EP1 過去の戦い

続々と打ち上げられる様々な装備を身に着けた〈PMTF〉をメインカメラが補足し、ズームイン。それと同時にレーダー情報が更新されマップ上の淡い緑色のグリットが一つまた一つと増え、陣形を形成していく。


『こちら〈フォーチューン〉。所定の座標に到着、これより本隊を離れ防衛任務を開始する。オーバー』


『了解した〈フォーチューン〉。健闘を祈る』

モニターの端に映る〈フォーチューン〉機が手を振りながら、〈ブランデンブルグ隊〉に所属する半数近くのPMTFを引き連れ、形成した陣形から離脱し高度を下げ最前線へと降下していく。

雲間から僅かに見える〈フォーチューン〉機たちがなびかせる青白い光を一瞥し回線を開く。


『〈グレイブ・ブリンガー〉より全機に通達。敵予想進行進路上に先回りし、これを殲滅する。各機、私についてこい!』


フットペダルを踏み込むと同時にスロットを押し上げ、さらに機体を加速させる。

敵支配域境界線上に配備されている〈シュバルツ・ニヒル〉の4門の高射砲が大空を高速で飛行する〈PMTF〉めがけ撃ち放たれ、近接信管が空中で炸裂し大量の鉄片を撒き散らす。

磁場フィールドに当たった鉄片が火花を散らしながら押し潰されやがて静止する。


『こちら〈フィアーズ〉正面約1km先、〈パビリオ・ニヒル〉を有する大規模飛行編隊を補足した!数は5!オーバー』


〈フィアーズ〉と名乗る機体の肩部に装備されていた長距離光学センサー群が展開していたバラボラアンテナを旋回させ

メインカメラを集束させ1km彼方の〈パビリオ・ニヒル〉の数を正確に補足する。


『こちら〈グレイブ・ブリンガー〉了解。下方から上昇奇襲を敢行する!腕に自信のある者は私に着いてこい!残りは〈フィアーズ〉と伴にタゲを取れ!』


そう言うとスティックを傾け機体を急降下させ、〈シュバルツ・ニヒル〉の展開した対空弾幕の間を巧みにすり抜け地面すれすれでフラップを展開し飛行最低高度を割って地上すれすれを飛行する。

サブモニターを一瞥し、着いてきた友軍機の数を確認し、左右のモニター内部を高速で流れていく外部映像を目で追いながら近接信管が生じさせる爆煙を右へ左へと避けていく。


刹那、大地に掩蔽状態で待機してた〈クワイン・ニヒル〉が飛び上がり空中で集結し一つの巨大な波となって襲い来る。


『っくそ!多すぎる。全機、突撃制圧砲の使用を許可する!「パンツァーフォー」で一気に食い破るぞ!』

空中を飛行していたPMTFが矢じり型の陣形を素早く構築し、団塊となった〈クワイン・ニヒル〉の群れめがけ腕部で保持した突撃制圧砲を射撃しながら突撃する。

眼前のモニターが激しく閃光し、網膜がチリチリと焼かれていく。


120mm滑腔砲が劣化ウラン製のAPFSDS弾を高速で連射し、襲い来る〈クワイン・ニヒル〉どもを引き裂き、破壊していく。

襲い来る〈クワイン・ニヒル〉の群れを強引に突き抜けて、陣形を保ったまま再上昇。


『あれか!』


私に着いてきた部下の誰かがそう呟いた。


雲よりも遙か上空、空気密度が比較的低い成層圏を優雅に飛行する巨大な蝶〈パビリオ・ニヒル〉。

その巨大な〈パビリオ・ニヒル〉を有する爆撃機編隊をようやく捉えた。

既に〈パビリオ・ニヒル〉の先頭集団は〈フィアーズ〉率いる別働隊と敵味方入り乱れる激しい乱戦に発展している。


残っていた数十機の〈クワイン・ニヒル〉がこちらの急上昇を感知し一斉にその場で反転。格闘アームを目一杯広げ、まるで水面に投げ込まれる直前の投げ網のように地球の重力と自身のブースターに物を言わせた急降下で、こちらの陣形と真っ向勝負を挑んでくる。


『各機!取り付かせるな!殲滅しろ!』

正面モニターを駆け回る真紅のレティクルが急降下してくる〈クワイン・ニヒル〉をロックオンし次から次へと撃ち落としていく。


右モニターに映っていた友軍機が高速で突撃してきた〈クワイン・ニヒル〉に取り付かれ爆散する。


ふとサブモニターを確認してみれば、一緒に突入した友軍機は半数を割っており、〈フィアーズ〉が率いていた部隊など、もはや数機しかおらず部隊としては瓦解している。


それでも、作戦は継続される。


残った僅かな〈PMTF〉どうしが身を寄せ合い、襲い来る〈クワイン・ニヒル〉の群れから僚機を互いにカバーし合う。

その姿を横目で見ながら、はやる気持ちを抑え込み〈パビリオ・ニヒル〉を射程に捉えるその瞬間を両眼を見開き待ち受ける。


(あと少しだあと少し!)


モニターに投影されているレティクルの形状が変形した刹那、スティックのトリガーを乱雑に引き突撃制圧砲のアンダーバレルに接続されている、ナパーム弾を〈パビリオ・ニヒル〉の半透明の翼めがけ叩き込む。

ナパーム弾が半透明の膜を融解させ、空中で飛行のすべを失った〈パビリオ・ニヒル〉が羽をもがれた蝶々のように力無く高度を落としていく。

近づいてくる〈クワイン・ニヒル〉を次から次へと撃ち落とし、落下していく〈パビリオ・ニヒル〉の爆弾槽に大量の砲弾を叩き込みながら、その脇を高速ですり抜けていく。


『落ちろ!薄汚い昆虫擬きが!』


次なる〈パビリオ・ニヒル〉へ照準を定めスティックのセレクターレバーを親指の腹で弾き、兵装を変更。

〈グレイブ・ブリンガー〉が駆る愛機の肩部に装備されている実体弾兵装である「ニードル・スレイブ」を〈パビリオ・ニヒル〉の無防備な背面から爆弾槽めがける叩き込む。

噴進弾であるニードル・スレイブ白煙の帯を描きながら〈パビリオ・ニヒル〉の脆弱な背部装甲を容易く貫通しニードル内部に仕込まれた大量のペレットをともなって爆散する。


(つぎ!)


敵性反応も消え、積載していた爆弾にでも誘爆したのか激しく炎上し爆発する〈パビリオ・ニヒル〉を一瞥し、次なる獲物を求め機体を旋回させた刹那。


「がはっ! ゴッは!ゴホッゴホッゴホッゴホッゴホッ」

何かが喉を迫り上がっくる感覚を感じ思わず口元に手を当てながら跳ね起きる。


「ゴッフゴッフ」


口元に当てた手に生暖かい何かがべっとりとこびりつく嫌な感触にため息をつき着ている作業服で手に着いた血液を拭う。

狭苦しいコクピットの上部に開かれた非常口から差し込む僅かな光がうっすらと埃の積もったモニターを照らしだし、その中にいるずいぶんと疲れ切った表情を浮かべている女の顔を反射させる。


一瞬だれか分からなかったが、ようやく仕事を始めた脳がその女の正体をしっかりと自覚し、視線を上にあげさせる。 凝り固まった体を何とか動かし、頭上から差し込む僅かな光めがけ狭い非常口を登っていく。

”はーー”っと冷え切った手に息を吹きかけ、手を擦り指先までしっかりと暖める。 狭い搭乗口を登り切り、なんとか機体の外に這い出して機体の頭部センサーユニットに手をつきながら立ち上がる。


上の隙間からの僅かな光だけが辺りを照らしだし、舞い上がった埃がその光を反射させかつてみた「電子鱗粉」をほうふつとさせうっとうしく 小さく舌打ちを零し、顔の周りに漂っているそれを手で払いのけ機体から落下しないように慎重に傷だらけの装甲板の端の方まで移動してアルミパイプで組み上げられた簡易タラップに飛び移る。


刹那、金属が大きな唸りをあげて軋み、簡易タラップが揺れ動く。


幸い倒壊することは無かったがそろそろ立て直しをしなければと頭の隅でもう何回目かとも知れぬことを考えながら、ボロボロのカンテラに火を灯し簡易タラップを降りる。


金属の硬い感触以外の柔らかい感触をひさびさに感じ、踏んだ土の感触に違和感を覚え思わずふらついてしまう。 反射的に左手を手前に傾けるが何も起きず、そのまま地面に倒れてしまう。


”カランカランカランカラン”


カンテラが音を立てながらどこかへ転がっていく 。


「ッた。ぁぁああ、もう長いことPMTFには乗って無いんだぞ。何時まで私を縛るつもりだ」


誰に言うでもなくそう零し、顔をあげアルミパイプのタラップに囲まれいる愛機を睨みつける。


かつては戦場で活躍していた兵器だと言うのに、かつては私と同じように誰からでも求められていた兵器だと言うのに、今ではこんな太陽の光さえも僅かしか届かぬ暗闇の世界に押し込まれ、ただ自身が終わる時を永遠と待ち続けているだけの鉄屑に成り下がった愛機を、いやそれは私と同じか。


自嘲気味な乾いた笑みを零して立ち上がり、転がっていったカンテラを拾い上げ木製の梯子までゆっくりと歩みを進め、 木製の梯子の脇に置いてある机にカンテラを置き、息を吹きかけ火を吹き消し木製の梯子に足を掛ける。


”ギシー”っと嫌な音を奏でるがまだ大丈夫そうなので慎重に上の段に手を掛け梯子を登っていく。


ふと後ろを振り返り、機体を上かもう一度だけ眺める。


まるで中世の騎士が君主に忠誠を誓うとにのような片膝立ちで頭を垂れて待機している。 まるで私に「もう一度乗れ」と「もう一度自身を戦場の覇者に仕立て上げろ」と言わんばかりに頭を垂れて忠犬を演じ待機している。

本当は忠犬でもない癖に、乗ったパイロットの体を贄として戦場で輝く機体だろうに。

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