第十三話 アウトorセーフ


「こ、これがナ行の文字でね……上からナ、ニ、ヌ、ネ、ノ……だよ……?」


「随分と、細かい切れ込みが入ってるな」


「そ、祖先の人がね……爪で書きやすいようにって……考えてくれたから……」


『そのためひっかき傷の線が後の文字になるにつれて増えているのですね』


「後になるにつれて判別付き辛くなるな」


 この世界、正確に言うとこの時代の文字を勉強し始めたケイジだ。


 今、机を挟んで対面に座っている黒毛の羊の新人類ことコリンは少し言葉が突っかかることもあるが丁寧に教えてくれる。


 とはいえど、先ほど俺が言ったように爪をひっかいて書く文字は後半になるにつれて複雑になっていくため簡単に判別できなくなっていく。


 分かりやすく例えるなら最初の文字である『ア』が漢字の『いち』で最後の文字の『ン』が『とどろき』になるくらい複雑だ。


 単純に画数が多くなる。それだけで読みづらくだけでなく読む気力すら失っていく。


 元の文字はここまで複雑じゃなかったが、何が歪んでこのようになったんだ?


 もしかしたら電子機器や単純に鉛筆のような書く物が一時的に枯渇して伝わることが無かったのか?


 このような文明に対する考察は少しずつ進んでいるが、やはり文字を覚えて行かないと進まないな。


 …………そしてもう一つ気になることが出来てしまった。


「ところでさ、寒くないのか?」


「ささ、寒い?そうかな……気にしたこと……なかった……」


「そうか」


『ケイジ様、新人類の体温はケイジ様より高めであり、彼女は特段寒さに強いと思われます』


 一体どこまでが裸なのかという疑問だ。


 今のところコリン以外の新人類のみんなは必ず服を着ている。それが革製だったり布製だったりは変わるが、少なくとも股間や胸は隠している。


 例え毛で覆われて露わになっていなくても隠しているような感じではあった。


 だがコリンは違う。自前の黒毛以外身に纏っていない。


 ある程度毛を刈ってるのか黒い地肌が見えているが、胸周りは腰回り、特に胸なんか局部しか隠していない…………いや、薄く残してあるな?


 だから素肌のように見えて寒くないのか。


 いや、普通に裸では?毛で隠してるだけはアウトなのでは?


「どど、どうしたの……?何か気になる……?」


「いや、別に」


 ちょっとガン見しすぎたか?意識は本に向けられているはずなんだがどうしても目がそっちに行ってしまう。


 何でだ?他のみんなも男女関係なく胸の部分は大きかった。胸板が厚いという意味と乳がデカいという意味で。


 一対一で安心しているのか俺は?相手が危害を加える可能性が低いと思っているからか?


 草食動物をモデルにした新人類でもしっかり巨体だし力強いのに油断している?


 彼らは戦いが無ければかなり温厚だ、というが今のところはという注釈をつけるのを忘れてはいけない。


 交流もはっきり言って大した時間もない。割と自分勝手ということくらいしか分かってないが誰かを愛することは出来るらしいくらいしかない。


 少なくとも、体格差がある相手を可愛がるくらいには。


「で、でね……次が基本文字から……応用のものだけど……」


「どんな応用なんだ?」


「一文字で……お、多くのことを……示す文字なの……」


「興味深いな。どれくらいあるんだ?」


「ざ、ざっと……4000……くらい……」


「なんて?」


 4000?待って、一文字で意味を成す記号が4000個あるって訳?


「あ、あのね……さっきの絵本……そ、それにも混ざってたよ……?」


「マジかよ」


『ケイジ様、文字の解読は私に任せた方がよろしいと判断します』


 日本語を覚えようとした日本人以外の人種が絶望した理由を今分かった気がする。


 そりゃあ覚えられないわ…………義務教育くらい徹底的に教え込まないと普通にムリだ!


 識字率だってそりゃ下がる。鍛え上げた肉体が資本な彼らに文学は非常に難しいようだ。


 そうなるとコリンやタイチョーのような人材って意外と貴重なのではないか、と思ったりする。


 特にタイチョーなんて領主であり事務仕事をこなすための人間だ。報告だって口頭から最終的に文字を使って記録した方がいいに決まってる。


 コリンも文字が読めるからここに配属されているんだろう。


 …………こんな兵士ばかり近くにいるような場所に図書館が何故備えられているんだ?


「ま、まあ……大人になるまで……がんばろ……っ!」


「大人です」


『分かってはいましたが、やはり子供扱いでしたか』


 知ってた。知ってたけど 納得とは別なんだよな。


 く、くやしい…………あたい、悔しいよ!大きささえあれば俺も普通の大人として見られるはずなのに!


「どどど、どうしたの?わわ、私……なにか変なこと……した……?」


「してない、けど納得いってない」


「ななななな、何が…………?」


 これ俺の寿命が尽きるまで扱い変わらない説ないか?


 流石に年をとって年長みたいになったら無くなるかもしれないが、それまで生きていられる自信もないぞ。


 割と厳しい世界だから長く生きられるか?


 大獣相手に手持ちの銃火器は対して急所以外効果を見出せないし、かと言って別の兵器は今の世界のパワーバランスを大きく崩すから容易に扱えない。


 『ゴリアテ』の準備だけしておかないといけないかなぁ?あとはバズーカ類を準備…………いや、彼らの聴力を潰す可能性の方が高いか。


 困る、本当に困る。この世界に機械を配備しようと彼らの毛が詰まって壊れる未来も見えるから本当に困る。


「おーい!ケイジくーん!お昼の時間だよー!出ておいでー!」


 突然部屋中にそんな大声が響いた。


 文字を勉強するのに時間が経ちすぎていたのか、腹はたいして減っていないが思っていたよりも経っていたようだ。


 ここに辿り着いたのも…………恐らく匂いだろう。


 消臭機能を考えないといけないな。既存機能を少し機能をいじってプラズマ消臭に変えてみるか?


「っと、すまない呼ばれてるよう…………だ?」


『ケイジ様、先程の声で気がそれたうちに個体名「コリン」は逃走しました』


「いつの間に…………」


 確かに喋り方や立ち振る舞いは外に出るような感じではなかった。


 その、言い方は悪いが陰の気というか、人と接するのが苦手そうな雰囲気をずっと出していたしなぁ。


 まあいい、また後で会いに来ればいい。


「いるんでしょー!広いし壊しちゃいけないものたくさんあるから探しに行けないんだわー!」


「今行くから少し黙ってろ!」


 そうして俺はそこそこ重い本をしまい、出口に戻るのであった。





























「あ、危なかった…………」


 コリンと名乗る羊は図書室の司書である。


 内気な性格から戦いには向いていないが複雑になった文字を覚えられるほどの賢さがあったため、この街に集められた本の管理を任されている。


 だが、街の住人はともかく、兵士たちだけでなく文字を読める役人も滅多に足を運ばないためある種コリンの聖域と化していたのだ。


 誰も来ない、退屈、刺激がない。


 そこで何を思ったのかコリンはとある書物の真似を試してみた。


 試してしまった。


 大昔、かつての人間がスリルを求めて行った行為…………人呼んで『露出』。


 新人類もある程度羞恥心はあり、毛皮に隠れたいです服を着るという文化は残っている。


 人前で脱ぐという行為も、よほどなことがない限りする事がない。


 コリンも普段はローブのように全身を覆える服を着ているのだが、彼女はスリルを求めてしまった。


「え、えへ、えへへ……み、見られちゃった……」


 誰も来ない図書室、何故か今日初めて見た来訪者は図書館と頑なに言っていたが、要所以外を剃毛して徘徊することを趣味としてしまっていたのだ。


 幸か不幸か、初めて遭遇した、というより本を読んでくれた子供が居たため嬉しくてつい出てきてしまい霰もない姿を見られてしまった。


 その子供は見たことがない種族、自分を大人と言い張っていたが絵本に引き込まれていたところを見ると背伸びしたいお年頃なのだろう。


 そして世間知らず、他の人が見たら裸どころの騒ぎではないと拳骨を10回くらっても足りないほどの姿を見ても何も思っていない彼に少し…………した。


「か、肝心なとこは……毛で……隠してたから……セーフだよね……?」


 自分がどういう存在なのか理解してないのに文字を押して欲しいと言われた時、とても興奮してしまった。


 小さく大人ぶり、世間知らずな子供。


「えへ……えへへ……」


 前髪に隠れた目はトロリと歪む。


 あの子はまた会いにきてくれるか。自分を見て何も思わないのか。


 歪んだ欲望に溺れそうになるのを我慢して、彼女は仕事に戻る。


 事実上、局部を自前の羊毛でしか隠してない全裸のままで。


 もちろんアウトである。

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