EP9 数年越しの大空へ

だが確かに声が聞こえた。少女の声が。悲痛な思いが、深い悲しみと絶望に彩られた声が確かに鼓膜を揺らし、脳裏に焼き付いた。


『助けて!おねーちゃん!』


不意に妹の声がフラッシュバックする。

あの時は私に力がなくて守れなかった、自分を愛し、私も溺愛した小さな命の灯火が目の前で吹き消えたあの瞬間に聞いた妹の最期の声が重なって聞こえてくる。


「やるしかッ。ないだろ。そのためッに。私ッは。ミレアになったんだ!」


震える手に鞭打って、濁った銀色のトリガーを握りしめレバーを押し上げる。

ばねの力を借りてスロットルレバーが軽快に滑りだし、カチッと音を上げ『EL』と書かれたメモリ部分で静止する。


刹那、機体に取り付けられたフライトパックから伸びる一対の超電導コイルが発火し火花をまき散らす。


吹き飛ばされ折れ曲がり破断し機体の周辺に転がっていた簡易タラップの残骸が、木製の梯子のそばに置かれていたオンボロのカンテラまで、ありとあらゆる金属を内部に含んだ物がまるで意思を持ったように独りでに動き出し、機体の方へ引き寄せられる。


ぱちぱちと飛び散る火花が落ち着き、徐々に涙型の超電導コイルが真っ赤に発光し機体を数センチほどジメジメと湿った大地から浮き上がらせる。


「はぁあッはぁあッはぁあッはぁあッはぁあッぁぁぁああああ!」


呼吸が苦しく、視界の端が白く輝き始めるがそれら全て振り払うように外側のフットペダルを踏みこんで、機体を上昇させる。


脚部装甲板下のバーニアが、機体背部のフライトパックに取り付けられている偏向ノズルが、機体の姿勢制御用のスラスター群が、胸部の逆進用バーニアでさせも、機体のありとあらゆる場所に取り付けられたバーニアが一斉にジェットを吹き出し機体を上昇させ、頭上にあった木造の倉庫を粉砕し、数年の時を超えて再び大空へ舞い戻る。


「はぁあッはぁあッはぁあッはぁあッ。敵は?」


もう既に息も絶え絶えだが何とかサブモニターのレーダーに目を移し、敵機の位置を確認する。


ピピーピピーピピーピピーピピーピピーピピーピピーピピー


「下か!」


耳を打ち鳴らすロックオンアラートに反射的にスティックを傾け機体を左にロールさせ急降下、コテージの前で射撃してくる2機の黒いPMTFその片方へレティクルを合わせながら展開された弾幕を強引に突破する。


ピピピピビーーーーーーー


レティクの形状が変形し敵機のロックが完了し、スティックのトリガーを引き射撃する。


無反動機構が内臓されている制圧突撃砲の後部が強烈なバックンブラストの白煙を噴き上げながら毎秒20発の圧倒的弾幕量をもってして大量の90mm劣化ウラン弾を撃ち放つ。


重力と機体の加速度、そして自身持つ運動エネルギーを合わせ持った砲弾はいとも容易く音の壁を貫きその圧倒的エネルギーの全てを眼前のPMTFに叩きつけんと猛進する。


刹那、黒い何かが射線上に飛び込んでくる。


まるで限界まで引き伸ばされたゴムがはじ切れるたような激震が空気を弾き、森の木々に止まっていた小鳥どもを一斉飛び立たせ、狭苦しいコクピット内部の空気までもを振動させる。


「殺ったか。・・・・・・・いや、違うなこれはまさか。。。。」


撃ち出された劣化ウラン弾は確かに標的を捉えていた、いや正確に言えば最初にロックオンした標的と砲弾の間に割って入ってきた2機目の黒いPMTF、そいつに確実に着弾したはずだ。なのに未だ反応がロストしておらず、機体システムも眼前の2機目を補足している。


「まさか『SMFD』の小型化に成功したのか?」


SMFDそれはEFEG機関の出力を一時的にリミッターギリギリまで高める事により機体周辺に強力な電磁フィールドを形成し一時的ではある物のSFアニメによく登場するバリヤーと同等の効果を得ることを可能としたアクティブ防護システムのことだ。


その証拠を示すように、射線に飛び込んで来た黒いPMTFの背部から飛び出た一対の超電導コイルが白煙をともなって紺青色に発光し、機体の周囲を磁場フィールドを貫通できず自身の持つ運動エネルギーにより押しつぶされドロドロの鉄塊と化したかつて劣化ウラン弾だった何かがフワフワと磁場の流れに流されて滞留している。


『隊長!無事ですか!』


『俺の心配はいい!いいかルーキー。気を付けろ!こいつはやり手だぞ!』


敵機の光学通信を読み取った自機の解読システムが暗号符丁を即座に解析し敵機の会話を一方的に再生する。


眼前のスイッチ群を一別し通信回線切り替え用の摘みを捻り、ダメ元で通信回線をオープン回線に切り替えてスティックの通信ボタンを押込み声を上げる。


『聞こえているか?貴様らの目的はあの少女だろう?今すぐ手を引くなら追撃はしない。繰り返す、今すぐ手を引くなら追撃はしない。お互い平和的に歩みよろう』


『隊長!敵機がオープン回線でこちらに呼びかけてきています。』


『そんな物は無視しろ!行くぞ!ツー・バイ・ワンだ!』


『了解!』


最後の通信を示すように後方の黒い機体から連続で発光していた白い光が事切れ、後方に控えていた敵機が上がってくる。


「ちっ!」


舌打ちを零し、スロットルレバーを引き下げ逆噴射しながら機体を後進させながら左手側のレバーをさらに一段押し上げて『EN』に固定しジグザグの軌道を描きながら接近してくる敵機と一定の距離を保ちながらレティクルを合わせスティックのトリガーに指先を掛ける。


ピピーピピーピピーピピーピピーピピーピピーピピーピピー


再びロックオンアラートがけたたましく鳴り響き咄嗟にフットペダルを踏みこんで機体の高度を上昇させる。


「もう一機はどこに?!がぁは!」


かすかな警告アラートにが打ち鳴らされた刹那、凄まじい衝撃が全身を駆け回り半透明のエアバックが瞬時に狭苦しいコクピット内部を埋め尽くし打ち身から身を守ってくれる。


自機が装備していた突撃制圧砲が磁場フィールドの接触で生み出され強力な斥力で機体が弾き飛ばされ時の衝撃で吹き飛ばされ森の中へ吸い込まれ、消えていく。


「邪魔だ!」


そう吐き捨て、膨らんだ半透明のエアバックを押込んみ目まぐるしく回転する水平器を一瞥し即座に情報を収集しスティックを手前に引きフットペダルを踏む。


機体各部の姿勢制御用スラスターが一斉に青白い高温のジェットを噴き上げて激しく回転する自機の姿勢を安定させる。


ビービービービービービービービー


隊物センサーがけたたましく悲鳴を上げてサブモニターの画面が機体後部の光学カメラが捉えた映像にさし変わる。


「くそが!」


そう吐き捨て、スロットルレバーを限界まで押し上げて、左手で素早くレバーを手前に引き『EN』から『NONE』へ切り替えて、背部のEFEG機関出力をカットしフットペダルを全力で踏み込みながら機体を再加速させ弾き飛ばされた際の運動エネルギーを減少させていく。


体が前に倒れこみそうになるのを気合で耐えながら、チラリとサブモニターを確認する。対物レーダーが刻一刻と迫りくる木造のコテージをハイライト表示しご丁寧にコテージまでも距離を表示してくれている。


「あと150m!くそったれが!」


目まぐるしく減少していくサブモニター内の距離数値を睨み付けながらそう吐き捨て、全力で踏み込みこんでいたフットペダルから足を離す。


その瞬間、今まで煩わしく鳴いていた対地近接警告装置の警告音が今まで以上にその咆哮を張り上げて機体高度の低下を告げてくる。


刹那、今まで地面すれすれの超低空飛行をしていた<ゲーゲン・アングリフ>がその速度を保ったまま地面にその傷だらけの軽量高密度金属製の着地脚を着地させる。

凄まじい衝撃波が機体の内部を駆け巡り機体フレームの一部が破断する異音がコクピットまで鳴り響きく。


<ゲーゲン・アングリフ>のフライトパックの大型ジェットエンジンのリフレクターが一斉に収束し噴き上がる高温高圧のジェットを収束させ大地に咲く草花を焼き払って大量の砂ぼこりを舞い上げながらコテージの目前で静止する。


「っ!」


再度ロックオンアラートが鳴り響き、機体の光学センサーが同じく地面に降下してきた敵機を補足する。

間髪入れずに再びスロットルレバーを再び押し上げて機体を加速させる。


ロックオンアラート鳴り響き続けているが敵機の構えている突撃制圧砲は一向にその砲口から砲口を撃ち放つ事はなく、こちらの機体の動きに合わせて砲口が揺れてるだけだった。


機体の背後にコテージをしっかりと収めるたまま可能な限り左右に大きくジグザグの軌道を描きながら機体を跳躍させ眼前の敵機との距離を詰める。


絶えず鳴り続けているロックオンアラートが鼓膜を揺らし、正面モニターに映る外部映像が横から撃ち込まれた砲弾で舞い上がった土煙一色に染め上げられる。


『離れろルーキー!そいt「させるか!」』


スティックのサイドのショートカットボタンを素早く弾く。


刹那、肩部装甲板の隙間の隠されるように設置されたディスチャージャーから白煙が吹き上がり残影が土煙を切り裂きながら空高く打ち上げられる。

高速で打ち上げられた残影は黒煙の帯を引きながら未だ滞留する土煙を突き抜けて辺りに黒煙をまき散らしながら、激しく閃光し敵機の光学通信を一方的に妨害する。


土煙と舞い降りる黒煙を突き抜けた<ゲーゲン・アングリフ>が黒いPMTFを仕留めるべくまるで獲物を捕らえた狼のように大地を躍動し獲物へと襲いかかる。


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