EP8 願いの為に
機体のシステム起動スイッチを跳ね上げ、左右のスティックのボタンを決められた手順で押していき機体のフライホイールを始動させる。
バイクのエンジン音に近い音が小さく響き、生み出された電力が正面と左右のモニターを点灯させ機体のシステムを起動させる。
「フライホイール、回転数上昇中・・・・回転臨界点まで3,2,1。今」
左右のスティックと一体化しているスロットルを押し上げて限界まで回転したフライホイールの動力がコクピットを挟み込む二つの大型ジェットエンジンのファンを回転させ、轟音を上げながら呼吸をはじめた瞬間
ガキン
何かが嚙み合う金属音がコクピット内部のかび臭い空気を揺らし、次いで機体の状態をリアルタイムでモニタリングしている可動式のサブモニターにERROEの文字を表示させる。
「ッくそが!ジャブか!」
「ジャブ」と呼ばれるそれは、ジェットエンジン内部のファンと接続されている回転軸に塗布された潤滑剤が長期間の非稼働状態を経て潤滑剤が固形化し回転軸の動作不良を引き起こすオイルのヘドロだ。
冷静にエンジンのスロットルレバーを引き下げて、正面に所狭しと多種多様な形状のスイッチが鎮座しているスイッチ群、その左上の安全カバーで硬く守れたスイッチの右から6番目、赤い安全カバーを押し上げて目的のスイッチを力一杯押し込む。
それと同時に点灯された中央モニターを睨みつけ、左右のスティックに埋め込まれた矢印キーを操作しコマンドコンソールから目的のコマンドを選択し実行する。
天井から差し込む僅かな光に照らしだされた簡易タラップがその光を反射させ、数年前から沈黙を貫いていた駐機状態のPMTFの埃の積もったエアインテーク内部に光を差し込ませる。
その奥を覗き込む者を深淵に引き込むほどの暗黒に閉ざされた胸部の左右にぽっかりと空いたエアインテーク、その奥で何か小さな火花がスパークした刹那、真っ黒な爆炎を噴きあがり簡易タラップを粉砕しジェットエンジンの内部にこびりついていたジャブをその高温をもってして焼き溶かす。
ジェットエンジンのファンが野獣の如き咆哮をまき散らし回転をはじめ機体にさらなる電力を供給する。
<サブエンジンの起動に成功>
<メインリアクター点火プロセス始動>
サブモニターを一別し、後頭部の斜め上にある埋め込み式の引き出しを逆手で引き下げ内部から指先が切り取られた操縦士用のグローブを手に嵌めてポケットにしまった薬を取り出して飲み込む。
頭が痛いし呼吸もしずらい。
誰かにのど元を絞められているのではないかと疑いたくなるほど息ができず、しまいにはコヒュー、コヒューと異音まで奏で始める。
機体の胸部に綺麗に収まっているこの極小のコクピットの直下に位置する核融合炉が展開した微弱な電磁場がこの壊れた体を蝕んでいる、たったそれだけだ。
せり出した引き出しを押し上げて再び元の場所にしまい込んみ、次なるコマンドを選択し核融合炉に火を入れる。
バチンっとヒューズが飛ぶような音がコクピットの空気を揺らし、薄く点灯していた3枚のメインモニターとサブモニターが消灯する。
耳を貫くような甲高い音が鼓膜を揺らし次いモニター群が一斉に再起動しメインOSがようやく立ち上がりメインモニターに帝国古語で書かれた機体名である「ゲーゲン・アングリフ」の文字列が表示される。
薄っすらと埃を被ったモニターに表示された愛機の名前を指で撫で、長年積もった埃を払いのける。
ようやく機体OSの初期化が完了しメインモニターに機体外部の様子が鮮明に映し出される。
足元にある二対計四個のフットペダルその最も内側にあるペダルに足を載せてゆっくりと踏み込む。
機体の外周をぐるりと囲む簡易タラップをなぎ倒しながら、膝立ちの駐機状態からゆっくりと機体を立ち上がらせる。
多少ふらついたものの何とか愛機を立ち上がらせ、昔の記憶をたどりながら操縦感覚を思い出しサブモニターで機体状況を確認する。
<頭部チェーンガン:200/3300>
<胸部90㎜貫徹砲:0/90>
<EFEG機関:展開可能まで残り120秒>
<統合射撃支援システム:正常 近接格闘支援システム:正常>
<自己診断プログラム結果:損害軽微>
<推進剤残り60%>
:
:
サブモニターに表示された項目の全てに目を通し、サブモニターを邪魔にならない位置までスライドさせ機体背面の武装ラックに積載されている武装を展開させる
<ERROR>
スライドさせたサブモニターの警告アラートが悲鳴をあげ、金属が擦れるいやな音が開け放った頭上の狭い通路、いや緊急脱出口から聞こえてくる。
「ちッ!これだからアンダーパス方式は嫌いなんだ!」
誰に怒鳴りつけるでもなくそう零し、武装ラックのパージコマンドを選択し実行する。
機体外部に取り付けられた一対の涙型の超電導コイルを有する巨大なフライトパックの下部、機体の腰部に取り付けられたアーム一体展開型のウェポンラック機体とラックを接続する根本から小さな爆発が起こりウェポンラックが落下しする。
落下したウェポンラックから全長10mの機械の巨人向けに作られた巨大な銃である「突撃制圧砲」を拾い上げる
<認証コード確認。射撃システムに接続します。>
<右腕:突撃砲:残弾数300/1000>
<EFEG機関:展開可能>
小さく息を吐きだしで開きっぱなしになっている緊急脱出口を閉鎖しコクピットを気密する。
ブーーーンと空調用のオンボロの空調設備が唸りを上げ、フィルターを通して浄化された機体外の空気を取り込んでくれる。
少しかび臭くどこかで懐かしい匂いをようやく落ちてきた息苦しさを打ち消すように肺一杯に吸い込ませ、サブモニターをレーダー表示に切れ変え位置を調整し、ロックをかけ不意に動かないように固定する。
左手側のスロットルレバー、その下に取り付けられた傷だられのレバーと一体化した段階調整式のレバーに手をかける。
金属製のそのレバーは嫌に冷たく、握った手のひらを伝って容赦なく体温を奪っていく。
『お前には無理だ!この出来損ないの英雄が!』
『どうせあんたは、もう老いぼれなんだよ!』
『君にはもう期待しない』
『今後、君を部隊の隊長とすることはできない。悪いが移動だ』
『PMTFに乗れなくなったミレス存在する価値はない!』
『とんだほら吹きだな!さっさと消えろよ!』
あの日のトラウマが蘇ってくる。
今まで私を必要としてくれた人たちが私に落胆し、怒号を罵声を浴びせ去っていく。
心臓の鼓動が早くなり嫌な汗が背中を濡らして無意識に手が震えだす。今の私にはレバーを握るという簡単な動作さえ難しい。
『タスケテ。ダレデモイイカラ。タスケテ』
不意に妹の声が無線機から声が聞こえはっと我に帰り無線機を眺めるも受信ランプは点灯していない。
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