EP2 林の中の立派なコテージ

どれぐらい見つめていたのか分からないが梯子を掴んでいた手に痛みがはしり、はっと我に帰り残りの梯子を登っていく。


天窓から差し込む光は優しく散らかりきった室内を照らしだし、外では小鳥たちが煩い合唱を奏で春の訪れを告げている。


机の上におかれた古ぼけたラジオのスイッチを入れ、登ってきた地下への入口に木製の落とし蓋をかぶせ、その上に中身の空になった木箱を積み上げ入口を隠蔽する。


『本日のガーダー王国の天気は北部地方を中心に晴れるでしょう。しかし昨日から今日の明け方まで降っていた雨の影響で一部地域、特に山間部にお住まいの皆様は土砂崩れや軟弱地には十分お気つけてお過ごし下さい。さて本日の………』


ラジオが放送する天気予報を聞きながら、昨晩検品したライフル弾を手に取り焼き焦げて所々が黒ずんだアルミ製のクリップに填め込んでいく。


弾をクリップに留める作業が一段落したところで何処からかベルが鳴る音が微かに聞こえ朝食を取るために、ガンオイルやその他様々な液体で汚れた作業服を脱ぎ捨てラジオを持ち作業室兼物置小屋を後にする。


4月の初旬とは言えまだまだ気温は低く、身震いしながらも石が敷かれ整備された道を歩いて行き、木々に囲まれ、立派な煙突をオレンジ色の屋根からはやした立派な外観のコテージのドアを中に入る。


「お帰りなさい!シーナちゃん、もうすぐ朝食の用意が出来ますからね」


キッチンの奥の方から良い匂いと伴にそう言って御年75歳を迎えるマーサさんが太陽のような笑顔でそう言って器用にフライパンを振り上げ、焼いていたパンケーキをひっくり返しお皿へと移していく。


「このお皿、運びますね」

「ええ。助かるわ!いつもありがとうね」

マーサさんのお礼を聞き流しつつ目玉焼きとベーコンの乗った2枚のお皿を机に運んでいく。


「ささ!上手に焼けましたよーー!」

そう言ってマーサさんも焼き立てで湯気を立てている大きなパンケーキをお皿に載せて運び、机の中央へ乗せ席に座る。


2つのコップに水を注ぎマーサさんと自身が座る席にコップをそれぞれ置いて、椅子を引き腰掛ける。


「神よ、あなたのいつくしみに感謝してこの食事をいただきます。ここに用意されたものを祝福し、私たちの心と身体をささえる糧としてください。エーメン」


マーサさんがそう唱え終わるのを待ってから自身も少し手を合わせ祈りを捧げ、並べられているフォークとナイフを使い目玉焼きを器用に一口サイズに切り分け食べていく。


『今朝未明、進行するニヒル・ノート軍と我が祖国防衛軍所属のPMTFが交戦し見事、これを撃退することに成功した。

また祖国防衛軍では現在、だいh「やーね。戦争なんて、速く終わらないかしら」……』


マーサさんの悲しみに暮れた声がラジオの報道を掻き消しす。


「小耳に挟んだ情報ですが、先日祖国防衛軍はようやく西部のスラビア要塞の奪還に成功したとか」


コップに注がれた水を飲み干し、パンケーキに載せられたバターをナイフを使って器用に塗り広げていく。



「少なく見積もっても、全土奪還にあと数ヶ月は掛かるんじゃないですかね?」


「そうかしら?前も同じようような報道をラジオで言ってたわね。はあ、やだやだ本当にいつまで続くのかしらね?今度の戦争は」


すこし呆れ果てるようにマーサさんはそう零し、自身が焼いたパンケーキに蜂蜜をかけてナイフとフォークを使って丁寧に切り分け口へ運んでいく。


いつ見ても完璧に洗練されたその動きに目を奪われているとマーサさんは急に色気たっぷりな顔を造り上目遣いでこちらを見つからかい始める。


「なに~~そんなに見つめて、もしかして私に惚れちゃったのかしら~~」


そこまで言って、自身が笑いに耐えられ無くなったのか子どもっぽい笑顔を浮かべて快活に笑い始めた。


「前にもお伝えしましたが私は女です。そして私が食事中に貴方を見ているのはその食べ方が優雅だからです。全く貴方は何者なんですか?」


「あら?私は自分の秘密を明かさないミステリアスレディーに自分の秘密を打ち明けるほど純粋じゃありませんことよ」


全く年齢を感じさせないはきはきとしたいつもと違う声に驚き目が点になる。


「あはははははは、まあシーナちゃんが私に本当の名前を教えてくれたら、私の秘密も教えますよ」


そう言って早々に食べ終えた朝食が乗っていた純白の平皿を器用に持ち上げ過ぎ去っていく嵐のように再びキッチンの奥の方へ消えていく。


”カチン”っとパンケーキに突き刺したはずのフォークが音を挙げ、そこにパンケーキがもう無いことを無慈悲に告げてくる。


「は~~。マーサさんこの後、町に行こうと思ってますが一緒に行きますか?」


自身の偽名の件も見抜かれていたのかと呆れたため息を吐きながら、重い腰を上げて立ち上がりキッチンの方に足を運びながらマーサさんにそう問い掛ける。


「あら、そうなのね。じゃあ私も行こうかしら。ちょうどお砂糖が切れていたのよね」


そう言ってマーサさんはシンクに溜まっている洗い物たちを慣れた手つきで洗っていく。


「分かりました。じゃあ、私は出発の準備をしてきますね」


そう言ってシンクの合いたスペースへ平皿を置いて、コテージを後にし物置小屋へ戻っていく。


掃除のために分解していた丁寧にスチームルガーを組み立ていく。


最後のネジを精密ドライバーで締め上げ、ガンオイルをシリンダーの隙間に差しシリンダーを回転させる。


カチカチカチカチカチカチカチカチ


個気味の良い音が静まりきった作業場に響き渡り、シリンダーの動作が滑らになったことを教えてくれる。


ラッチをお親指の腹で押し込みながらシリンダーを左手側へ押しだし、机の上に置いてある銃弾を一発一発丁寧に装填していく。


腰のベルト通しにホルスター付きのベルトを通し、ホルスターに「スチームルガー」を入れて皮のベルトで固定し腰の後ろのサイドポーチにムーンクリップで6発一纏めにした物を2束差し込みポーチの蓋を閉める。


部屋の隅のドアから隣のガレージへ移動し、両開きの大きなドアを開き、中央に鎮座している大きなボロ布に手をかけ引き上げる。


ボロボロの天窓から差し込む光が布の下から出てきたボロボロの大型の2輪バイクのボディーを鈍く輝かせる。


燃料メーターをチェックしクラッチを握り、足でタイヤを回転させブレーキを踏みタイヤが止まるかを確認する。


自立スタンドを蹴り下ろしジャッキを下げてバイクを地面に立て掛ける。


ガレージの隅にひっそりと突っ立ている壁に掛かっている年季の入ったハッドスタンド、そこに掛けられているボロボロのジャンパーを手に取り袖に腕を滑り込ませジッパーを締め上げ、ヘルメッドをかぶり、フェイスガードを押し上げて再びバイクの元まで戻っていく。


生乾きのかび臭い臭いに耐えながら、バイクの自立スタンドを蹴り上げてガレージの外へ押しだしコテージの前に止めてむさ苦しいヘルメッドを脱ぎ捨てる。


バイクに背中を預けながら空に流れていく雲の動きをただただ見つめ続ける。


未だかつて、こんなにも穏やかな気持ちで空を見上げるたことがあっただろうか?

空は敵を殺し合うための場所でしか無く、いつもチャフの濁った銀色で汚すだけ、火薬が引火し鋼鉄が焼き焦げ、黒煙で塗りつぶしていくためだけの場所だと思っていた。


感傷に浸っていた刹那、激しい目まいがし呼吸が辛くなる。


「がはっゴッは!ゴホッゴホッゴホッゴホッゴホッ」


地面に両膝を付き、激しく咳き込む吐血する。


全身に悪寒が走り嫌な汗が頬を伝い真っ赤な血の池にこぼれ落ちる。


「はっ、はぁぁ。はっ。はぁぁ。」


呼吸が乱れ、自身の心音が不規則にこんの胸の奥深くで生命の鼓動を刻み込む。


「っぁあ。く、そっ。たっr。が。落ち着、けよ。い、ま。わしい」


そう吐き捨て、ズボンのポケットに乱暴に手を突っ込み小さな薬箱を取り出す。


手の震えが激しくなり、薬箱が何処かへ飛んでいく。


”キーーン”と甲高い音が脳を揺さぶり、瞳の焦点がずれ視界がぼやけ始める。


2重、3重にも重なって見える薬箱に必死に手を伸ばすが空を切りなかなか掴めない。


「はぁっあ。はぁっあ。はぁっあ。」


動悸がどんどん激しくなり息を吸うのさえ苦しくなる。


「シーナちゃんじゅんb!どうしたの?!大丈夫!しっかりしなさい!」


霞がかった視界が3重に重なったマーサさんらしきの人影を何とか捉える。


「く、すり。と、って」


辛うじて口から紡いだ言葉を聞いたマーサさんがすぐさま手から滑り落ちた薬箱箱を握らせてくれる。


急いで蓋を開け、中に残っていた最後の2粒を乱暴に口内に放り込み噛み砕き飲み干す。


「はぁぁ。はぁぁ。はぁぁ。はぁぁ。」


乱れた呼吸を整えながら、不安に怯えた顔を浮かべているマーサさんの顔を見つめる。


「す、見ません。もう、落ち着きました、暗くなる前に町へ行きましょう」


じゃっかんフラつきながらも何とか立ち上がり、バイクのハンドルに掛けたヘルメッドをかぶり、バイクへ跨がりキーを差し込む。


「そんな体調じゃあ無理よ。今日はやっぱり止めておいて、また明日行きましょうよ」


「大丈夫ですよ。薬を飲んで少し落ち着きましたから、それに町に行ったら病院に行くので」


マーサさんにそう言って笑い掛ける。


「そう?じゃあ、安全運転で御願いね。

もし道中で体調が悪くなったら引き返しましょね」


そう言ってマーサさんはバイクの荷台に慣れた手つきで持ってきたバスケットを括り付ける。


「エンジン、かけますから。下がって」


そう言ってキーを捻り、ハンドルに付いているセルボタンを押し込むもボロボロの外見に反せず内部に積まれているオンボロエンジンが今日は機嫌が悪いのかウンともスンとも言わない。


「ったく。このオンボロが」

そう吐き捨てバイクから飛び降り、クラッチギアを握りチェンジペダルを押し下げ、ギヤをセカンドに入れる。


「下がっていてくださいね」


そうマーサさんの位置を横目で確認し

バイクを押し進め一瞬だけバイクのクラッチを半クラにする。


ギュルルブルルルルルル


エンジンが唸りタイヤを回転させ独りでに駆け出していく。

重心を左手側に傾け左足を中心にバイクをその場で方向転換しクラッチを外し、ニュートラルにする。


”パチパチパチパチパチパチ”っとマーサさんが拍手を送りながら近づいてくる。


「行きましょう。乗って下さい」


75歳とは思えぬ軽快な身のこなしで後部座席に飛び乗って肩をトントンと叩いてくる。


「しっかり捕まって下さい。飛ばしますよ」


バイクのアクセスを全開にし整備された山道を駆け抜けていく。


バイクのエンジンが軽快に唸り、タイヤを回転させ、地面を蹴り上げ進んでいく。


肌を撫でる風が気持ちよく、クラッチを握りチェンジペダルを踏み上げギアを3速にし、さらに速度を上げ木々の間を駆け抜けて丘を登ってまた下っていく。


しばらく道なりに進んでいくと山間の谷に建てられた町が見えてくる。


そこへバイクの頭を向けてただひたすら走らせていく。

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