第七話 摘まれし者

「タイチョー、話がある」


「ドア壊さないでくれるかなぁ!?」


 めぎぃ、と副長がドアを蹴飛ばすと蝶番が外れてバタンと前倒れになった。


 後ろから見ていたがまともに受けていいレベルではない前蹴りだった。今のパワードスーツでも耐えきれるかどうか怪しい。


『ですが、発生はやや遅い上に挙動を見て避けることは簡単と判断します』


 格ゲーじゃないんだからそう言うことを言うのはやめなさい。


「全くもう、これで何枚目?いい加減降格だよ?」


「俺が役職降りたら誰がこの役をやるんだ?」


「いい脅し文句だ。皆自由過ぎて役に当てはまってくれないからね」


 ひょこっと副長の後ろから顔を出して誰と話しているのかを確認した。


 そこに居たのは狐顔。人としての例えではなくケモノ顔としての狐だ。


 毛並みもつややか、兵士たちと比べたら明らかに手入れが細かく行き届いている。


 そして何よりも目が細い。もはや閉じているんじゃないかと思うくらいではあるが、こちらが顔を出したことにすぐ気づいたため目は間違いなく見えている。


「その子は…………どこで拾った?」


「異音騒ぎの森だ。廃都出身の自己申告だ」


「怪しすぎない?うちには置いておけないよ?」


「このちっこいのを外に放り出していいのか?既に兵士たちに人気だぞ」


「大人です」


「猶更じゃない?」


 さっきから何だちっこいのって。俺の常識だと、これくらいは平均身長くらいなんだぞ。眠りにつく前は間違いなくそうだった。


 よく考えたら前世よりも環境が整っていないのに170㎝の身長が平均とはいかに。思っている以上に食い物が豊かだったのか。それとも栄養価が高かったのか?


 200年以上たった今の人類がここまで大きくなったのはそれもあるのかもしれない。


「ふーん、君、名前は?」


「ケイジだ。大怪我を負ってしばらく寝て、最近やっと外に出られるようになった」


「寝る前は何かしてた?」


「科学者を、といっても分からないかも…………簡単に言うと人の手を借りずに動く道具を作る人だ」


「うん、全く分からないね」


「あと精霊と交信できる」


「即戦力じゃないか」


 手のひら返された。やはり精霊の存在はかなりのアドバンテージになるようだ。


 正確にはAIなのだが多くのことをサポートしてくれるのは間違いないため何の間違いもないから否定できない。


『ケイジ様、私の優秀さは万人が理解できるほどです』


 見ず知らずの精霊様の名誉を借りて威張るのは楽しいか?


 そのツッコミは飲み込んでおいて、手で顎をこすりながら吟味する狐獣人ことタイチョーはどうも思う所があるらしい。


「純粋に精霊使いを囲っておきたいのはあるよ。でも重責を子供に任せるのは」


「成人してます」


「ほーん、小さいのにか?」


「みんなが大きすぎるだけだ」


「まあなんだ、君が大人なのはなんとなくわかる。だが狩りとか戦場に出すには小さすぎる。外に出たら…………」


 がおっ、と両手をかぎ爪の様にして口を開け威嚇するタイチョー。


「なんてね。私は戦いに向いてないから机から前に出て君の喉元に噛みつくことは出来ない。隣にいる彼とは違ってね」


「よしてくださいよ。俺はまとめるのが他より上手いだけで戦いとなったら上はいっぱいいますよ」


 何となくは予想していたが、この世界の戦闘力は俺のような人間からしたらやたら強い。


 今の軽量パワードスーツでは力負けするのはほぼ間違いない。やはり重量級のパワードスーツを準備しておくべきだったか。


 待てよ?そもそも物資の補給自体はどうする?最初のプランとしては廃都からカタパルトで物資が入った箱を飛ばして着弾地点の付近で待つくらいのことは考えていた。


 だが、彼らは耳が良すぎる。出来る限り消音にしていても着弾した時点で何かを察するだろう。


 飛行機ドローンなんてもってのほかだ。電子機器の音は意外と外に漏れ出やすい故に下手を打つと撃墜されてしまうだろう。


「とはいえだ、この身体で盗賊から逃げきってるんだぜ?足も遅い訳じゃない」


「あれは遊ばれていたから逃げきれただけで、みんなが来るのが遅かったら倒してた」


「ははは、強がっちゃって」


 副長からガシガシと乱雑に頭を掴まれてなでられた。こいつめ、どこまでも子供扱いするか。


『すっかり遊ばれていますね』


「む?今の声は…………?」


「やっぱり聞こえてるのか?」


「俺達からしたら微かにしか聞こえない。ケイジ君にははっきり聞こえてるだろうけど」


「骨を震わせて伝えてくるから音漏れは殆ど無いはずなんだけどなぁ」


『新たな開発が必要です』


「骨を…………震わせる?」


「何か恐ろしいこと言ってない?」


 耳以外の身体に干渉して音を伝えるという事象について想像が付かないのかぶるっと一つ震えた。


 無理もない、科学が廃れ気味な時代に不相応なことを創造する方が難しい。


 決して馬鹿にしているわけじゃない。俺だって今は機械に関することはほとんど分かるが狩り、いや戦いについてはさっぱりなのだ。


 転生してからコールドスリープするまでの記憶がごそっと抜けたせいで戦闘経験は全くないと言って過言ではない状況。その下で盗賊に襲われた際はひとまず逃げ出した。


 怖かったのだ。初めての危機というのは。


 向こうからしたら命の取り合いをするつもりはなくとも俺にはあった。


 だが、結局は…………


「どうした?腹が減ったか?」


「そういえばもうご飯の時間だったね。どうせならみんなと食べてきなよ」


「え?あ、ああ…………」


 思考の海に沈み過ぎてボーとしてしまっていた。その様子を不審に思われていたのか、それとも疲れておかしくなったと思われたか。


「体調が悪くなったら飯を食うに限る。丁度肉もあることだしな」


「そうそう、肉もいいけど豆も食べなよ。アレは美味しいぞー」


「食いすぎてよく腹壊してるでしょあんた。ちょっとは控えなよ?」


「おなか壊さないように新しい調理法を模索しているところさ」


「まあ…………ほどほどにな」


 かかかとタイチョーは笑い、絶対に自重しないだろうなという雰囲気が出ている。


 しかし豆か。食用ではあるものの食べ過ぎては腹を壊す、まだ処理方法は確立されていないらしい。


 狐といったら油揚げ、その原材料も豆だから好んで食べる理由もある程度納得できる。


 それに腹が減ったということには一理ある。運動して時間も経ったことだから空腹になるのは当然のこと。


 身体は機械じゃないから制御は難しい。


「よし、じゃあ飯を食いにいくか。食堂に行くぞ」


「だからって担ぐかなぁ!?」


 俺を簡単に掴んでヒョイと肩に担ぐ副長。あまりにも綺麗な流れて担がれたので抵抗する暇もなかった。


「降ろしてくれ、自分で歩ける」


「迷子と誘拐は御免だからな」


「そんなに信用ないか!?」


 やはり軽量パワードスーツでは全力をこめない限り外せない拘束に辟易しつつ、特に害意も無いのでそのまま運ばれるのだった。












「…………我々よりも小さいながら成人した人」


 タイチョーは席を立つ。そして近くに設置してあった本棚に近寄る。


 この街の権力者である代わりに管理を任されている彼は日中はトイレと食事以外はこの部屋から離れられない。


 故に自身のための娯楽をこの部屋に置くのは必然である。


 本棚から手に取った一冊の本。それは歴史書である。


 ただの歴史書ではない。『写真』というその場面をくり抜いたまま絵にした物が載せられている貴重な本だ。


「まさかね」


 ペラペラとページをめくっていき、『写真』がのってあるページを開いた。


 そこには後ろ姿でありながらマントを羽織りとある戦争に挑まんとする男の姿がいた。


「…………まさか、ね」


 昔の人間は小さかった。違う、この戦争以降に産まれた人間が当時よりも全てが大きくなり、獣の特徴を備えていった。


 少なくとも横耳の人間は存在するだろうが、タイチョーが生きてきた中でケイジと名乗った男以外は見たことはない。


 『写真』のマントを羽織った男も横耳。そして、戦争が終着した場所は…………


「廃都、あそこにはまだ何か眠ってるという事」


 調査をしなければ、彼には秘密にして。


 管理する者として緩く、されど徹底的に調べ尽くさなければならない彼は決心した。

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