第八話 それは山のよう


『ケイジ様、空腹状態です』


「腹の具合は自分でもわかる」


「どうした、腹が痛いのか?」


「普通にお腹空いた」


「そうか、そうだよなぁ!」


 なんで副長はやっと言ったかみたいな雰囲気を出してるのだろうか。


 確かに最初に出会った時から特に何も口にしていなかったが…………そういう事か。


 食事は生命維持に大事な要素だ。特に、身体を動かしつつ(俺と比べると)巨体を維持するためにも欠かせない。


 盗賊を追い、大獣を狩り、そこそこの距離を移動した彼は俺よりも空腹になっている筈だ。


 それを我慢して報告優先とは、役職持ちは大変だ。


「よぉし、善は急げ。早く食堂に行くぞ」


「早く行きたいからって担ぐ必要あるか!?」


『軽量とはいえパワードスーツ込みで簡単に持ち上げて動くとは。消耗していてもこれほどの出力を出せるとは』


 感心しているのか呆れているんか、AIの声色に感情が籠っているように聞こえた。


 昔の俺はこのような機能を付けたんだろうか?割と荒く揺れる副長の肩の上で考えていた。


 ここで暴れようとメリットもないし素直に食堂へと連れていかれる。


 道中で担がれた俺を物珍しいものを見る目でメイドや執事らしいのに見られた。


 居るんだな、テンプレみたいなメイド…………全員モフモフの毛皮を身に纏った獣人だから毛が付かないのだろうか?


「なにあの子。見たことない種族だよ」


「小さいね。子供?」


「嗅いだことのないにおい…………鉄?」


「毛のない所、触ってみたくない?」


『人気者ですね』


 みんなの見る目が小動物だ。小さければ子供と考えるのが常識なのだろうか?


 もう俺の身長は伸びることは無いし、いつまで経ってもこの扱いはこたえるぞ。


 そんなことをモヤモヤした気分で考えて10分ほど。かなり遠く感じたが、彼らの歩幅から考えるとそう遠くない距離なのかもしれない。


 ガヤガヤと騒がしく、壁に空いた窓らしき空間とろうそくの灯りで薄暗いと感じるくらいの照明度の空間へたどり着いた。


 彼らからすると圧倒的に劣る嗅覚から骨や油を焼いたような、そして煮詰めたようなにおいが漂ってくる。


 本当に食堂があったのだという驚きはないが、文明レベルがかなり落ちていると思っていたの室内調理と言う設備が割と整っていることに驚きを隠せない。


 ここまで近づいてようやく耳にじゅうじゅうと肉を焼く音が聞こえてきたが煙たいという感じは全くない。


「あー、腹が減ったよな?な?」


「まあ、音とにおいをこれだけ嗅いだら…………」


「よし、早速取りに行くか!」


 空腹を前に待てを説かれた犬の様に俺を担いだまま副長は注文を受け付ける窓口へと足を進める。


「よう、2番セットを2つ!いや、1個は子供用で頼む」


「あいよ。お、なんだその子は」


「うちで預かりになった。しばらくはここの近くで世話することになる」


「そろそろ降ろしてほしいんだが」


「まあ待ちなって。もみくちゃにされるぞ」


 …………いい加減に変な格好はやめたいところなんだが周囲の視線は俺に刺さっている。


 かちゃかちゃと食器がぶつかる音が先ほどよりも小さくなって注目している。


 食べることは忘れていないようでゆっくりとだが口に運んで…………あ、こっそりと横から盗られてる。


 兎顔の獣人でも肉を食べるんだなと言う感想はおいておき、そのまま椅子へと降ろされる。


「ここで出来上がるまで待つ。出来たら食堂のおばさんが持って来てくれる」


「嘘だよ、俺らは自分から取りに行くもん」


「お子様ランチがある時だけだよ!」


 やっぱりお子様扱いか。これ以上突っ込むのは野暮なのか、諦めることにした。


 そういえば番号で料理を頼んでいたことを考えると、やはり元の文明の痕跡は残っているといえる。


 電子機器を扱わなくなっただけで知識はある程度残っているとみた。


 なんかちょっと嬉しいね、こうして何かが残されていると思うと。


 …………何を言ってるんだ俺は?


「はいお待ち!2番セット、子供用付きだよ!」


 ドンッと机が響くくらいの勢いで置かれたソレは、とても大きかった。


 肉、というよりも肉塊。表面はこんがりジューシーに焼かれ、スパイスとなっている胡椒のいい匂いが鼻にくる。


 美味そうなのは否定しない。五感でこれは美味いということは理解した。


 ただ、でかい。文字通り肉塊をよく焼きましたと言わんばかりのものが鉄板の上でじゅうじゅうと音を立てている。


 周りにはトッピングも何もなく、ただ焼かれた肉塊。人の頭ほどあるのでは?


『総カロリーは10000は軽く超えそうです』


「これが、子供用…………?」


 何とか口にした言葉がこれしか出ないほど絶句と言う状況が合っていた。


「よし、仕事終わりはこれじゃないと締まらないよな」


 ぎぎぎ、と油が切れかけたロボの様にゆっくりと顔を横に向けると、俺の目の前にある鉄板の上に乗っている肉が4枚積み重なっていた。


 こんな気の狂ったような産物を、副長が食べる、だと?


 …………いや、俺はずっと現実から目を背けていた。


 他のみんなが食べていた食事も全て山の様に盛られていたじゃないか。


 描写をあえて避けていたのだが、肉や魚、それに野菜らしい葉っぱまでもが山の様に盛られている。


 それをモリモリと口の中いっぱいになるように頬張って食べている。


 人顔ならともかく、ケモノ顔もガツガツと噛みついて食いちぎる姿は野生そのもの。


 到底真似できないなと思いつつ、以外にも鉄でできている食器を手に取り少しずつ切り分ける。


 隣の副長はがぶりがぶりとナイフを突き刺して、そのまま持ち上げて齧っていた。


 これほど親しまれている食堂から出てくる食事に変なものが混ぜ込まれているはずがない。そもそもこんなシンプルなものに混ぜ込むなら、それこそ魔法だ。


 ナイフに突き刺した肉の一片を、俺は口に運んだ。


「う゛っ!」


「ど、どうした?口に合わなかったか?草の方がよかったか?」


 俺は肉を口の中で一口噛んだだけでうめいた。


「なんだなんだ?」


「めっちゃ汗かいてないか?」


「何で固まった?肉苦手だったのか?」


 周りの反応も気にならないくらい、俺の脳は一つのことだけを考えていた。


「か…………」


「大丈夫か?ダメだったら吐き出してもいいんだからな?」


 気遣ってくれる副長だが、せめて口に含んだものは食べなくてはいけない。


 ごくんと肉を飲み込んで、ぷるぷると震える身体を止められず、俺は言った。


かりゃい辛い…………」


『ケイジ様、辛いものが苦手でしたね』


 胡椒が効きすぎて口の中が熱い!痛い!


 水が無いので舌を出してハフハフとするしか無かった。


「な、き、君ねぇ…………」


 明らかに動揺した副長が俺の口を押さえる。


 ゴツゴツとした大きい手だ、俺の顔を簡単に握りつぶせそうなくらい大きくてびっくりする。


「ここでそんな、舌出してへっへするな、ヤられるぞ」


 言ってる意味は分からないが宣戦布告みたいな事なのだろうか?


 舌を出して挑発するという文化は前世にもあったが、国が変わればマナーは変わるものだ。


 OKサインですら侮辱になる場合もある…………のだけれど。


「だ、だってぇ、辛いんだよぉ……」


『徹底的に避けてましたね、辛いもの』


「やっはり胡椒強いのは無理…………」


「ほら水!これで中和させろ!」


「うぅ、ぶっ!酒ぇ!?」


『お酒も苦手でしたね、特に辛口のものが』


 善意なのはわかるが酒を常飲するのは無理があるって!あんまり強くないのに!


「誰だ酒を用意したの!」


「あんたが勝手にかっぱらっただけだろうが!水持ってきてくれ!」


「子供に酒はダメでしょうが!」


「誰が子供だ…………!」


 子供舌なのは仕方ないだろ!最近目覚めたし記憶ないし何より少し若返ってる気もするから!


 ようやく持ってきてくれた水を飲み、舌の痛みを和らげる。


「次は、胡椒なしで…………」


「分かった、次から気を付けておくよう言う」


「あと肉はさっきの4分の1だけでいい」


「少なすぎないか?」


「胃の容量がたいしてないんだよ!!!!!」


 ようやく(彼らにとって)薄切りの肉が焼き上がり、調味料無しで美味しくいただきました。


「さっきの見たか?」


「ああ、あの舌の短さ…………エロかったよね」


「何であんなに可愛いんだろう」


『この会話は聞かせられませんね』


 何故か食事中の周りの声は聞こえなかった。

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