二日目 靴下

 生徒手帳の校則、その制服についての項目を何度も読んだ。

 けれどやっぱりそこには、指定の制服を着ること以外には何も書いていなかった。いや、正確には書いてある。

 曰く「清潔感のある学生らしいもの」と。


 わたしは今日、白でない靴下を履いて登校した。

 緑色──濃い抹茶色とでも表現できるだろうか。花模様のラインが入っているが、特段派手でもない。どうってことない靴下だ。

 それでも、白くない靴下を履いて登校するのは初めてだった。


 校則で決められているわけでも、誰かに何か言われているわけでもないのに、わたしたちはなぜか制服のときには白い靴下を履いていた。それ以外の色をみんな履こうとはしなかった。

 わたし自身、そういうものだと思っていた。みんなそうだったし、自分が白い靴下を履くことに疑問なんか感じていなかった。きっとそういう決まりでもあるのだろう、と思っていたのだ。


 そうじゃないと知ったのは先日のこと。

 鮮やかなブルーの靴下を履いている先輩を見たからだった。空か海のような色だった。

 誰も何も気にしている様子はなかった。誰も何も言っていなかった。

 わたしだけがそのことに違和感を抱いているようで、落ち着かない気分になった。

 それでわたしはその先輩に話しかけに行ったのだ。ちょうど放課後、目の前を歩く先輩を見かけたからだった。


「靴下、どうして白じゃないんですか?」


 思えば、突然こんなことを話しかける後輩に、先輩はどう思ったのだろう。無視しても良かったというのに、先輩はわたしの顔を見て何度か瞬きをした。


「どうして白じゃないといけないの?」


 先輩に逆に聞かれて、わたしは戸惑った。


「え、でも……決まりじゃないんですか?」

「そんな校則はないよ」


 そう言って微笑むと、先輩はスカートを翻して歩き去っていった。

 わたしは家で校則を読んだ。ちゃんと読むのははじめてのことだった。そして確かに先輩の言う通り、靴下の色については決められていないのだと知った。

 だからわたしは、いつもと違う白くない靴下を履いて登校することにした。そういうわけだ。


 誰かに何か言われるかも。

 先生に気づかれたら怒られるかも。

 そんな不安は杞憂だった。誰も何も言わないし、なんなら気づいた様子すらない。誰もわたしの靴下の色なんか気にしてないのだ。

 今まで白い靴下を選んで履いていたのはなんだったのか、と馬鹿らしくなった。

 朝には気にしていた自分の靴下の色も、放課後になる頃には気にならなくなった。自分でも忘れるくらいには、どうでもいいことになっていた。

 そんな帰り際、クラスメイトに不意に声をかけられた。わたしは少しだけ身構える。


「その靴下の色、良い色だね」


 わたしは瞬きをした後、自分の足元を見下ろした。濃い抹茶の色。

 ほっと顔をあげた。


「ありがとう」


 話はそれっきり。彼女もわたしも教室を出る。


 なんだ、白い靴下なんてそれだけのことだったんだ。でも、たったそれだけのことで、心が軽くなったのはなぜだろう。

 わたしは少しだけ浮かれた足取りで、家に帰っていった。




   * * *


 二日目お題「靴下」


 コノハナ ヨルさんからいただきました。

 https://kakuyomu.jp/users/KONOHANA_YORU

 https://twitter.com/konohana_novel


 ありがとうございます!

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