第六話 ケモノの街
『ここが獣人の街ですね』
「こいつは…………」
石が積まれて出来た壁、石の大きさはバラバラではあるが計算されて積まれているため簡単に崩れることのない壁が出来上がっている。
木製の門も重厚であり、破城槌でなければ壊せないと確信するほどのものが威圧的に建造されている。
そして何よりもデカい。獣人達の平均身長が2.5m以上あるため扉はそれよりも大きく、俺の身長では首をかなり上まで曲げて見上げなければならないほどの物だった。
「どうだちびっ子。君は大人というがこの門を一人で開けられるか?」
『外壁から侵入が可能です』
「簡単によじ登れるから侵入はしやすいな…………」
「あれぇ?」
思ってた反応と違ったのか副長は首を傾げた。
とはいえ、力推しの生物が多いこの場において強固な壁の有用性は計り知れない。
登るとしても上で哨戒している兵士もいるだろう。それに彼らは耳と鼻が効くため微かな違和感を覚えたらすぐ駆けつけるだろう。
戦争状態でなければ登って侵入など出来ないだろう。
「でも立派だ。相当な大物が来ない限り守りは万全だろう」
「上の奴らが寝てなかったらな」
残念なことに全員が仕事熱心という訳では無さそうだ。
それだけ平和という証拠でもある。よく考えたら大獣が森の中で跋扈している時点で平和なのかどうか分からないが。
「おーい!戻ったぞ!」
「んお?戻ったか―!」
「音の出どころも安全性も分かったから報告するだけだ。開けろ!」
「あいよー!」
ゴゴゴ、と見た目通りの重量感がある音と共に門についてある扉が開かれる。
そこから現れたのは猫の顔をした身軽そうな男性。身軽といっても身長は俺よりもはるかに大きい。
「お疲れーって何だその子」
「突然の音源、拾った」
「誰が捨て犬だ」
「あの大きな音の音源?こんな変な服の子供が?」
「意外かもしれないがな」
「こんなにかわいいから盗賊に追われてたりしてたのよ?」
「で、その盗賊は土産に入ってないのか」
「足が速くてな」
軽い雑談を交わしてから興味深そうに俺を見つめてくる。
猫の瞳は不思議なものだ。下から覗き込んでみても黒目の部分が深い場所にあるように感じられる。
それが美しいと思ったりするのは俺の感性がおかしいのだろうか?
「なんだ坊や。俺の顔に何かついてるか?」
「いやあ、いい毛並みしてるなと」
「…………そう言われるのは初めてだな」
瞳孔が縦長になりきょとんとした猫獣人の門番。ストレートに褒められて恥ずかしくなったのか俺から顔を逸らした。
「意外とかわいいとこあるじゃーん?」
「うっせえ!さっさと通れ!」
もし人の顔なら真っ赤になって怒鳴っていただろうが、毛皮に覆われた顔では皮膚の色は見えることはない。
ドシドシと歩く副長の後ろについて扉を潜り、そして俺はこの光景を目にした。
「これが、この人たちの街…………」
『想定以上に発展していましたね。壁の構造から文明はそれなりにあると予測はしていましたが』
俺からしたら古風ではあるが、この時代を生きる彼らにとっては間違いなく高度な石作りの街が広がっていた。
建物もしっかりと整えられた石で積まれており、隙間も塗りたてるように固めてある。
屋根には木材も使われているところもあり、もしかしたら内部では柱も木で作られているのかもしれない。
「どう映ってるかは知らないが、この街には1200人くらいが住んでいる」
「1200人…………」
微妙に多いのか少ないのか判断しにくい数字だが、よく考えたら2m越えは当然、数は少ないが3mもある身長を持つ獣人をゴーグル越しに見つけたので、そう考えたら街の規模が大きくても住んでる人間が大きければ小さく感じるかもしれない。
駆け回る子供も、俺が知る人間よりも大きい。もう俺より身長が高いのに完全に子供と言った雰囲気だ。
老人も腰が曲がっているとはいえ身長は2mを軽く超えている。
老若男女合わせて1200人、一つの都市として考えたら少ないだろう。
だが、名前も知らない、最初に駆けつけてくれた4人のうち副長ではないケモ耳の男性が自慢そうに言った数字は大きいものだと考えられる。
「じゃ、俺と副長はタイチョーに報告しに行くからみんな解散!」
「はぁー!?もっと遊ばせろよ!」
「ケイジ君の頬つつかせろー!」
「持ち帰るくらいいでしょー!」
「やかましい!お前らに託すと近所のガキ共みたいに変なこと教え込むだろうが!」
「本人が大人って言ってるんだからいいだろー!」
ウーウーと遠吠えの様に放たれるブーイングに副長が歯を剝きながら凄い剣幕で怒鳴りつけた。
この怒声を何の力も無い前世の頃に聞いたら確実に漏らしてる。全力で泣きながら命乞いしてる。
今身に着けているパワードスーツも軽量であるが故にどこまで抗えるか分からない。
銃器を上手く活用出来たら勝てるだろうが、そこに度胸を含まない計算である前提ではあるが。
そんな事を考えていると首根っこを掴まれて親猫に運ばれるような子猫みたいに運ばれていく。
始めて来た場所なので未知なんて何も分からないからある意味正解だろう。だが、びっくりするから一言駆けて欲しかった。
「人が増えるってことで一応タイチョーに報告しないといけないからな。悪いが連れてくぞ」
「選択肢が強制以外何物でもないが?」
「人口の管理もしてるんだ。勝手に人を入れたってなったらどやされる」
人口、というのはこうして狩りで出たりするため帰ってきているかの入出記録を取っているのだろうか。
その抜けた穴にこの街に関係ない人間、いや獣人が入ってきて治安を荒らさないための策のだろうか?
確かに、森の方には大獣という危険生物が居たり盗賊と化した野生の獣人もいるためいつ命を落としてもおかしくはない。
副長の片手でつままれた俺はそのまま『隊長』のもとへ向かう。
向かっていくのだが…………
「だんだんと街の中心に近づいてないか?」
「タイチョーは一番偉いからな」
「隊長ではなく領主では?」
「タイチョーは名前だぞ?」
『随分とややこしい名前ですね。改名を嘆願したら受け入れられるでしょうか?』
「無駄なことをするな」
「精霊が何か言ったのか?」
思っているよりもジョークが多いなとAIを制しつつ副長に何でもないと伝える。
彼らはとても耳がいい。この距離で骨伝導の音が聞こえるくらいの聴力を持ち、俺が盗賊に襲われた際の発砲にも反応して駆けつけてくるくらいには行動力もある。
どこからかうわさを聞き付けたのか、歩く副長を遠巻きで見る獣人が増え始めてきた。
俺を見てひそひそと何かを話しているようで口を隠して喋っているが集音機能を使っても聞き取りずらい。
逆に言うとそれくらい音を小さくして喋ることが出来る上に、それくらい小さい音でも聞き取ってしまうということだ。
下手な内緒話は出来ないなと考えていたら、周りの建物よりも一際大きい要塞のような場所へたどり着いた。
他の建物も俺からしたらデカすぎるが、これはさらに大きい。
大抵の建物が1~2階建てに対してこの建物は窓の数からして3階建て。確かに偉い人が住むには十分の説得力を持つ場所だ。
重厚そうな扉を片手で押し開けた副長はそのままズカズカと中へと入っていく。
「あれ、副長?その子供は?」
「何回やればいいんだこのやり取り…………さっき拾って来たんだよ」
「もしかして異音の原因?」
「でも子供がどうやって噂の音を出すんだ?」
どこまで伝わっているかは知らないが、流石に森からここまで発砲音が聞こえることは無かったようだ。
むしろ、そこまで伝わっているとなると怖い。通信機もない時代背景で話が届くスピード、口伝えでここまで広まるとは恐ろしいものだ。
「見るな見るな、見せ物じゃないんだぞ!働けお前ら!」
叫んだ後にガルルと唸る副長にチラホラと集まり始めていた人員が散っていく。熊の獣人の低い唸り声は威嚇にはピッタリだ。
よく考えたら偉い人がいる場所にいる人達はここで働いていると言うことなので、今俺に構うと仕事を放棄してる状態になるのか。
「そろそろ首根っこ抑えるのやめてくれ。ぷらぷらするのは飽きたし歩けるから」
「そうか、後ろをついて来れるか?」
「流石に迷子になるわけが無い」
「他の奴らに誘拐されるかもしれないからな…………」
「その時は音を出す」
チャキッとリボルバーを取り出してクルクルと回転させる。リロードはバッチリでいつでも撃てる。
普通の物とは火力も違うのでこの石壁なら跳弾することなくめり込むため二次被害も出にくい、はず。
「うるさい音を出すのだけは勘弁してくれよ?それに、君が思ってるよりも愛らしいんだから」
「熊に言われても困る。モテない?」
「熊はびっくりするほどモテないんだなこれが」
降ろしてもらったのはいいが、哀愁漂う背中を見せつけられて気の毒に思った。
そして、身長差による歩幅の違いで俺が大いに遅れそうになり小走りで副長を追うのだった。
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