第十二話 図体がでかいと物もでかい

 兎が狩人と言ったら笑うだろうか?


 確かに笑ってしまうかもしれない、だがここは異世界、常識が簡単に通用しないとよく考えて欲しい。


 まず、兎の長所とは何か?繁殖力と言った奴はちょっと黙ってろ。それは脚力だ。


 我々の知る約30㎝ほどの大きさの兎の最高速が40㎞程とされている。


 肉食動物でも運が悪ければその足で蹴られるだけで昏倒するほどの威力だ。


 それを人間の形にして大きくしたらどうなるか?恐ろしい脚力の持つ生物の完成である。


 ただ、新人類は完全に動物の足を得たわけではなく特徴を得たということなのだが、元々脆かった兎の骨が丈夫な人の骨となり、人のそこまで太くない足が筋肉で太くなった結果、兎型新人類は脚力の化け物となった。


 さらに加えて長い耳は他の新人類と比べると遥かに聞こえる耳。獲物を追跡しようとしたら簡単には逃げられないだろう。


 さらに加えて人の滑らかで長い指に器用さと賢さを兼ね揃えたら?


 たとえ、とても豊満な胸を揺らしながらであっても超速で刃物を持って追いかけられたら旧人類は確実に逃れられないだろう。


「あら?」


 ただし、彼女が追った獲物は少し、いや、かなり違った。


「あらら?」


 卓越した脚力、そして聴力、あと他の新人類と顕色ない嗅覚をもってして。


「み、見失ったわー!?」


 この俺、ケイジは簡単に捕らえられないぜ。


『ケイジ様、とっさに光学迷彩の機能を思い出して良かったですね』


「……………………」


『息を我慢する必要がるのは欠点ですね。次に作成するパワードスーツの機能の候補として追加しておきます』


「……………………」


 兎型新人類のラーラから逃げきることが出来たのは軽量パワードスーツの多機能のうちの一つ、光学迷彩を使用しただ。


 効果は知っての通り透明化。露出している顔を含めて姿を完全に消すことが出来るのだが、呼吸や物音、臭いまでは完全に隠せない。


 最初に野盗に襲われた際に使わなかったのも後ろ三つが原因だ。だって大森林の中にパワードスーツの鉄の匂いがあったら不自然だろう?


 消して忘れていたわけではない。断じて!ない!


 それにこんなのは初見殺しのようなもの。彼女が高速で移動していたから、曲がり角で透明になり端に寄ったことで匂いを嗅ぐ間も無く通り過ぎて行ったのを確認してから逃げたのだから。


 次が通用するとは思えない。タネは割れてなくてもいずれバレるだろう。


『ケイジ様、図書室へのルートを表示します。物音を立てずに進みましょう』


 結構無茶を言うなこのAI。まあ頑張るけどさぁ。


 ラーラの追跡を何とか振り切り図書館らしい場所へ着いた。


 ずっと思っていたが、全てのものが高い。値段の話ではなくサイズ的な意味での高い。


 意外とドアには蝶番が作成されていて、上げ下げするタイプのドアノブで開けられるのだが…………


 全部俺の目線くらいの高さなんだよね。


 いや、分かるよ?だってみんなデカかったら扱うものもデカくなるのは必然だ。


 それに子供には開かないようにかなり力強く動かさないと開かない仕様だ。セキュリティバッチリだね、じゃねえよ。


 流石に息を止めるのをやめて、パワードスーツの力を使い難なくドアを開けて中に入り込むことはできた。


「ふぅ、やっぱり紙の匂いはいいな」


『電子データならこちらが上ですが?』


「何と張り合ってるんだお前は」


 意外と密閉されていて蝋燭の灯りがちらほらと映る薄暗い場所が図書館だとは。


 意外にも製本技術はしっかりあるようで近くにあった本を手に取ってみた感触と匂いで植物から作られているというのがひしひしと伝わってくる。


 まあ、彼らのサイズに合わせたら本来の2〜3倍ほどの大きさで結構重い。生身だとずっと持てるかどうか怪しいくらいに重い。


 紙束って意外と凶器になるからな。一枚一枚は薄く軽いのに、束になれば完全に鈍器になるのおかしいだろ。


 さて、肝心の本の内容だが…………


「さっぱり分からん」


『言語は変わらずとも文字の変化はあったのでしょう。ただ、我々が使用していた文字との類似点は少ないですが存在する事を確認しました。解読に移ります』


「まずは子供用の本を探すべきだな」


 200年もあれば文字が変わることもある。俺のような旧人類が絶滅してケモノの新人類が台頭するくらいだから当然だろう。


 一度手に取った本を棚に戻して図書館を散策始める。


 薄暗いのだが、ゴーグルの機能の一つによって日中みたいに明るく俺の目には映っている。


 完全に密閉されている訳ではなく窓もあったり空気穴らしき穴もあるのだが、基本的に布で隠されているため光が入ってこない。


 そのための蠟燭だろうが、紙製の本を間違って燃やさないようにしっかりと距離は取られてある。流石に火に対する危機感は残っていたか。


 いや、普通に危ないが?ガラスを今のところ一切見ていないため、十分な管理が無ければ出来ない代物だろう。


 お、丁度いい感じに小さめの本を見つけた。やはり重量はあるが内容は割とポップな絵本だ。


 文字は少なめ、しかし絵はボリュームたっぷり。確かに子供向けに見える人のようなものが森を駆け回って狩りをしている絵だ。


 この絵にかいてある新人類らしき人型は、意外にも剣ではなく弓を使っている。


 どうやら弓の名手が主人公の昔話のようだ。そういえば今のところ誰も弓を使っているどころか持っているところも見たことがないな。


 遠くから獲物をしとめていく様は天下無双、しかし狩りの対象であるはずの獣、恐らく大獣の元になった生物がどんどん増えていき窮地に陥っていく。


 ここから逆転はあるのか?プライドを捨て剣を使うのか?それとも誇り高く弓を使い散るのか?


 文字が読めないとはいえ絵で伝わる絵本で内容が分かるので次の展開を考えていたその時だった。


 ふと、周囲が暗くなった気がした。


 蝋燭は子供が届かないように割と高い箇所にあるため、それの光を遮るとなればその近くに物がない限り暗くならない筈だ。


「え、えへ……その絵本いい……ですよね……」


 声がしたのは俺の頭上から。だが初めて聞く声だった。


 恐る恐る俺は上を向いた。


「こ、子供向けだから……君にも楽しめる……よね……?」


 ち、乳が喋ってる…………!


 いや違う、豊満な乳ともこもこの毛が合わさって高い所にある顔が見えないだけだ。


 待て、何で乳と毛が一緒に見える?おかしくない?それってさらけ出してるってことにならない???


「あ、あれ?どどど、どうしたの?わわ、私……何か間違え……ちゃった……?」


「そもそも顔が見えないんだが?」


「あ、あああ、ごごごごご、ごめんなさい……わ、私のぞきこむようなことしちゃった……」


 巨体に似合わずオドオドしている様は今まで見てきた新人類とくらべて内気すぎる。


 そういう性格の新人類もいるだろう。性格に多様性があっていい事じゃないか?


 ここで彼女は少し後ろに下がりようやく顔を見せてくれるようになったのだが、黒毛の羊の特徴だった。


 草食っぽい顔でモコモコの毛。毛量は多いが手入れも行き届いているようで触り心地が良さそうだ。


「気にする必要はないさ。俺は文字を勉強しに来たんだ」


「も、文字?そそそ、それならここの本なんだけど、その、大丈夫?あ、飽きない?」


「飽きるとすると、ここにある本を一通り読み切ってからだな」


「……う、ううう、あ、あんまり文字を……覚えてくれないのに……嬉しい……」


「泣いてまで喜ぶ事か?」


 もしかして、この世界って意外と識字率低いのか?


 それだったらわざわざ本を残す必要もないし、口伝えで話を残していくはずだ。


 口伝えだと内容が多少歪むことはあるが本を残す必要はない。


 まあ残ってるだけありがたい。こちらも年数経てば歴史も歪んだりするだろうが、綺麗なところしか見れないかもしれないとはいえ価値はある。


『ケイジ様、学習次第私が全て翻訳します』


「俺も覚える。いざという時にお前が居なきゃダメって状況を作りたくないからな」


「あ、あれ……え?あ、だ……誰……?」


「これに宿ってる精霊だ」


 これ毎回説明しなければいけないのかと思いつつ、ゴーグルを指で叩いた。


 骨伝導なのに音漏れしてるのは問題だな。早く改良案出さないと。


 そんな事を考えながら挙動不審に拍車がかかる羊型新人類を宥めることになる。


 ラーラに見つかるまで時間の問題だろうが、頑張って文字を覚えていこう。

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