八日目 シュトーレン

 見習い魔女のリリアは、週に一度街に行く。

 師匠の魔女の薬屋は森の入り口にあるけれど、定期的に必要な人には配達もやっているのだ。そして配達の仕事は見習い魔女のリリアの役目だった。

 配達をして、お代を貰って、ついでに必要なもの──食料だとか日用品だとか──を買って帰ったりもする。

 行きも帰りも箒に乗って飛ぶけれど、荷物がいっぱいなのでゆっくりだった。

 まずは最近赤ちゃんが生まれたコンスティ夫妻のところ。赤ちゃんがよく眠れるように、病気に強くなるように、おまじないを込めたポプリを取り替える。

 それからお庭に見事なバラを咲かせるルッチおじさんのところ。庭の花壇の花の病気避けの薬。

 次は腰の悪いマンニ婆さんのところ。渡す薬はもちろん、腰に良いもの。腰が良くなるおまじないもかかった魔女の特別製だ。

 雪の降る日だって、リリアはいつものように薬を配達する。暖かなフード付きのケープをまとって、しっかりとフードをかぶる。フードの周りを覆ったふわふわの毛がリリアの顔を雪と寒さから守ってくれた。

 そして薬を届けにきたリリアに、マンニ婆さんは「いつものお礼に」と言って、包みを手渡した。

「なんですか、これ?」

 ちょっと大きなパンの塊のような包みは、抱えるとずっしりとしていた。

「シュトーレンだよ。もうじきクリスマスだからね」

 マンニ婆さんはそう言って、にこにこと笑っていた。

 リリアも笑ってお礼を言うと、箒の後ろのバッグにシュトーレンをそっと入れた。

 それから市場のお店に何軒か寄って買い物を済ませると、雪の中また森の入り口の家まで戻る。その頃にはリリアの体はすっかり冷えていた。

 リリアの師匠の魔女は、戻ってきたリリアが寒そうに頬を赤くして、すっかり冷たくなっているのを見て「お茶にしましょう」と言った。

「シュトーレンをいただいたんです。せっかくなので、切り分けてお茶と一緒にいただきましょう」

 リリアはそう言って、シュトーレンの包みを取り出した。

 師匠の家の暖炉の火は楽しそうに踊って部屋を温める。師匠はいつものように暖炉の火にも茶葉をひとつまみあげた。これは暖炉の火が怒らないためのおまじないだった。

 リリアは冷たくなった手を擦り合わせてから包みを開く。真っ白いシュトーレンが出てきた。それは見事なシュトーレンだった。

 まずは真ん中にナイフを入れる。そうすると、こんこんと窓を叩く音があった。そっと窓を開けると、森のリスが一匹入ってきた。

「目ざといのね」

 リリアはそう言って、切ったときにこぼれ落ちた胡桃をひとかけらリスにあげた。リスは嬉しそうに胡桃を頬袋に入れて帰っていった。

 冷たい風が入ってくる窓を元通りに閉めて、リリアは一切れ、シュトーレンを切り分ける。その断面にはたっぷりのドライフルーツとナッツが見えている。とても綺麗なシュトーレンだった。

 そうするとまた、こんこんと窓を叩く音があった。リリアはまた窓を開ける。今度は小鳥だった。

「あなたもなの?」

 リリアは切り分けるときにこぼれ落ちたレーズンを一粒、小鳥に差し出した。小鳥はそれを咥えて嬉しそうに雪の中を飛んでいった。

 冷たい風が入ってくる窓をまた元通りに閉める。

 それから二切れ目。さっきの一切れ目が師匠の分なら、この二切れ目はリリアの分だ。師匠が沸かすお湯の湯気は部屋の中いっぱいに広がって、リリアの体もすっかり温まっていた。

 そうすると、今度はこんこんと、ドアを叩く音がした。

「はあい」

 返事をしてドアに近づくと、その向こうから「薬草屋のオークレーです。配達にきました」と声がする。

 リリアがドアを開くと、オークレーは帽子を被った頭やコートを着た肩に雪を乗せて、届け物の包みを抱えてそこに立っていた。

 外の冷たい風とともにやってきたオークレーに、師匠は「あらあら」と声をあげた。

「雪の中大変だったでしょう。ちょうどお茶が入るところだから、オークレーも温まっていきなさい」

 ちょっと無愛想なオークレーは、瞬きをしてからぺこりと頭を下げた。そのまつ毛に湯気がついて濡れていた。

 オークレーは体についた雪を払って入ってきて、リリアはドアを閉めるとまたシュトーレンの前に立った。そしてまたナイフを持つ。

 三切れ目はもちろんオークレーの分。

 今日のお茶の分を切り分けると、切り口を合わせてまた包む。続きはまた明日。

 それからリリアと師匠とオークレー、三人でゆったりとお茶をした。シュトーレンは美味しかった。きっと、明日の分はもっと美味しい。シュトーレンはクリスマスに近づけば近づくほど美味しくなるのだ。

 オークレーはいつも通り、あまり表情を変えないしあまり喋らなかったけど、それでも温かなお茶と美味しいシュトーレンに、ほんのり微笑んでいた。

 リリアと師匠のおしゃべりに、目を細めたりもしていた。

 今日の分のシュトーレンを食べ終え、お茶もすっかり飲んで温まったところで、オークレーは帰ってゆく。リリアがドアまで見送ると、オークレーは小さな声で言った。

「今日のお礼に、クリスマスに何かプレゼント、用意するから」

 リリアが瞬きをしている間に、オークレーは口元までしっかりマフラーを巻いて、寒い雪の中に出ていってしまった。

 ばたんとドアを閉めて、ドアに寄りかかってリリアは考える。

(わたしも何か、プレゼントを用意した方が良いのかしら? でもオークレーは何をあげたら喜ぶかしら?)

 その考え事は師匠がリリアを呼ぶ声で中断した。「はあい」と返事をしながら、クリスマスまでまだ時間はあるし、とリリアは考えた。




   * * *


 八日目お題「シュトーレン」


 蒼河颯人さんにいただきました。

 https://kakuyomu.jp/users/hayato_sm

 https://twitter.com/hayato_sohga


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