三日目 サンタクロース
「寒いと思ったら雪」
美咲は白い息を吐きながら、空を見上げた。灰色の空から、白い雪がほたほたと落ちてくる。
「ミサキ様、冷えるといけません。急いで宿へ」
護衛騎士のレナードに急かされて、美咲は素直に従った。
宿の中は暖炉の火で温められていた。それでも窓際にゆくと、冷たい空気が感じられる。
美咲は窓際に立って、ガラス越しに雪が降る景色を眺めていた。
「窓際は冷えます」
「わかってる……でも……」
珍しく、美咲は素直に従わなかった。その瞳はどこか遠くを見ているようだった。
「何か、気になることでもありますか?」
レナードの言葉に美咲は小さく首を振った。
「なんでもない。なんでもないけど、その……クリスマスのことを思い出していたの」
「クリスマス?」
レナードは初めて聞く言葉に眉を寄せる。
「クリスマスっていうのは……わたしがいた世界での、なんていうのかな、大事な人と一緒に過ごすような、そんな日だよ。日本では、お祭りみたいなものだったけどね」
「ミサキ様の世界の……」
「サンタクロースって人がね、良い子にはプレゼントをくれるの。わたしも小さい頃は、サンタクロースがくるのが楽しみだったな。それに、サンタクロースじゃなくてもプレゼント贈りあったりしてさ」
何を思い出しているのか、美咲はちょっとだけ悲しそうに目を伏せた。それからなんでもないように顔をあげて、レナードに向かって笑ってみせた。
「ごめん、ちょっと思い出しちゃっただけ。寒いし、窓から離れて暖かくしてるね」
そんな美咲になんと言って良いかわからず、レナードはただ真面目な顔で頷いただけだった。
翌日は吹雪で、聖女ミサキの聖域を巡る旅は足止めされた。
美咲は宿の部屋で大人しくしていた。特にやることがないときは、美咲はいつも現代日本から持ち込んだノートとペンで、日記を書いている。
レナードはその様子を気にしながら、宿屋で同じように足止めをくらっている商人や旅人に話を聞いていた。
明日には晴れるだろう、と誰もが言っている。雪が積もって進みは悪いかもしれないが、それでもずっと宿にいるわけにはいかない。
レナードを部屋に迎え入れ、美咲はノートの中身が見えないように閉じた。その表紙には数学と書いてある。
別にレナードが見たところで美咲の書く日本語は読めないのだけれど、それでも見られるのは恥ずかしい。レナードの目から隠すように、美咲はノートとペンを荷物にしまいこむ。
「ミサキ様、これを」
レナードが差し出したのは、髪留めだった。薄紅色の石で花が形どられている。
「これは……?」
美咲が目を見開いてレナードを見上げる。
「クリスマスというのは、こうやって贈り物をするのでしょう。宿にちょうど商人がいましたので、先ほど購入しました。これで少しでもミサキ様の心の慰めになると良いのですが」
「あ、あの……ありがとう」
美咲は髪留めをそっと手に取った。レナードが、美咲のためを思ってくれたことが、何より美咲には嬉しかった。
笑顔で、美咲はレナードを見上げる。
「笑っていただけて、ほっとしました。私ではサンタクロース……という存在にはなれないでしょうが」
「そんなことない」
美咲は髪留めを握りしめて首を振った。
「とっても嬉しい。サンタクロースにプレゼントをもらったくらい、嬉しいよ。ありがとう、レナードさん」
嬉しそうに笑う美咲を見下ろして、レナードも珍しく微笑んだ。
* * *
三日目お題「サンタクロース」
シキベセイさんからいただきました
https://twitter.com/Shikibe_Say
ありがとうございます!
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