二十四日目 香水

 この街で一二を争うお金持ち。そのお屋敷に呼び出されて、魔女見習いのリリアは怒られていた。

 目の前にはこのお屋敷のお嬢様と、仕えるメイドたち。お嬢様は大変ご立腹で、リリアは首をすくめていた。お嬢様の傍のメイドがひとり、恭しく香水瓶を手にして、リリアに向けていた。

「貴女のお店で買ったこの香水、ひどい物でした。とても使い物になりませんの。説明していただけますか?」

 お嬢様は怒りながらも丁寧な口調でリリアを詰める。リリアは小さく溜息をついてから反論──ではなく、説明する。

「ですから、その香水は扱いに注意が必要な物だと申し上げました。説明を全部聞かずにお買い上げになったのはお嬢様の方で」

 リリアの言葉にお嬢様は余計に怒ってしまったようだった。顔を赤くして、キッとリリアを睨む。

「では貴女は、私が悪いとおっしゃるのね。それでこんな不良品を押し付けて、平気な顔をしていらっしゃるの」

 師匠が作った大事な商品を不良品と言われて、リリアもムッとした。唇を尖らせて、ついつい言ってしまった。

「不良品ではありません。その香水は元々そういう物です!」

「誰も彼もがひどいにおいだと言う、この香水が不良品でないとはどういうことですの!?」

「ですから、それは説明をしようとしたのに『面白そうね、いただくわ』って聞かずにお買い上げになったのはそちらじゃないですか!」

 リリアの中の冷静な心が、すでに後悔している。こんな口喧嘩のようなこと、したかったわけじゃない。でも、この香水はおもちゃじゃない。本当に効果がある、師匠の魔法の品なのだ。

 面白半分で使った挙句に不良品だなんて、リリアには到底納得できなかった。ぎゅっと唇を噛んで、お嬢様をじっと見る。

 お嬢様は傍にいたメイドの手から香水瓶を取り上げて、蓋を取った。

「こうして蓋を開けただけではなんのにおいもしないのに、私が胸元に少しつけた、それだけで家の者は誰もが顔を歪めるほどのひどいにおいがするのですよ。香水として使えないのであれば、不良品ではなくて?」

「いいえ、それは特別な香水です。その香水は、それを良い香りだと感じる人を見分けるための物なんですから」

「まだ言い張るのね。じゃあ、自分で使ってみなさいな」

 お嬢様はそう言って、リリアに向かって香水瓶の中身をぶちまけた。咄嗟のことで、リリアは服に香水を受ける。

「こんな……貴重な品なのに……こんな使い方、ひどい」

 香水でできた服の染みを見下ろして、リリアは悲しくなった。

「私が買ったものですから、どう使おうと勝手でしょう。あら、やっぱりひどいにおいだわ」

 お嬢様はわざとらしく扇子を出して広げると、口元を覆ってリリアを見た。

「本当にひどいにおい。もう良いわ、出ていってちょうだい」

 リリアは惨めな気分で溜息をつくと、気の毒そうな顔のメイドに見送られて、お屋敷を後にした。

 帰り道、ぼんやりとしたまま箒で飛んでいると、下から声がかかった。見下ろせば、雪道でオークレーが手を振っている。

 リリアはなんだかほっとして、箒を降ろしてオークレーの前に降りていった。

「オークレーも町に用事?」

 いつも通り、オークレーはあまり表情を動かさずに頷いた。

「お遣いに。リリアは帰るところ?」

「そう。今日は失敗しちゃった」

 さっきのお嬢様とのやり取りを思い出して、リリアはまた溜息をついた。それでふと思い出す。さっきたっぷりの香水をかぶってしまったことに。

 この魔法の香水は、自分ではにおいがわからないが、他の人にはにおいがわかるようになっている。リリアは慌ててオークレーから少し距離をとった。

「あ、ごめん、うっかりしてた。わたし、ひどいにおいしてない? 近づかない方が良いよ」

 リリアの言動に、オークレーはきょとんと瞬きをして、それからリリアに一歩近づいた。それだけでなく、リリアの帽子に顔を近づけて、すんすんと鼻を動かした。

 なんだか急に恥ずかしくなって、リリアは自分の帽子を引っ張った。

「ひどいにおい? しないけど……花の蜜みたいな甘い良いにおいならする」

「え……」

 リリアはびっくりして顔をあげた。その距離が思いがけず近く、リリアはまたオークレーから距離をとる。

 距離を取られて、オークレーは少しだけ眉を寄せた。

「どうか、したか?」

 リリアはぶんぶんと頭を振ると、また箒を浮かせた。

「ど、どうもしない! オークレーもお遣い気をつけてね! それじゃあ急いでるから!」

 一息にそれだけ言って、リリアは飛び立った。顔がぼうっと熱くなる。胸の鼓動が大きくなる。

(ど、どうしよう)

 落ち着かなくなって、師匠のところに帰れなくなって、リリアは空中でぐるぐる回り出した。

 師匠が作った香水の本当の効果は『あなたに好意のある人を見つけ出す』というものだ。好意のある人には良いにおいに、そうでない人にはひどいにおいに感じられる。

(いや、オークレーに嫌われてるとは思ってなかったけど、でも……)

 花の蜜みたいなにおいって、どんな種類の好意だっただろうか。思い出したいような、思い出したくないような。

 リリアはそうやってしばらく空中を彷徨って、すっかり冷たくなってから、師匠のところに帰ったのだった。

「おやまあ、窓際の日向のにおいだね。あの香水を使ったのかい?」

 師匠の言葉に、リリアは正直に今日の出来事を師匠に話した。帰り道にオークレーに出会ったことは話せなかったけれど。

 師匠は「まあ仕方ないね」と苦笑した。なんだか話さなかったオークレーのことまで知られてしまっているようで、リリアはひとりで顔を赤くしたのだった。




   * * *


 二十四日目お題「香水」


 Asukaさんからいただきました!

 https://mypage.syosetu.com/144673/

 https://twitter.com/Asuka54377746


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