ赤に染め上げて大地に零れ落ちていく。
戦闘中ずっと響いてた耳鳴りが酷く、視界が真っ白に染め上げられまともに歩けなくなる。
咄嗟に地面にしゃがみ込みポーチから薬を取り出して服用しこの煩わしい症状を緩和させるべく適当に口内へ流し込む。
その場にしゃがみ込むこと数分、ようやくクリアに見えるようになった視界で開ききったコテージの裏扉を捉えて立ち上がりフラつきながらも歩き出す。
「マー、サ、さん。。。大丈夫。ですか?」
「ええ。私は大丈夫です。それより貴方は?」
私の指示通り少女を守るようように抱え込み、机の下に隠れていてマーサさんの不安に揺れる瞳と目が合った。
「私は何とか無事です。それよりもこれから如何するかが問題です」
そう言って窓の外で擱坐する微細金属雲に捕らわれ内部回路を焼き焦がされた黒いPMTFを見つめ口を開く。
「奴らの目的はその少女です」
ビクンと背中を跳ね上がられた少女が不安に駆られたのかぷるぷると小刻みに震えながら床にその身を何かに耐えるように小さくて丸める。
「マーサさん。私はしばらくこの子と身を隠します」
その少女を一瞥し、再びマーサさんの瞳を真っ向から見据そう声をあげ重たい空気を打ち鳴らす。
「は?何を言っているんですか?貴方らしくもない。いつも見たいに憲兵隊に連絡しすれば良いじゃないですか?」
「それじゃあ駄目なんですよ!」
その怒鳴り声に呼応するように少女の小さな悲鳴が沈黙に包まれた部屋の中に霧散していく。
思わず怒鳴りつけるようにそう言ってしまいマーサさんの怯んだ顔にハットさせられ我に返る。
「すみません。ですがいくら町から離れているとは言え、こんなにドンパチやっても憲兵隊所属のPMTFが1機も上がって来ないのには何か裏あるんですよ」
このコテージからバイクで30分進んば場所にあるあの町は最前線で闘ってきた軍人達の保養地であり当然そこを警備する為のPMTFも少なからず存在している。
にも関わらず、それらが1機たりとも上がっては来ずそもそも所属不明のPMTFが軍の保養地の目と鼻の先のをうろついていること自体可笑しいのだ。
「マーサさん!貴方には2年前に拾われた恩があります。もし、どうしても私がその子を引き取ることに反対なら・・・・・・私がその子をこの場で殺します」
「な、なんて愚かな事を!」
マーサさんが驚きの声をあげて咄嗟に少女を守るように抱きかかえる。
「この子には自由に生きる権力があります!それをその様な言い方!許しませんよ!」
初めて見るマーサさんの激昂に歪んだ顔にその口から言い放たれる憤怒に滲んだ声に気圧されながらもしっかりマーサさんの瞳を見つめ声を掛ける。
「もうあまり時間がありません。その子を私に預けるか、それとも私にその小さなこの子に手を掛けさせて一生私を怨み続けるか。選んで下さい」
重たい沈黙に包まれた室内でマーサさんが私を睨みつけてくる。
ふと機体から降りる前に手首に巻きつけておいたブレスレット型の受信機がバイブスし小さく反応する。
機体の早期警戒システムとリンクしている黒いブレスレット型の受信機は搭乗者が機体の外部に出ている時でも敵機の来襲を告げるべく開発された。ゆえにこれが今、振動していると言うことは。。。
「マーサさん別の機体が侵入してきました。もう時間はありませんよ。」
その問い掛けにマーサさんは答えるでもなく、ただ少女を抱きかかえているだけだった。
「マーサさ『行く当てはあるんですか?』・・・・・・どうにかしますよ」
ようやく返ってきたその声にはたしかな決断と強い意志が込められていた。
「南です。南に向かいなさい」
そう小さく唱えたマーサさんは少女を抱えていた腕をゆっくりと解き、立ち上がりクローゼットの引き出しを漁って一枚の手紙を手渡してくる。
「これは?」
「私の古い友人が南に国を2つ超えた『マラーユア共和国』で大統領をやっています。その人に会って保護を求めなさい」
手紙の中身を確認すると色褪せた妙に手触りの良い紙にその大統領と思われる直筆の署名が入った入国許可証が入っていた。
「っ!貴方は本当に何者なんですか?」
「前にも言いましたが私は自分の秘密を明かさないミステリアスレディーに自分の秘密を打ち明けるほど純粋じゃありまん」
「そうでしたね」
そう言ってマーサさんから渡された手紙をポーチに押し込んで床で小さく丸まっている少女を抱きかかえる。
「これも持って行きなさい」
そう言って何処からか引っ張り出してきた厚手のひざ掛けぷるぷる震える少女丁寧に包んでくれる。
「落ち着いたらまた会いに行きます。もし何か聞かれたら私に脅されて仕方なく一緒に暮らしていたそう言っておいて下さい」
そう言って少女をしっかり抱え裏口から外へ出で狭苦しコクピットブロックの中に少女を抱えながら腰を下ろして脚の間に少女を座らせ、安全ベルトで自分の体と一緒にシートに固定する。
「何も触らず大人しくしてろ。良いな?」
脚の間に正面を向いてちょこんと座っている少女が僅かにうなずき、服の裾をぎゅっと握ってくる。
正面のモニター下部を埋め尽くすほど広がっている大量の計器類とスイッチ郡の中からコクピット開閉スイッチを下げてさらにそのスイッテに覆い被さる形の真紅の安全カバーを下ろす。
開いていたコクピットの天板がスライドし外界の光を遮ってコクピット内部を完全な暗闇で包み込み、コクピット本体が再びスライドレールの上を滑り出し、その棺桶を〈ゲーゲン・アングリフ〉の狭苦し胸部装甲板の内部へと取り込んでいく。
跳ね上がっていた胸部装甲板が軋みを上げなら元の位置に戻って装甲板をロックする。
消灯していた全てのモニターが機体システムへと接続され一斉に目を覚ます。
「追っ手が来るまえに離脱します」
〈ゲーゲン・アングリフ〉を立ち上がらせフットペダルを吹き込んで機体の高度をゆっくりと上昇させる。
対人センサーがコテージの裏口に立っているマーサさんを捕捉しサブモニターの映像を切り替えさせる。
その姿を一瞥しサブモニターの表示を素早く切り替え、左側のスティックのトリガーを握りEFEG機関を始動させジャイロコンパスを頼りに機体の進路を南方方向に定めスロットルを押し上げる。
黒い一色の〈ゲーゲン・アングリフ〉が空中の青白い光の帯をたなびかせながら南の空めがけ目にも止まらぬ速さで雲一つ無いどこまでも広がる大空を駆けてゆく。
一人ぽつんとその場に残されたマーサさんと呼ばれた妙齢の女性が地面に膝をつき名残惜しそうに豆粒のように小さくなった〈ゲーゲン・アングリフ〉を見上げてる。
「必ず戻ってきて。そして私に本当の名前を教えてちょうだい」
そう小さく呟いた彼女の声は春先の暖かな風に流されて散っていく。
太陽の暖かな光が差し込むコテージの一室。
ベットの横のサイドテーブルに置かれた小さな写真立ての中、色褪せた写真に写っている太陽のような笑みを浮かべた女性と小さな娘、そしてその女性が大事そうにスワドルに包まれたて抱きかかえられている小さな赤子。
その写真の上には流れるようなペン運びで綴られた出産報告の文字。
その写真に映りっている小さな娘が何処かシーナと名乗った女性に似ているそんな気がした。
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