EP3 町の中の小さな病院

「だからね?何度も言っちょるがねー。ー。ここじゃあこれ以上、精密な検査は出来ないからもっと大きな病院に行ってくださいって何度も言っとるでしょーー?」


ため息交じりにそう言われて、思わず肩をすくめる、目の前で回転椅子に座って生体写真と睨めっこしているレゲン先生をちらっと見つ、またすぐにこの小さな診療室で唯一外を眺めることの出来る小窓を見つめる。


「これ、ちゃんと聞いとるんか!」


目の前に差し出された自身の血網写真、心臓付近や体全身に幾重にも描かれた大小さまざまの赤丸を自慢の万年筆で指し示してながらレゲン先生は大きなため息を1つ零し重々しくそのシワの寄った口元を開く。


「何度も言っとりますがね、ここ。生磁鉱せいじこうがあるんですよ。前、貴方の初診時にも思いましたがね?一体何をしたらここに生磁鉱が出来るんnですかねーー?本当に」


忌ま忌まそうに声を上げなが、椅子を回転させ、随分と小さくなったパソコンで電子化された医療カルテに何かを打ち込んでいく。


生磁鉱、それは本来なら結晶化しないはずの血液中の鉄分が磁場強度20万テスラ以上の磁場波に長時間当てられて結晶化する魔の病気。


「いい加減な~~、もっと大きな病院で精密検査を受けない、お嬢さん死ぬぞ?」


重たい空気が診療室に響き渡りましたパソコンの冷却ファンの音だけが異常なほど大きく聞こえる。


「最近よく吐血したり、フラついたり、視界が突然閃光に包まれるやろ。それが金属中毒の初期症状いや、お嬢さんの薬の消費ペースを考えたらもう進行度は中期後半から終期ぐらいだろな」


そう言ってレゲン先生は再びパソコンに顔を向けカタカナとパソコンのキーボードを打ち鳴らながら、口を開く。


「ひとまず『金属毒素鎮静剤』追加で出しとくから症状がでたら、飲むように。それから中和剤の方は就寝直前に毎日飲むように」


そう言って、少し呆れた表情を浮かべながら手元の紙にご自慢のマネーを滑らせて書き上げた薬の処方箋を突きつけてくる。


薬の処方箋を受け取って、壁に掛けられたジャンパーを引っ手繰り診療室を後にする。


しーんと静まりかえった待合室、そこの受け付けにたっているナーバス服のお姉さんに先程貰った処方箋を出して、窓から差し込む日の光を目一杯に受けて暖まっている窓辺のソファーに腰を下ろし外の景色に目を向ける。


四方を山に囲まれ、戦地からも比較的遠いこの地ではまるで戦争の影響を感じさせない程の賑わいを見せている。


賑やかな市場には沢山の商品で溢れかえり、町の中心部では綺麗に着飾った女性と軍服を着た軍人でごった返し、最近できた劇場へその足先を伸ばしている。


通りではアスファルトと呼ばれる黒い地面引かれ、その上を軽快に軍用のジープが走り抜け入れ違うように荷台をパンパンにしたトラックが今日も荷物を運んでいく。


町のあちこちで、区画整理ために工事車両が駆け回り、古い商店街を潰し歓楽街を造っている。


そう言えば、マーサさんが長年愛用していたパン屋が閉店したと嘆いていたっけ?代わりの店を帰りに探しておこうか。


”ガシャーン”


「いいから来いて!」


「嫌だとなんど言えb!ッいや!離して!」



ガラスが割れる音が静寂を打ち払い、受付の奥から何やらもめ初めてやがて罵声までもが響いてくる。


ドタドタとカウンターの奥の方から足音が聞こえナース服のお姉さんがカウンターの脇を滑り抜けてこちらへ駆けてくる。


「た、助け、助けて下sっ!」


瞳に涙を浮かべ、行きも絶え絶えな切迫した様子で駆け寄ってくるも机に足を引っ掛けて倒れ込んでくる。


とっさにソファーから立ち上がり、彼女を受け止め腰のホルスターに入れたスチームルガーに手を掛けて、いつでも抜けるように革製のベルトの留め具を外しカウンターの奥を睨みつける。


「ひっく、酷いな~~っく。せっかくこの俺様がっく。抱いてやろ~~てのに。逃げるなんて、俺様は『パイロット』だぞ?」


鼻が曲がりそうになるほど強い酒の臭いを放った男が奥から表れ、思わず大きなため息をつきホルスターに外したベルトの留め金を掛ける。


グレー色の軍服に身を包み、記憶が正しければ右肩に刺繍された髑髏のパーソナルマークの下に縫い付けれている楔形のワッペンがこの男が「パイロット」ではなく、ただの戦車乗りであることを明確に告げている。


「大丈夫か!サシャさん!っまたお前か!いい加減、彼女を諦めたらどうだ。」


今までどこで何をしていたのやら、頭に鍋を被って箒で武装したレゲン先生がようやく診療室から飛び出してくる。


「サシャさん、お知り合いの方ですか?」


当然のように瞳に涙を浮かべ首を横にふるサシャさん。


「煩せ!良いからさっさとサシャを渡せ!」


汚くそう叫び、こちらに向けて突っ込んでくる。


「そうはさせんぞ!」


腐っても軍人と言うべきか、その体格はデカく同じ男であるレゲン先生よりも二回りも大きく筋肉量も桁違いだ。


故に前に出てきたレゲン先生はまるで風に吹かれた落ち葉の用に軽々と投げ飛ばされカウンターの奥へと消えてゆく。


「立てますか?」


そう言って横目でチラリとサシャさんの顔色を伺うも蒼白した顔色で必死に首を横に振って否定の意識を伝えている。


殺るか?


腰のホルスターの留め具を外し、再びスチームルガーに手を掛ける。


ふと眼前の軍人の背後にある鏡の中で1台の黒いジープが道路を爆走しこちらに向かって来るのが見えた。


今日何度目かも分からぬため息を小さく零して留め具を再び閉ざし、眼前の軍人に向け語りかける。


「あの~~~。今日は諦めませんか?ほら、彼女怖がってますし、ね?」


「う、煩い!いいから彼女を寄越せって言ってんだよぉぉぉおおお!」


酷く泥酔しているはずなのにその足取りはフラついていておらず、なぜそれでこちらに駆けて来られるのか不思議でしょうがない。


手近な椅子の背もたれに手を伸ば、間合いに入ってきた軍人の顔面めがけ振り上げる。


木製の椅子だったのが災いしてか、辺りに木片をばら撒きながら粉砕木製の椅子がバラバラになる。


開いた口からうめき声をまき散らしながら殴打された左頬を押さえ、軍人は地面に倒れ込む。


「行くぞ!」


地面に力無く座り込んでいるサシャさんの手を取り、引き上げてカウンターの方へ駆けていく。


「ぁぁぁあああ。き、しゃま、よくもひゃたな!」


サシャさんを手間に引き寄せ、背中側に回し顎が外れたのか、折れたのか知らないがよろよろと顎を押さえながら立ち上がる軍人の前に躍り出る。


「表てに出ろ。憲兵がいるはずだ」


「は、はい!」


自身の怯えを打ち払う用にしっかりと返事を返したサシャさんを横目に目の前の軍人を捉える。


「逃げるなら今のうちだぞ?」


「ころしゅ!うぁああああああ!」


汚いうめき声を辺りにまき散らしながら拳を大きく振り上げ殴りかかってくる。


大ぶりな軌道を描く拳を見てからかわし、近場の机を足蹴にし上に跳び上がり軍人と身長差を埋め青痣が痛々しい左頬めがけストレートを叩き込む。


「があぁぁぁああああ!」


着地後、素早く立ち上がり激しいうめき声を上げてもがき苦しんでいる軍人、その男の弱点を思いっ切り蹴り上げる。


「ぁぁぁぁぁぁぁ…………」


半開きになった口から小さくうめき声を零し、軍人が床に倒れふし泡を吹きながら気絶する。


「こっちです!院内で軍人さんが暴れてるんです」


サシャさんの声が開け放されたドアの方から聞こえ、次いでドカドアど軍靴が地面を蹴り上げる音と伴に群青色の軍服に身を包んだ憲兵達が入ってくる。


「こいつ!カシモフですよ!いったいこんな所で何やってんだか」


やれやれと言った感じで、右腕に腕章を着けた憲兵隊長が一緒に引き連れて来た部下にカシモフを運び出すように指示を出しこちらに向き直る。


「いったいなにが起きたかご存じですか?」


好青年をイメージさせる快活な笑みを浮かべた憲兵隊長がそう問い掛けてくる。


「ついさっきまで一人で暴れてたが、そこの机に足を引っ掛けて転んでそのまま気絶した」


「それはまた、貴方も災難でしたね」


懐からメモ帳を取りだしスラスラと私の証言を記録していく。


「随分と酒くさかったし泥酔でもしてたんじゃないか?まあ、私は詳しい事は知らないから聞くなら彼女に聞きな」


彼女に話しの話題をすり替えたところで

ゆっくり歩きだし、受付の横を通り抜け薬室で伸びているレゲン先生の頭をコツコツと叩き目を覚まさせる。


「ぅうう。奴はどうなった?」


まだ頭が痛いのか打ち付けたであろう後頭部を押さえ付けながらレゲン先生はそう問い掛けてくる。


「もう大丈夫、憲兵が来たからな。それよりも私の薬は?」


「ああ?そこの机の上に置いてある」


そう言って示された机の上には真っ白な紙袋が1つ、居所悪そうげにポツンと立っていた。


袋を手に取り中身を確認し、お代を薬が置いてあった場所に置き憲兵から見つからない用に裏口から外に出て裏路地を進み表通りにでる。


雑踏を掻き分けながら表通りを右に左に歩いて行き、バイクを止めた所まで歩いて行いてゆく。


バイクの元にたどり着くも待ち合わせの時間にはまだ速かったのかそこにはマーサさんの姿はなく、ただただボロボロにオンボロバイクが太陽の光にジリジリと照らされているだけだった。


バイクの両サウドに着いているケースの片側の蓋を開け、中に薬の入った袋を投げ入れてケースの蓋を閉め鍵を掛ける。


ふと何処からかまだ子供特有の幼さ残る笑い声がそよ風に流され聞こえてくる。


足が自然とその声を辿るように進んでいき、気づけば随分と古ぼけた小さな教会の前までその足を進めていた。

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