第四話 たくさんの毛がつくから


「副長ー、俺にも抱っこさせてくださいよー」


「頭の上に立たせるのでもいいからさー」


「ダメに決まってるだろ。ほら見ろ、足とか細いぞ」


「どれだけ食べてなかったらこんなに小さく…………?」


 ガヤガヤとケモ耳達に囲まれて、肩車されたままでぎゅうぎゅうと押しつぶされそうになりながら森を歩いている。


 興味あるものにはグイグイとくるタイプの人種らしく構ってと言わんばかりの接近ばかりしている。


 そして何度も訂正しても子供扱い。そりゃあ彼ら獣人に比べたら俺の手足はかなり細いし身体も小さい。


 長い間寝ては居たが筋力に衰えは無いし、重傷を負った病み上がりとは思えないくらいの身体をしていると自分で思っている。


「臭いをしつこく嗅ぐなー。ビビっちゃってるだろー」


『嗅覚もかなり発達しているみたいですね』


「そのメガネから声聞こえるの不思議だな」


「精霊が宿っているんだっけ?私達には気配は感じられないけど声が聞こえるのは新鮮だね!」


 尻尾をブンブンと振れる者は振りながらAIの声を聞こうとしている。


 そう、骨伝導でゴーグルから音声を伝えていても彼らの耳には微小な振動から音を聞き取っているのでAIの存在は隠すことはできなかった。


 その代わりに物に宿る精霊として説明したらあっさり納得してくれた。


 俺の記憶にはないが精霊というものは存在はしているらしい。


 目に見えないが相当の力を持ち、気まぐれに干渉してくるという。ただし、気に入った相手がいるなら話は別のようだ。


 それもごく稀にしか現れないため珍し過ぎて話の話題には欠かせない存在になる。


 まあ、AIはそんなファンタジーな枠ではないが。いや、度を越した科学は魔法に見えるというから変わらないか?


「うお、これ結構硬いな」


「でも薄く見えるよ?鎧として使えるの?」


「薄くても金属だったら保護できるじゃん?布よりはマシっしょ」


「こらこら、足をふにふに触るな」


「鎧をつけてるからふにふにはしないと思うが?」


 このようなやり取りをさっきからずっとしている。俺にちょっかいかけては副長が諌める。


 まるで大家族におとなしい犬が家族の一員になったから構おうとする子供達だ。


 目を輝かせながら俺を肩車している副長の周りをウロウロと交代しながら興味深く俺を観察している。


 結構な距離を歩いているはずだが副長の肩は痛くならないのか?


 パワードスーツ含めて124.8kgある俺をずっと肩車して鬱血しないだろうか。


 そこが心配なのだから全く降ろしてくれないので確認する術もない。


「ところで、この集団は一体何なんだ?警備隊みたいってことは分かるが」


「遠からずも当たってる。メジの街から調査しに来た兵士達だ」


「なんか森でパンパンって知らない大きな音が聞こえたからみんなで調査しに来たんだよ。新種の怪物だったら困るからこの人数さ」


「ま、蓋を開けたら盗賊2人と君1人だけだったけどね」


「それになんか煙臭いし」


 火薬を使った銃は避けた方が良いのか?レーザー系の物も存在するが趣味じゃない。それに射線も単純すぎる故に目視ですぐ見つかるという点もこの世界ではいただけないと思うのだ。


 四の五の言ってられない状況以外では火薬こそ至高。爆発事芸術なのだ。


「全員は紹介できないが、俺が二番目に偉いってこと以外は気が向いたら顔を覚えてやってくれ」


『画像にて顔認証を登録しました。いつでも分からなくなった際には聞いてください』


「善処するから降ろしてくれ」


 わいわいがやがやと獣人でもない俺の耳ですら騒がしいと感じるくらいの喧騒。


 まともに聞かなくても分かる通り、彼らの話題は全て俺のことについてだ、容姿から臭いまで未知に近い奴が話題にならないわけが無い。


 もし俺が転生する前に獣人をリアルに見ていたらきっと興奮して知り合いと話題にしていただろう。


 その知り合いがいたかはもう覚えていない。


「副長、そろそろ交代してほしいって言ってますぜ?」


「言ってない」


「そうだそうだ!私に抱っこさせてください!」


「引っ掻かれても知らんぞ?」


「爪無いが?」


 パワードスーツだぞ?尖るようなどこかで引っ掛かるかもしれない要素は突っ込まないぞ?


 恐らくだがパワードスーツ込みでも身体能力は鍛え上げられた相手が上になる可能性が高い。いくら図体がデカいと言っても、完全に身体能力が特化している以上は下手を打つわけにはいかない。


 肩車されて前に出ている足を離してもらい、ようやく地面に足をつけて歩くことが出来る。


 やはり自分の足で歩くのはいい。ホバー移動も夢はあるがやはりしっくりこない。


 生物は完全に空を飛ぶか地に足付けて生きるかの二択だ。


 そのまま皆が歩く方へとついていくのだが、徐々に周りとの距離が近くなっていく。


「どう見ても子供サイズだよね」


「しっかり食べてないからか?」


「お腹つついてみたい、ぷにぷにしてそう」


 ヒソヒソ話してるつもりかもしれないが普通に聞こえている。


 そもそも彼らの聴力にかかれば内緒話はほぼ筒抜けになるから聞こえる前提で喋っているのだろう。


 身長差故に歩幅も大きく違う彼らについていくため歩数も圧倒的に増える長距離の移動だが、それが彼らの目にどう映るのか。


 …………既に愛着が湧いたような目をしてる気がする。


「そういえば君の名前を聞いてなかったね。名前何?」


「ケイジだ」


「ケイジ君?あんまり聞かないタイプの名前」


「廃都だとそんな名前がよくあったのか?」


「いい名前じゃーん」


 思ったよりも名前の差別が無いようだ。偏見は敵を生む、良くも悪くも争いの種となり碌なことになりやしない。


 ん?記憶が無いはずなのになんでこう言えるのだろう?覚えが無くても体が覚えているという奴か。


 どこか苦い思い出があったのか心が苦しくなる。顔に出していないつもりではあったが感情の機微が分かりやすかったのか上から顔を覗こうとしてくる。


「なんか元気ない?肉でも食いに行くか?」


「そうそう!飯を食ったら元気が出る!」


「みんなご飯は好きなのか?」


「「「食わなきゃやってられないからな!」」」


 びりびりとハウリングするような大合唱。そして人顔もケモ顔もとてもいい笑顔で言う。


 確かに彼らの体格から食わなきゃ力が出ることは無いだろう。あれほどの筋肉を維持するためには相当なカロリーが必要になるはずだ。


 生物であるならばエネルギー消費からは逃れられない…………だが彼らがどうやって体格を維持したんだろう?


 そんな疑問を抱えた時だった。


 俺以外の顔がバッととある方向へ向けられた。その数舜前に彼らの耳がぴくっと動いたのは見逃さなかった。


 鼻をひくひくと動かし、そして嬉しそうにニヤリと笑う者が多数いる。


 まるで獲物を見つけた狩人の如く、飢えた目をしてまさに獰猛な獣を彷彿とさせる。


「運が悪かったな、いや、幸運だったか?」


「ご愁傷さまってところだろコイツはよぉ!」


『ケイジ様、彼らが向いた方向に大型の有機生命体が確認されました』


「大型って、どのくらいの?」


『推定4mの鹿のようなものです』


「は?」


「そういえば、ケイジ君は森の中で森の中で大獣だいじゅうに出会わなかったのか?」


「音で寄ってこなかったんじゃないかなっと!」


 副長が何かに気づいたかのように聞いてくると同時に誰かに掬い上げるように抱き上げられた。


「あ、ズルいぞヒセコー!私も抱き上げたいのに!」


「へへん、早いもん勝ちだっての!ちょうどいいし私たちのかっこいい狩りを見せてやろうじゃん!」


 ヒセコーと呼ばれた凛々しい顔の白と黒の毛並みかつ蒼い目が特徴のケモ顔の女性が胸当てと俺のパワードスーツをガッと金属同士がぶつかり合う音を鳴らしつつ、絶対に離さないという意思を見せつけてくる。


 こちらが高性能故に傷は付かないのだが、現状では資源に限りがあるのであまりぶつかるのはやめてほしい。


 ところで、狩りというのはこの集団で4mある鹿を仕留めることで正しいのだろうか?


「やべーぞあいつ!角が刃みたいになってる!」


「飯だけじゃなくて新しい剣を作れる!」


「よーし皆聞け!肉は山分け、角は早い者勝ちだ!」


「「「っしゃあ!やってやるぞぉぉぉ!!!」」」


 気合い十分、やる気満々。ハンターと化したケモノ達は大きい彼らの身よりも更に大きい獣に刃で挑む。


「…………ヒセコーは行かないのか?」


「私?抱っこ係だから」


「あ、そうおおおっ!?」


 俺が言い切る前に彼女は高く跳躍し、足場になる程大きな樹の枝に片手で鷲掴みにしてぶら下がる。


 もう片方の手は俺を抱いてるので両手が使えない状況になっている、のだがパワードスーツ込みで脱出できるかどうかは怪しいところである。


『ケイジ様、パワードスーツの耐久が締め付けにより僅かながら落ち始めています』


 どうなってんだ現人類。


 そう思いながら下で暴れるケモ達と鹿を見ることしか出来なかった。

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