最終話 かすかな声で

 20分程涙を流した結衣は落ち着きを取り戻し、僕の腕を引っ張った。そのまま図書室を出て、普段使われていない空き教室に僕を連れ込んだ。そこでようやく腕を離した結衣は

「おかえり。」

そう言ってくれた。僕の帰りを待ってくれている人が家族以外にも居たんだ。そう考えるだけで涙が込み上げてきた。僕は泣きながら声をふりしぼり

「ありがとう」

と伝えた。僕が泣くのを見た結衣も泣きながら笑っていた。


 涙がひいた僕は結衣にもう一度「ありがとう。」と告げた。そして心臓病だったことを伝えた。

「今は大丈夫なの?」

「うん。検査もして異常なかったから大丈夫だよ。一応体育は見学するけど。」

「そっか……。」

一瞬なにか言いたげな顔になったが、すぐに後ろを向いた。

「私がお見舞いに行っても目を覚まさないから心配したのよ。」

と言った。

「救急車も呼んでくれたんだってね。本当にありがとう。命の恩人だよ。」

「ほんと。感謝してよね。」

「ねぇ。千鶴。」

「ん?」

少し間があき、

「やっぱ何もない。」

「なにそれ。」

「いいの!!それよりわたし今日はもう帰る。」

そう言って結衣は足早に空き教室を出ていってしまった。

なにか結衣の気に障ることをしてしまったのだろうか。分からないまま空き教室をあとにした。


 その日から結衣は図書室に来なくなった。でも、僕はいつか来ると信じてずっと待った。たまに空き教室を見に行ったりもした。それでも結衣は居なかった。来る日も来る日も結衣を待ち続けた。


 三学期になり、もうそろそろ余命の3ヶ月になろうとしていたある日のこと。その日も僕は図書室で結衣を待った。もちろんいつもの席で。待っていたが結局結衣が姿を現すことはなかった。下校の放送がなり、読んでいた本を元の棚に戻そうと立ち上がったその時、急に全身の力が抜け、その場に倒れ込んでしまった。息も苦しい。

「千鶴ッ!!」

結衣だった。結衣は持っていた本を手から落とし、僕のそばに駆け寄ってきた。

「なんで今まで会ってくれなかったのさ。ずっと待ってたんだよ?」

「そんなことより救急車ッ」

「もういいよ、結衣。」

さっきから心臓がすごくうるさい。

「千鶴っ。ねぇ千鶴っ」

泣き叫ぶ声を聞いたのか誰かが図書室に入ってくる。もう限界のようだ。僕は最期に伝えたかったことを口に出した。


「ありがとう。」


この声は結衣には聞こえてないだろう。

「千鶴!!ねぇ千鶴!返事してっ。」

泣き叫びながら僕の名前を呼んでいる声が聞こえる。父さん今までありがとう。僕先に母さんに会ってくる。最後に頭をよぎるのは結衣のこと。


さよなら僕の初恋の人。

              


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