五日目 おふとん
朝目が覚めたら、上におふとんが乗っかっていた。ぬくぬくと温かい。ぼんやりと枕元のスマホを持ち上げたらまだ6時前だった。
(まだ寝てられる……)
俺は上に乗っかっているおふとんをそのままに、また目を閉じた。
次に目が覚めたのは七時。スマホのアラームに起こされる。
上に乗っていたおふとんも目が覚めた様子で、俺の体の上でぴんと四隅が引っ張られるように伸びをした。
起き出そう。アラームを止めておふとんの体を持ち上げようとすると、するりと手から逃げてまた俺の体の上でのっぺりと広がる。
それはとても良い心地で、このまま眠ってしまいたくなる。けれど起きなくては。
おふとんの誘惑に耐えて、両手でおふとんを抱えて体の傍にどかしてベッドから降りようとする。その足に、おふとんは絡みついてきた。
おふとんを飼い出してから、確かに俺はおふとんの下僕だ。俺の生活はすべておふとんを中心に回るようになった。
けれど、起きる時間は譲れない。仕事に差し障るからだ。
俺は絡んでくるおふとんを優しくほどいて、それでもまだじたばたしているおふとんを手でぽふぽふとしてなだめた。
それから、おふとんの餌である綿を取り出して、一掴み餌の皿に置く。おふとんは俺に絡んでいたことなんか忘れたかのように、餌を食べに向かった。
この間に俺も自分の朝食を用意する。
ベースブレッドとサラダチキンと低糖の野菜ジュース。いつものやつだ。
俺がテーブルで自分のごはんを食べていると、綿を食べ終えたおふとんが足元に絡んでくる。自分の餌は食べたというのに、好奇心旺盛なのか、俺が食べているものが気になるのだ。
「駄目だよ、お前が食べると汚れるし食中毒になるからな」
言葉は通じないとわかっているのに、それでも話しかけてしまう。それでも、俺が声をかければおふとんは甘えたように俺の脛にすりすりと心地の良い肌を擦り付ける。
そんなことすら、俺にとっては可愛い姿だった。
リモートワークは家を出ない。とはいえ、ビデオチャットの機会もあるので、念の為そこそこ綺麗目の部屋着に着替えておく。スーツでないと怒られるような職場でも職種でもないので、それは楽だ。
とはいえ、仕事中にもおふとんは「自分を構え」と甘えてくる。
足元をうろうろしたり、膝に乗っかってきたり、背中を覆ったり、様々だ。一度背中に乗っかってきたとき、その心地良さにうっかり眠ってしまいそうになって危なかった。
慌てて立ち上がってコーヒーを淹れたけど、おふとんは不服そうに体を膨らませていた。
それから、会社の人とビデオチャットでミーティング中に、おふとんが映り込んでしまうこともある。おふとんはモニターに映る人の顔に興味津々で覗き込んできた。
会社の人たちは「わあ」「可愛い」と笑ってくれて、怒られずに済んでほっとする。
仕事の合間におふとんを構いながら昼飯を食べて、また仕事をして、夕方に仕事を終えるとまずは寂しがっているおふとんとじゃれあう。
うっかりそのまま寝てしまって、目が覚めたら夜中だった、なんてこともあるけど仕方ない。おふとん飼いの宿命だと思う。
二、三日にいっぺんは買い物に出かける。そのときおふとんは留守番だ。
帰ってくると、なんでいなかったんだと言わんばかりに甘えてくる。それから買い物袋の中に面白いものがあるんじゃないかと中に入ろうとする。とてもじゃないけど、中に入れる大きさじゃないというのに。
シャワーや風呂に入るとき、おふとんは怯えて近づいてこない。
なんでわざわざ自分から濡れるんだろう、とでも思っているらしい。風呂上がりの水気の多い状態でもまだ部屋の対角線上で震えている。
だから俺はドライヤーでさっと髪を乾かす。その頃には汗も引いて、さっぱりとしている。
それからようやくおふとんに近づくと、恐る恐るというようにこちらの様子を伺って、それからそっと俺の手に触れてくる。
何度やっても風呂は駄目らしい。そういうところも可愛いやつだと思ったりする。
寝る前に動画配信なんか見てたりすると、構えとやってきて背中や肩に乗っかってくる。それをあやしながらモニターを眺めるのは至福のときだ。
おふとんを抱えながらうつらうつらしたりして、非常に心地良い。
おふとんが早くベッドに行こう、と俺の足や手を引っ張ったりもする。それに負けて、俺は部屋の明かりを消してベッドに潜る。おふとんが乗っかってくる。
そして俺は、おふとんと一緒に眠るのだ。
* * *
五日目お題「おふとん」
萌木野めいさんからいただきました!
https://twitter.com/MeiMoegino
ありがとうございます!
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