第五話 賢く生きたい


 あっという間だった。完全に俺が知っている人間の手には負えない巨大で凶暴な鹿が居たはずなのに俺を抱えているヒセコ―以外の人員が導入された狩りは、既に解体作業に入っていた。


 肉は鮮度が命ということで腐らないように血を抜き小分けにして各々の報酬として胸当てから出てきた袋に仕舞っていく。


 いつでも物を持ち運べるように彼らは胸当ての下に袋や小道具を仕舞っているようだ。


 彼らの大きい体格なら胸当ても大きくなるのも当然ではあるとして、そこに発生する僅かな隙間に機動力の妨げにならないものを仕込むのは理には適っている。


 流石に硬いものは仕舞わないらしいが、女性陣は胸の谷間から物を引っ張り出すのはどうなのか?


『的確に大獣だいじゅうを解体していきます。狩猟民族として完成された手つきです』


「見りゃわかる。あの人たちにとってアレが普通なんだ」


「ま、私もあれくらいできるよ」


 張り合っているのか尻尾をぶんぶんというを出してアピールしてくる。


 下手な鞭よりも硬いモノを振り回されて痛手を被るのはゴメンだ。だが、ヒセコーが言う通り彼女があの連携の中に組み込まれても充分な働きはするだろう。


 やはり経験だ。失敗して、そして成功体験を積み重ねてきた彼らの経験があるからこそ巨大な獣を狩ることに恐れを抱かないのだろう。


 失敗は命に直結するのでがむしゃらに覚えなければ生きて行けなさそうだが。


「ちびっ子もこれ食うだろ!戻ったら焼いてやる!」


「ヒセコ―!ずるいよ、お肉要らないの!?」


「イエーイ見てた?角は私が取ったわよー!」


 俺を独り占めしているせいで我に返った彼らは枝に掴まるヒセコ―にブーイングをかます。


 いや違う、豚の様にブーブーいうのではなくグルルと低い唸り声がそこらかしこに響く。


 完全に威嚇する音だ。思っている以上にご立腹の彼らに俺は頬をひきつらせるが肝心の怒りをぶつけられているヒセコ―はどこ吹く風だ。


 ちなみに角を取ったのは兎耳のラーラだった。


「早い者勝ちだもーん。副長も言ってたよね?」」


「うーん、間違ってはいないけど随分と解釈を曲げたね?」


 またの名を屁理屈ともいう。どのような姿になろうとも人は人だ。


「さて皆!本命は取り逃したが臨時収入は得ただろう!帰るぞ!」


「「「「おー!!!」」」」


 全員の声が一つとなって響き渡る。先ほどの狩りの時もそうだったが怒声だけでも空気が震え、同時に大きな声を上げるタイミングもばっちりすぎて空間そのものがとても震えている。


『このゴーグルにはとっさに音による攻撃から耳を防ぐための瞬時に装着できる耳栓機能も付いています』


「元は集音機能だったけどあってよかったね」


 小さいものに多くの機能を付けると割とお得感はある。使いこなせるかはさておき忘れた頃に使えたりする。


 発砲する以外に使わない機能がここで活躍するのかと思いながらヒセコーに抱かれたまま地面へと降りる。


 するとすぐさま囲まれた上に俺を奪還しようと揉みくちゃにされた。


 パワードスーツのおかげで痛みはないが圧迫感が凄い。胸当てが体にガツガツ当たっているが傷つかないので問題ない。



「ケイジくーん、俺にも抱っこさせてくれよ」


「軽そうだなぁ、高い高いしたらどれだけ飛ぶんだ?」


「ほっぺ柔らかそー」


 小動物を可愛がりたい欲みたいな眼差しが刺さる。


 ちやほやされるのは悪い気はしない、のだが顔がケモノに加えて人顔も美男美女ばかりでどうも気が引ける。


 自分の顔は不細工ではないがイケメンというほどでもないという自覚はあるせいかどうしてもおだてられている気がしてならない。


 もちろん善意と好意で何とかなっていることは分かり切っている。あまり慣れないものだからこそ気が引けるのだ。


 ドスドスと地面を踏みしめながら森を歩き続ける。盗賊との追いかけっこをしていた時は必死で思わなかったが、やはり木々が明らかに太い。


 獣人たちの巨体囲まれて埋もれてしまい周りが見えそうになかったが、よく見て見ると明らかに太い。


 木の幹が人間2人分の太さはある。高速で移動しながら足蹴にしても全く揺るがなかった感覚を思い出すと異常成長してるんじゃないかと思ってしまう。


 よく考えたらこの世界の住民も野生動物も大きかった。それを前提にすると俺だけが小さいのも納得…………


「何でこんなにみんなデカいんだよ」


「さあ?なんでだろうね?」


「しらなーい」


「お前ら、歴史を勉強しろよ」


 納得いくわけないだろいい加減にしろ。


 俺が思ったことをそのまま口にしてしまったため周囲に反応はあるがほとんど分からないようだった。


 だが、歴史が残っていることはありがたい。他者の視点で話が見られるのは貴重だ、早く知りたいものだ。


 唯一歴史という言葉が出てきた副長から勉強という単語が出たため最低限の教育も存在していることがうっすらと見える。


 よかった、多分だけど大半が蛮族で制御が難しいという線はこの時点で大きく崩れた。


 まあ、割と最初から図体に対して理性的な面は認めていたので杞憂ではあった。


「ところでさ、この腰につけてるの何?」


「あの変な匂いもここからするね」


「焼けた鉄?炎の香り?」


「ああ、これのことか」


 歩きながら腰からリボルバーを引き抜く。中の弾倉は既にリロードしてありいつでも発射は可能だ。


 もう敵は居ないため発砲する必要はないため手元でくるくると回して弄ぶ。


 物を回転させるという行為に興味を示したのか目を木漏れ日に反射した光でキラキラさせて見てくる。


 これを真似して彼らの手元にある剣も回そうとしているが、そもそも大きさが違うしトリガーガードのような指をはめる場所もないためその場で落としている。


 ペン回しに似たようなことだから、それと同じようにコツが必要になる。


 変に回すと落として大変なことに…………


 びゅんと目の前に銀の物が飛んだ。


「ばっ、お前!何飛ばしとるんだゴラァ!」


「ごぶぇう!?ち、ちが、手が滑って」


「手が滑ったで子供の顔の前に剣を飛ばす奴があるか!」


 そう、飛んで行ったのは俺の真似をして回していた剣。


 すっぽ抜けたモノが俺の眼前を通過して奇跡的に誰にも当たらず地面に落ちた。


 飛ばした奴はというと一瞬唖然となった隣のオオカミのケモノ顔にぶん殴られて言い訳している。


 残念でもなく当然、危険物をおもちゃとして扱えば予想外の被害が出る可能性がある。


 人顔であった当人であるが、周りの獣人達からフルボッコにされており滅茶苦茶痛そうなパンチやキックが飛び交う。


 もし彼らと戦うとなったらああなるかもしれないという恐怖に若干顔が引きつる。


 副長もあちゃーといった風に片手で顔を覆っている。どこまでもやんちゃ盛りなのかこの人たちは。


「全く、帰るまで怪我したらどやされるってのに」


「いつもこうなのか?」


「出動記録を見たら一発だ」


「…………記録取るんだ」


「え、そこ!?いや、確かに記録抜けは多いけど怪我した時のやつは必ず残す…………残してるよな?」


 不安になって唸り続ける生体機械になってしまった副長に掛けられる言葉が無い。


「うん、まあ、そのよく分らない道具を使ってる君は賢いから分かるかもしれないが、見たまんまだ」


「見たまんま」


「衝動的に行動しやすいってこと」


 はあ、ため息が聞こえた。


 管理職の悩みはどこも同じらしい。


「もうちょっと、こう、大人しくなってくれたら…………っ!」


 ポンポンと俺の頭に手を置きながら苦く呟くその姿は苦労が絶えないことは目に見えた。


 頼るならこの人だな、そう思った瞬間だった。


『ケイジ様の方へ剣を誤って投げた獣人ですが、明らかに許容量を超えた暴力を受けてるのですが、よろしいのでしょうか?』


「好きにさせたら?」


 制裁が終了してから数分後に彼はケロリとしていたことを記す。回復力どうなってるんだ。

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