第十話 早寝早起きは元気の証拠


『ケイジ様、午前6時です。起床の時間となりました』


「んぅ…………もうこんな時間か?」


 ゆっくりと少し硬いベッドから体を起こす。そういえばパワードスーツを纏ったまま睡眠をとったが意外と体は痛くない。


 体を伸ばし、肉体を冷やさないようにかけていた毛布を取る。


 コキコキと首の骨を鳴らして寝覚めの調子を確認し、ベッドから降りた。


 今日も、途中の記憶を失ってから二日目だが体調は悪くない。外も晴れているし情報収集日和だ。


「おっはよー!よく眠れた?寒くなかった?全身に毛が無いから頭だけ暖かった?」


「その大声で完全に目が覚めた、ちょっとうるさい」


「目覚ましにはぴったりだからね!」


 自分でいうか?暗に常にうるさいと言われているようなもんだろ。


 と、俺がベッドに降りた途端にハスキー顔のヒセコ―が扉を勢いよく開けて熱烈なモーニングコールをかけてきた。


 ついでにすごい近くにまでくるからとても煩い。音に敏感な彼らはどう思ってるんだ?


 ふすー、と鼻息がかかるまで顔を近くまで寄せてくる。待て、鼻と鼻がぶつかった。


 こつん、とだが湿った部分が当たっただけなのに少し顔がのけぞってしまった。


 これも体格差のせいなのか、それとも俺が弱いだけなのか…………


「そうだ!朝ごはんの前に皆んな訓練してるから見ていこうよ!」


「…………訓練してるってことはさ、ヒセコーは遅刻じゃないのか?」


「てへっ!」


 てへっ、じゃないが?少なくともこの街の兵士が日常的な訓練をしているというのに抜け出すもしくは遅刻はダメだろ?


『ケイジ様、彼女はかなりの自由新人類のようです』


「自由人で良くない?」


「あ、精霊さんとの会話?」


「自由過ぎるって言われてるぞ」


「それほどでも〜」


『ケイジ様、私が保有知識及び感情から先ほどの言葉は皮肉と判断して伝えましたが間違っていましたか?』


「皮肉が通じない類の人間だ、気にするな」


 ヒセコーは頭の上にはてなマークを浮かべるような顔で首を傾げている。


 くっ、顔は普通にハスキーなのに身体体格乳がデカ過ぎるせいで圧がある。


 尻尾をブンブンと激しく振って『早く行こう!早く行こう!』と言わんばかりに見てくる。


 拒否したところで担がれて運ばれるのがオチになるだろう。今は大人しくついて行くか。


「わかった、とりあえず案内してくれるか?」


「いいよ!こっち!」


 ダッ!と彼女は駆け出した。その際に少しの砂煙が上がったが気にするほどではない。


 あ、これ置いてかれた?扉の外を見ても既に居ない、完全に見失ったぞ?


『足跡から追跡が可能です』


「でかした。そうだ、いつでも『ゴリアテ』を出せる用意をしておけ」


『この文明にそぐわない物です。それでも構いませんか?』


「忘れたか?ここの人たちは基本的に善人だが、外には野盗のような悪人もいる。備えは必要だ」


『了解いたしました。直ちに手配をしておきます』


「あとそれと…………は出来るか?」


『可能です。ですが、よろしいので?』


「備えだ。大獣の強さはピンからキリらしいからな」


 備えあれば憂いなし、AIと会話しながら小走りで…………廊下が広すぎるせいで時速40kmの勢いで走らなければならなかった。


 そしてたどり着いたのは、俺の知る競技場よりも更に広い広場。


「お前ら!今日もしっかり目を覚ましたか!」


「「「「はいっ!」」」」


「遅刻は其処の馬鹿一人!だが定刻通りに来るのは当然の事だ!うぬぼれるな!」


「「「「はいっ!」」」」


 びりびりと空気を震わせるほどの大声で副長が他兵士たちに叫び、士気を高めているように見える。


 あれほどの大声でも意外と大丈夫そうだな。案外、銃の発砲音も苦にならないか?


『ケイジ様、彼らの声と銃火器の発砲音は性質が違います。それらのデータも前日の野盗との戦闘でサンプルを少し採取しておきました』


「脳波を読み取ってる?」


『いいえ、考えることの予想は付いていましたので』


 優秀だなこのAI、シンギュラリティ起こすくらいだから流石俺。


 で、副長が言ってた馬鹿ってのはヒセコーのことだが…………


 頭が地面に埋まってるんだよね。


 尻尾で分かったからすぐに言えたことだが、彼女くらいの体格の者が地面にめり込むくらいの威力で殴られたら死なないか?


 あれを俺が生身で受けたら即死するのは違いない。彼らの加減一つで俺の命は簡単に消えてしまう訳だが、注意しないと。


「ん?あ、ケイジ君だ!」


「え、どこどこ?」


「あそこだ、そういや地面に埋まってるやつが呼ぶとか言ってたな」


「えー!私とお話ししよー!」


 こちらに気づいた彼らは副長を無視してドタドタと俺の方に寄ってくる。


 体格が大きいから一斉に動くと地面の振動も少しだけ発生する。


 それに勢いよくこっちに来るから迫力が…………


「って危なっ!?」


 突っ込んできやがった!俺が跳躍して天井を掴まなければ思いっきりタックルを受けて無視できないダメージを負うところだったぞ!?


「わあ、天井を片手で!」


「ほー、思ったよりも力あるんだな」


「いきなり突進するなよ!抱きしめるつもりだったか!?」


「子供相手にはしゃぎ過ぎだ!」


 俺の下で群がるケモ達を副長が一喝するが一向に散る気配はない。


 仕方ない、俺が副長の方に出向くしかない。


「あっ、落ちてきぷげっ!?」


「がはは、踏まれてやんの!」


「きゃっ!踏まれた〜!」


「いいなー、私もふみふみして欲しー」


「副長、もう少し大人しくさせられなかったのか?」


「可笑しいな、そういう訓練を積んでるはずなんだが」


 俺が数人の頭を踏みつけ軽快に副長のところまで来ることができた。


 途中で俺を捕まえようと手が伸びてきたがヒョイと躱しつつ踏んづけていったが、案外怒ってない。


 これはアレか?寝そべってたら猫に踏まれて幸せとかいうやつか?そう例えたら分からんでもないが、せめて体格差的に中型犬くらいだろう俺は!


 それに対して副長も笑顔だ。すっごい牙をむき出しにした笑顔だ。


 これは間違いなく威嚇するための笑顔。これが分からないやつは自然界では生き残れない、いや、普通に社会不適合者だろう。


 後ろでひぃっ、と声を上げてるのが聞こえたが気にしない。


 だって自業自得だろう?自分の意思を制御できないのは、分かっていてもダメだろ。


「うわ〜、毛がなくて触り心地いい〜」


『当然です、昨日は何もできてませんがスキンケアはしっかりしていますので』


「無断でつつくのやめてくれ?」


 ぷにぷにと中腰になってまで俺の頰をつついてくるんだが?


 虎頭の、胸の膨らみがあるから女性と思われる人も身長が2mをゆうに超えているため圧が凄い。


 そんなに毛がないのが珍しいか?そういえば猿系のケモノをまだ見ていないし、もしかしたら存在しないのかもしれない。


「いい加減にしろお前ら!飯前の運動だからって気を抜きすぎだ!この子に触るのは終わってからにしろ!」


「まだ子供扱い止めない???」


 副長の一喝に周囲からブーイングが飛ぶが、やはり俺みたいなタイプの人間、旧人類は存在しないのだろうか。


 ここが閉鎖的なだけかもしれないが、少なくとも周囲に存在しないのは確かだ。


 俺が眠っていた場所も『廃都』と呼ばれるようになっている訳だし、やはり遺伝子改造して忘れられていったのか?


「後の対人訓練で最後まで残ってたやつがケイジと昼から自由時間を過ごせる権利を与える!今はせいぜい意気込んでおけ!」


「「「「「「「「「「うおおおおお!!!!!」」」」」」」」」」


「おい」


『ケイジ様、人気者ですね。この調子で征服していきましょう』


「しないからな?」


 冗談と思いたいAIの言葉に、勝手に景品にされた上に昼の自由がどうなるか心配になる1日が始まるのであった。

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