魔王討伐はリモートで~引きこもり賢者はテレワークを希望します~

結城ヒカゲ

 時代はテレワーク

「あ、あー。聞こえてますか?」

『ちょっとリオン! これから魔王城に突入するのよ!』

「あ、お疲れ様です。すいません、ギリギリまで寝ちゃってて。ちょっと顔洗ってきますね」

『はあ!? 待ちなさいリ——』


 固定型映像通信魔法はそのままに自室を出て浴室に向かう。

 水魔法と火魔法の応用でお湯を出し、それを頭からかぶる。もう一度お湯を出すと、今度は重力魔法で空中に留め石鹸で体を洗う。泡をお湯で流すと、風魔法と火魔法の応用で体を乾かす。


 自室に戻ろうとした所でお腹が鳴ったので、冷蔵庫から適当に食べ物を拝借していく。


「お待たせしましたー。今どんな状況ですか?」

『貴女を待っていたのよ! 今日くらいはこっちに来なさい!』

「いやいや、テレワークでいいって契約じゃないですか。なんですか? パワハラですか?」

『貴女という人は!』

『落ち着いて、サクラ』


 あ、やべ、お茶こぼれた。雑巾どこだっけ。


『リオン、僕達はこれから最後の戦いに臨む。最後くらい仲間全員で一緒に戦わないか?』


 雑巾どこだ? もういいや、魔法で乾かそう。


『リオン? 聞いているかい?』

「あーはいはい。聞いてますよ。私はしがない傭兵ですから。勇者様方の仲間だなんて恐れ多いですよ。なので、私の事はお気になさらず」


 とりあえず、支援魔法を送って、相手は魔王だし一応あれも準備しておくか。


「支援魔法を送ったので、確認お願いします」


 あれ? 反応が。通信魔法は切れてない。もしかして、座標間違えた?


「あの、勇者様? 支援魔法届いてないですか?」

『仲間だと思っていたのは僕だけだったんだね』

「あのー、支援魔法は」

『ああ、届いているよ。相変わらず素晴らしい魔法だ』


 勇者クレア様は黄金色の髪と純白のマントを翻し、魔王城の正門へと堂々と歩いていく。

 

 なんか怒ってたみたいだったけど気のせいだよね。こっちの映像は向こうに送ってないから、私が朝ご飯を食べていた事は気づかれていない筈。


 ともあれ、私は雇われ賢者だ。報酬以上の仕事はしないけど、報酬以下の仕事もしない。


 窓を開け北東に第一二階位光魔法【裁きの星光】を放つ。八八の光線が螺旋を描きながら北東へ伸びる。


 映像を確認すると、【裁きの星光】は魔王城の正門を破壊し、門の裏に控えていた魔族の八割程を吹き飛ばし、城の扉を消滅させ、その奥にいた魔族の右腕を消し飛ばした。


 よし、まあまあかな。


「こんな感じでどうでしょう?」

『相変わらず化け物ね』


 何を仰いますか。貴女方のほうが化け物でしょうに。


 クレア様は白銀の長剣を抜き、八割吹き飛ばしても尚一〇〇体以上いる魔族の中に突っ込む。

 魔族が紙くずのように宙を舞う。


『ぼさっとしていてはクレアに手柄を全て取られてしまうわ。私達も行くよ』


 着物というらしい服を着た剣士のサクラさん、神官服を着た聖女のアイリスさん、黒いローブで全身を覆いフードを目深にかぶった元暗殺者のミラさん。クレア様率いる勇者様御一行は、いっそ魔族が可哀そうに思えてくる程の圧倒的な力で魔族を蹂躙していく。


 広場の魔族を殲滅すると、クレア様達は城の中へと足を踏み入れる。

 待ち構えていたのは、右腕を失ったなんか強そうな魔族だ。


『おの……不意……卑怯だ……』


 あれ、映像が途切れるな。一旦接続を切ってもう一回繋いでみるか。ついでにお菓子取ってこよ。


 再接続すると、さっきの魔族が四肢を失った状態で倒れていた。


『魔王はおそらく最上階だ。行こう!』


 お菓子取ってきてる間に終わっちゃった。



 クレア様達が階段を上がると、一体の魔族が待ち構えていた。

 どうして一体ずつ待っているんだろう。


『ククク、ゴリーランを倒したようだが、奴は魔王軍四天王の中でも最弱。貴様らは、この最速のチータリオン様に、気づく間もなく殺される』


 ミラさんが消える。チータリオンとやらが倒れる。

 恐ろしく早い手刀。私でなきゃ見逃しちゃうね。


 倒れたチータリオンをアイリスさんが第一五階位神聖魔法【回帰】で消滅させる。


 うーん、余裕過ぎる。支援魔法の持続時間も余裕あるし、もう私する事ないかな。



 クレア様達が三階に上ると、また一体の魔族が待ち構えていた。


『我は魔王軍四天王が一人、最硬のカーメラス。貴殿らの中で最も威力の高い技を放ってみよ』


 クレア様達は同時にこちらを向く。


「え、私ですか」

『当然でしょう』

『わたくしの魔法は威力というと少し違いますし』


 それはそうかもしれないけど。まあ、いいか。暇だったし。


「あーあー、カメさん、聞こえますか?」

『む? 水晶から声が?』

「五秒後に着弾するので。行きますねー」


 座標を計算して第一五階位闇魔法【昏き祈り】を発動する。カメさんの頭上に黒い球体が現れる。そこから無数の棘が伸び、カメさんの体を貫いた。


『ば、馬鹿な……』


 カメさんごと棘は球体に戻っていき、球体と共にカメさんは消滅した。


『化け物』


 ミラさんがボソッとつぶやく。

 貴女に言われたくないんですけど!



 クレア様達は四階に到達する。例のごとく一体の魔族が待ち構えていた。


『魔王軍四天王、最強のトラトラ。我が愛剣タイガロンの錆になりたい者からかかってこい』


 名前かわいい。リモートでよかった。こんなの笑い堪えられるわけないでしょ。


『ここは私に任せて』


 サクラさんが前に出る。


『ほう。なかなかの手練れ。面白い』


 トラトラがタイガロンを上段に構える。対して、サクラさんは腰に佩いた刀の柄に右手を添える。

 トラトラが上段からタイガロンを振り下ろす。よりも早く、一閃。

 トラトラの上半身と下半身が別々の方向に倒れる。


 やっぱりこの人たちに比べたら私なんて普通だよ。



 最上階で待ち構えていたのは、玉座に座るえっちなお姉さんだった。

 この画角だと何も履いてないように見える。保存しておこう。


『よく来たわね、勇者クレア』

『魔王ライオネル。お前を倒し、僕は僕の使命を果たす』

『あら、そんな怖い顔をしないで。可愛い顔が台無しよ』


 飄々とした態度の魔王ライオネル。煽り? いや、何か違う気がする。何だろう、時間稼ぎ?


 ライオネルが立ち上がり、クレア様が剣を構える。


 まずい!


「待って、クレア様!」


 私の声はライオネルの哄笑にかき消される。


 クレア様が駆け出す。それを合図に戦闘が始まってしまった。


 まずい。支援魔法の効果時間は残り一〇秒。魔法をかけ直す瞬間、ほんの僅かだけど支援魔法が切れる瞬間がある。

 ライオネルはそれに気づいている。


 どうにかしてライオネルを引き離せないか。私の声は届かない。魔法はクレア様を巻き込んでしまう。くそ、ダメだ。


 残り一秒。ライオネルが剣を振り下ろす。

 〇秒。クレア様は飛び退ろうとするが、支援魔法の切れた状態では間に合わない。


 左肩から右腰に掛けて、赤い線が刻まれる。


 支援魔法送信。白銀の剣がライオネルの心臓を貫く。


 あ、ヤバい。【全なる癒しのひ……










 目が覚めた。よかった、生きてた。

 

 ぼやけた視界が、徐々に焦点が合っていく。目の前にはおっぱいがあった。服越しだよ。

 え、なんで? 膝枕? 誰?


「起きたかい、お寝坊さん」

「クレア様? どうしてここに?」


 ここ私の部屋だよね。え? 不法侵入?


「とりあえず、傷の治療をしなよ。一応僕が魔法をかけてはいるけど、僕の魔法では完治できていないからね」


 たしかに、傷は塞がっているけど完治はしていない。【全なる癒しの光】が間に合ったのかと思ったけど、そうではなかったみたいだ。

 もしかして、割と本気で死にかけていたのか?


「流石はリオンだね」


 【全なる癒しの光】で傷を治すと、クレア様は感心したように頷く。

 この程度、アイリスさんも余裕だと思いますけど。


「あの、どうしてここが分かったんですか?」


 逆探知されるようなへまはしてない筈だけど。


「その前に、服を着てくれないか。そもそも、どうして君は裸なんだ」

「ああ、すいません。服嫌いなので、家では着てないんです」


 服なんてあったかな。もう三年は家を出てないからな。

 タンスを開けると、しわしわのシャツが出てきた。これでいいか。


「下も……はあ、まあいいや」


 なんですかその目は。誰とも会わなければ服なんて必要ないんですよ。


「それで、どうしてここが?」

「君が魔王城の正門を吹き飛ばした魔法があるだろ。あれで方角を割り出して【天翔】で飛んできた」


 ちょっと何言ってるか分からない。ここから魔王城まで馬車で三か月はかかるよ? 【裁きの星光】で分かるのは方角だけだよ? 

 やっぱりこの人が一番化け物だよ。


「魔王との戦いの最中、君の支援魔法が切れた瞬間、僕は魔王に斬られた。確かに斬られた筈なのに、僕に傷は無く隙を晒した魔王に止めを刺す事ができた。その後すぐに君からの支援魔法が切れ急いでここに来ると、僕が斬られた筈の場所から血を流す君を見つけた。君が僕を守ってくれたんだね」


 あの瞬間、私は念のため準備していた第八階位神聖魔法【健やかなる代償】を発動し、クレア様の代わりに私が傷を受けた。そうしないとクレア様が死んでいたから。

 元はといえば支援魔法が切れたのが原因だから、私が身代わりになるのは当然だ。


「私は貰った報酬分の仕事をしただけですよ」

「……君はあくまで、僕たちは仕事上の関係だというんだね」


 当然だ。私なんかが勇者パーティーに入ってしまったら、勇者パーティーの格が下がる。勇者パーティーは人類の希望でなければならない。


「そうか、わかったよ」


 クレア様は空間魔法で別空間から袋を取り出す。それを私の前に置く。中身は金貨だ。袋一杯の金貨だ。これだけあれば、一〇年は遊んで暮らせる。


「魔王は倒した。しかし、魔王軍の残党はまだ各地で暴れている。僕達はそれを殲滅しなければならない」


 クレア様はさらにもう一袋の金貨を取り出す。


「賢者リオン、君に依頼を出す。依頼内容は魔王軍残党殲滅の手伝い。報酬は金貨二〇〇枚だ」


 立ち上がったクレア様は私に手を差し出す。


「リオン、僕達と共に世界中を回り、魔王軍を殲滅しよう」


 クレア様は紛れもない勇者様だ。こうして多くの人を救い、導いてきたのだろう。この手を取れば私は引きこもりを脱却し、本当の勇者様の仲間になるのだろう。


 立ち上がり、太陽を背負うクレア様を真っ直ぐ見つめる。








「テレワークでお願いします」

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魔王討伐はリモートで~引きこもり賢者はテレワークを希望します~ 結城ヒカゲ @hikage428

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