第九話 そして夜になる


「酷い目にあった…………」


『辛いものが苦手という申告が無かったせいです』


「食べなきゃ分からないだろう?というか、お前さぁ、ゴーグル越しに成分解析できただろ?」


『はい、ですが言われなかったので』


「お前本当にAIか?シンギュラリティ起こしてない?」


『200年前にシンギュラリティました』


「マジ??????」


 ひとまず夕方、飯を食ってとりあえず俺の扱いは保留として子供部屋に放り込まれた。


 幸いなことに1人部屋だったが、どう見ても子供用に刺繍された可愛いハートや星マークにどう見ても積み木だったりボールが転がっていていかにも子供部屋だった。


 どこまでも子供扱いかこの野郎、あの副長、朝になったら耳塞いでやる。


 改めて状況を確認しよう。


 俺は彼らからしたら旧人類、今身に纏っているスーツが無ければ台東どころかかなりか弱い存在だ。


 対して新人類は全員が人間のような二足歩行でありながら多くの獣の特性を得ていて全体的に巨大化していた。


 特に顕著なのは筋肉だ。普通の人間、つまり俺と比べたら一回りどころか二回りくらい腕も足も太い。


 そもそも最初に出会った集団が兵士ということもあって鍛えこんでいたことは推測される。


 ただ、管理職のような狐領主タイチョーもふかふかそうな毛皮に対して十分な筋肉をつけていることはゴーグル越しに解析済みだ。


 しれっと四つ足で加速可能という利点も持ち合わせているようで、いいとこどりのハイブリットといったところか。


 しかし、何故あのように進化したのかが分からない。


 どこで遺伝子が入り交ざった?少なくとも200年以上前は俺のようなスタンダードなホモ・サピエンスが主流、いやそれしかいなかったはずだ。


 起きた際にAIから提供されたデータではそうだった。全て信用したわけではないが…………実際転生したわけだから俺の常識が通用しないだけかもしれない。


 大きな戦争があったのが原因か?一時的に環境汚染が発生して適応するために遺伝子改造で今に至る、なんて仮説も思い浮かぶ。


 資料を集まっていないのが痛い。どこかに歴史を記した書物があるはずだ、焚書されなければな。


 ごろん、とすこし固めなベッドに寝そべりながら考え続ける。


 やっぱり小型ドローンをそこら中にばらまくか?少なくとも森の中からだと迷惑になることは少ない、はず。


 いや、彼らは森で狩りをしている。骨伝導ゴーグルの些細な音にも反応するのだから邪魔になる可能性はある。


 それだけじゃない、彼らの狩りの対象となる大獣だいじゅうの存在もある。


 俺が見たのは一頭だけなのだが、4mもある巨体の鹿で角が刃のように研ぎ澄まされていた。


 討伐された際にこちらも成分解析をしたのだが…………


「鉄とアルミニウム合金、チタン合金にアダマンタイトだったか…………」


『希少というほどではありませんが生物として身に纏うのはあまりないとされています。彼らの反応からすると、特異的な進化ではないようです』


「鉱石が生物の体から生成されるというケースは?」


『あります。絶滅した種族を含めると200種類存在します』


「そりゃあ貴重な資源をポンポン産むやつは乱獲されるよなぁ」


 金の卵を産む鶏は乱獲される。そしてストレスで上手く資源を産めなくなり肉となった、という仮説を立ててみる。


 特に肉食系新人類が増えているようだし、肉の需要もかなりあるはずだ。


 そりゃあ金属より肉を選ぶ。腹が減っては戦が出来ぬというが、その肉もどこから調達しているのか?


 あの時、盗賊と追いかけっこをした森は傍から見ても大規模だった。


 それを副長や末端らしいヒセコ―らは自分の庭のように駆け回り、恐らく毎日狩りを行っていると予想する。


 でなければ食堂で日常的に大量の肉が出るはずがない。


 そもそも、あの肉は何の肉なんだ?


 鹿の大獣を狩った際に皆が肉を切り分けていたが精々最初に俺に出されたお子様ランチサイズ…………いや、普通に肉塊だったがあれくらいだった。いや、アレを胸元に仕舞えるのも何でだよ。


 まあ、まだ一日目だ。情報収集の余地はまだまだある。


 それに、上手くお喋りしたら向こうから話してくれるだろう。


 立ち振る舞いは大人のつもりだが、向こうはどう足掻いても子供扱いしかしてこないのは不満だが、やはり体格差が大きいことが原因だろう。


 目測でも最低2m、門番は3mの身長だったからもしかしたらもっと大きいのがいるかもしれない。


 まあ、そりゃあ自分より小さくて頭が胸と同じもしくは下だったら子供っぽいか?


 向こうからしたら俺はマセガキに見えるのか?それはそれで嫌なんだが…………


 顔の識別もAIに頼らないとできないし、もしかしたら向こうも俺の顔の区別とか出来てないかもしれない。


 ケモノ顔と人間の顔、人がケモノの顔を見分けづらいのと同じように彼らも人間の顔を見分けづらいのかもしれない。俺がそうだし。


 夜遅くなってもやることも特にない。下手に外を出歩けばオモチャにされるのは違いないし。


 どこまで行っても子供もしくは愛玩動物扱いだからな。下手すりゃ夜間見回りの奴のお供になるかもしれない。


 わざわざ歓迎されているのに疲れたら疑われるような行為をする程はしゃぐ歳ではない。


 一度眼を閉じて眠るとしよう。


 おっとそうだ、最後に言っておこう。


「扉前2人、天井1人、床下1人、そして窓の外に1人」


 では、おやすみなさい。長い眠りから覚めた後の、初めての睡眠を。


















「どうだった?」


「精霊との会話らしいのは聞こえた。あと、何かを調べてるような、こちらの次元の話をしてたような」


「多分、大獣の事だろう。今日狩ったやつは珍しくはないが、まるで初めて見たような感じだったし」


「そもそもぉ、私達のことを初めて見たような感じだったわよ?匂いも独特、けれど今まで嗅いだことのない匂い」


「身体に纏ってる服も金属製ときた。鍛冶屋かなんかか?」


「だとしても『廃都』から来たというのもおかしいだろう。あそこは住めるような場所ではない」


「地下、ならあるかな?扉みたいなのはあったけど開かなかったと報告がだいぶ昔にあったよね」


 深夜、とある一室にて小さな蝋燭の明かりが灯る場所に5人が集まっていた。


 そう、ケイジを部屋の外から途中まで監視していた、便宜上獣人と呼ばせてもらおう。


 途中まで、というのはケイジが寝る前に放った言葉、監視しているのはバレているぞという宣告から仕方なく引いた訳である。


 彼らは耳がいいし鼻も効く。子供部屋の外でも何を喋ってるかは丸聞こえなのだ。


「はぁ、一緒に添い寝したいわ」


「ラーラ、今はやめとけ。臍を曲げられたら逃げるぞ?」


「服とよく分からん武器の臭いで追いかけられるがな」


「でも可愛いじゃない!小さくて、すべすべの肌で、辛いのを食べたら可愛い顔する子は!」


「「「「わかる」」」」


 分からないで欲しい、ケイジも一応は大人なのだ。


 平均身長が2mを軽く超える彼ら彼女らにとってはケイジの身長も子供みたいなもの。


 変に大人ぶってるようでクスリとくるような感覚なのだ。


「精霊と親しそうだが、やっぱ特別待遇になるのか?」


「だが、あの子が持ってるのはどう見ても武器だろう?もしかしたら戦士かも…………」


「それにしてはなんか、服と音が鳴る武器以外、特に身体能力は…………」


「ヒセコーのホールドを簡単に振り解けなさそうだったわ。パワーはまだ未発達のようね」


 うんうんと皆頷いてるが、ケイジは既に成長しきっているのでもっと力強くなる訳がない。


 強いて言うならパワードスーツの恩恵で辛うじて対等に渡り合えているだけで、彼らがもう少し本気を出したら今の軽量パワードスーツでは勝ち目がない。


 もっと強いパワードスーツはあるにはあるが、それが今の彼らに知る由はない。


「ま、報告は明日にするか。1日で分かるわけないだろ」


「眠い、夜勤じゃないのに何故夜更かしする必要があるんだ」


「明日も遊ぼ〜っと」


「ケイジくん、構ってくれるかなぁ?」


 こうしてまた夜が更けていく。新たな明日のために、新たな仲間を愛でるために。


 そして真実を知るために。

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