第七話 こわい顔
第七話 こわい顔
「それじゃあ明日、映画デートしよ!」
勝負に負けた俺は日花里に命令を下される。
「まぁ、そんくらいなら…」
「もちろん虹野くんの奢りね。」
映画デート。
それだけならいい。いや、周りの視線が痛いから、しないに越したことはないが…
それよりマズいのは『奢り』ということだ。
俺の家は毎月、月始めにお小遣いを貰えるのだが、残念ながら今は月末。
月始めには丸々と太っていた我が愛しの財布は、今や見る影もなく痩せ細ってしまった。
まぁ、簡単に言えば金欠だ。
「あのぉ、河井さん?今月はマジで財布がヤバいんですよ。」
俺は恥を捨て、上目遣いで訴える。
「え?そうなの?じゃあ、来月でもいいよ。」
映画デート中止を望んでいた俺は肩を落とす。
どうやら彼女の中に『中止』の言葉はなく、俺の財布はしばらく肥えることはないらしい。
「あ、はい。そうさせてもらいます…」
そして次の月の土曜日。
11月になり寒さが目立って来た頃、俺は近所の映画館にて1人の少女を待っていた。
「へっくしゅん!」
家からここまで、そこまでの距離があるわけではないが、万が一遅刻しそうになるのを防ぐため待ち合わせより早く来ていたのだ。
そのせいで身体が冷え、そこそこ大きめのくしゃみが出る。
そんなこんなで待っていると
「おまたせー。」
と俺が待っていた少女、河井日花里がやってきた。
しかも彼女は気合いが入っていて、おしゃれな服に加え綺麗に編まれた髪、整った顔を包み込む薄いメイクと周囲の人が男女問わず2度見3度見してしまうほどの美しさであった。
「そこまで待ってないよ。」
待ってはいたが、これは映画デート。そう『デート』なのだ。
デートの待ち合わせで男が「待ったよ」なんて言った日には存在を抹消される。なんでわかるかって?俺だったらそうするから。
「そっか、ありがと。」
日花里の笑顔が眩しい。
これ、映画終わるまで耐えられるか?
おいおい、俺の心臓よ。何を興奮しているんだ。落ち着きたまえ。
「は、早く中に入ろ。」
俺が自分の心臓と葛藤していると、日花里が腕を引っ張り映画館へ向かう。
(なんか今日は積極的だなぁ…)
俺はそんなことを考えつつ2人分のチッケトとポップコーン、ソフトドリンクを買い、劇場へと進む。
やがて部屋全体が暗くなり、サイレンとカメラの映像が流れ始めた。
〈河井日花里視点〉
時は少し遡る。
私は虹野くんと映画デートの約束をした日からウキウキだった。
『映画ならこれがおすすめかなぁ。』
[そうなんですか?]
現在、私は推香さんとメッセージでやり取りしていた。
私にとって推香さんは恋敵であるが、それと同時に親友のような存在である。
『この映画を男女で見ると、幸せになるって噂もあるらしいし。』
その文面に私は
[いいんですか?私に教えちゃって。]
と問うが
『いいのいいの。私は日花里ちゃんよりも拓夫ちゃんとの関係が長いから。』
推香さんは余裕な様子。
(むぅ〜。なんとかして、このデートで距離を縮めないと…)
私は美少女だ。
自分で言うなという話だが、ファンクラブが存在していて、告白だって何回もされている。なぜか私に告白した人が翌日ボロボロになっていたが、そこは問題ではない。ナンパだって何度か経験している。
そこまでされれば嫌でも自覚する。
だが、美少女が故にアプローチの仕方がわからない。
今までアプローチされる経験はあっても、した経験はない。
あとは【初恋】というのも大きいだろう。
そんなわけで恋愛素人の私はラノベを開く。
ラブコメというのは実にいい。
恋愛における1〜10を楽しく学べるのだ。
しかも好都合なのが、大概のラブコメの主人公が男ということ。
私の知らない男の子の心情というのを知ることができる。
そうして恋愛のお勉強をしていると、気づけばデート当日になっていた。
時の流れとは早いものである。
私はありとあらゆる知識を頭に詰め込みデートに臨む。
イラストレーターの方には感謝だ。センスの良い服を素晴らしいイラストを通して教えてくれる。
待ち合わせ場所に行く途中、色んな人の視線が集まるのを感じる。
今までの人生から人に見られることに慣れていると思っていたが、いつもより多いその視線に私は少しだけ恥ずかしくなる。
「へっくしゅん!」
私が待ち合わせ場所に着くと、そこにくしゃみをする虹野くんが見えた。
「おまたせー。」
「そこまで待ってないよ。」
私が声を掛けると、彼は当然のように言う。
くしゃみをしてたことから察するに、絶対に待ってはいただろう。
そんなさり気ない気遣いをしてくれる虹野くんに、私の心臓は鼓動を早くする。
「そっか、ありがと。」
私はお礼を口にしたものの、すぐに恥ずかしくなり虹野くんの腕を引っ張り映画館へと歩を進める。
「は、早く中に入ろ。」
〈虹野拓夫視点〉
薄暗い部屋の中、映画の予告編などが終わりようやく本編が始まろうとした時、ポップコーンへと伸ばした手が重なった。
右隣を見てみると、そこには照れた顔の…
「あ、すみせん、間違えました。」
強面のおっさんがいた。
いや、なんでだよ。普通は日花里だろ。
照れた表情で謝る強面のおっさん。
薄暗い部屋のせいもあってか、超怖い。
あと、照れた顔のおっさんの絵面、誰得だよ!
「いえ、大丈夫です。」
俺はとりあえずそう返し、スクリーンに視線を移す。
この映画はラブコメだ。
ストーリーは、とあるオタクな男の子がナンパから美少女のヒロインを救う。彼女は主人公に告白するが、答えはNO。
挙げ句の果てには「ナンパ避けのために告白してんだろ?」と言う主人公。
なんて最低な主人公なんだろう。
そう思ったが、この主人公は中々いい趣味をしている。
推しは天真爛漫な金髪ロングの幼女「まりーごーるどちゃん」。彼女は我が最推し「ヒマワリちゃん」とよく似ている。
さらに主人公はとある悲しい過去を抱えていて、ヒロインを振ったのにもしっかり理由があった。
作品の中で主人公とヒロインは罰ゲームを賭けてゲームをしたり、恋敵となるお姉さんが登場したりと、かなり盛りだくさんな内容。
映画も最終局面、俺は思い出したかの様に左手をポップコーンへ伸ばす。
「ふぇっ!」
また手が重なる感覚があり、かわいらしい声が小さく響く。
おいおい、おっさん。またポップコーン間違えてますぜ。しかも強面のくせしてかわいい声出してんじゃ…
俺はポップコーンの方へ視線を移す。
そこには先程の強面からは想像できない、白く綺麗な手が。さらに腕を通りおっさんの面を拝む。
「・・・!?!?」
俺は目を見張る。
隣の強面が美少女になっていた件。なんてタイトルを付けるべきか、そこには赤面した日花里が目を回している姿が…
右隣を見れば先程のおっさんが映画のヒロインに悶えている。やめろ、誰も得しないから。
「す、すまん。間違えた。」
「う、うん。き、きき、気にしないで。」
俺はサッと手を引っ込めて、次こそ自分のドリンクを掴み中身を体内へ勢いよく流し込む。
炭酸が喉を刺激し、咳が出そうになるが何とか堪える。
「・・・。」
内容が入ってこない。
心臓が激しく鼓動を打ち、その音が耳を支配する。
視界に入る映像は、感覚神経から脳に届いても、脳が処理をしないのでただの背景と化している。
なんでこんなにドキドキしているのだろう。
確かに日花里は美少女で、これはデートだ。
しかし、俺は彼女に恋愛感情なんて抱いていない。
ドキドキなんてするわけないのに、なのに…心臓の鼓動は落ち着くどころか更に勢いを増していく。
「終わっちゃったね。」
日花里の声が耳に入った。
気が付けば部屋全体は照明で明るく照らされ、次々と場内の席が空いていく。
「あ、ああ。」
俺は立ち上がり、余ったポップコーンとコーラを一気に胃へ流し込む。
「次、どこか行きたいところあるか?」
少し落ち着いたので、日花里に問う。
「うーん、カラオケって気分じゃないし…」
悩みながら呟く日花里。
友達とのお出かけでカラオケが真っ先に思い浮かぶあたり、日花里は本当に陽キャだ。
「ゲームセンターなんてどう?」
悩んだ末に導き出された結論。
おそらく俺も楽しめるものをチョイスしたのだろう。
そんなところに俺の心は密かに動く。だが、その気持ちを今の俺は知らない。
「いいね。あ、でも勝負とかはしないからな。」
「ふふ、負けるのが怖いんだぁ…」
「おっとその手には乗らんぞ。」
小悪魔的な笑みを浮かべる彼女に俺は笑いながら言う。
軽く雑談しながら歩いているとゲーセンへ到着した。
「うん、いかにもゲームセンターって感じだね。」
「あれ?ここのゲーセン来たことなかったのか?」
目を輝かせながら、様々なゲームの台を見渡す日花里に尋ねる。
「ここっていうか、ゲームセンター自体が始めてだよ。」
意外である。日花里はゲームが上手い。だからゲーセンは常連とまではいかなくても、それなりに行ってると思っていた。
「そうなのか。じゃあ、まずあれからやろ。」
この前、日花里と何かを賭けてゲームをするのは止めると誓った気がする。撤回しよう。
今日俺は日花里に勝って、ボロボロになったゲーマー魂に癒やしを与えるんだ!
俺の指差す方向にあるのは太鼓を使ったリズムゲームである。
自慢ではないが俺は『おに』の裏をフルコンした経験が何度かある。
それこそゲーセンに始めて来た小娘に敗ける俺じゃない。
「そうだな、ジュースでも賭けて勝負するか?」
「え、いいの?さっきまで勝負しない!って言ってたのに…」
「いいの、いいの。」
多分、今の俺の顔は俺史上最高に悪い顔をしているだろう。
「なーんか怪しいな〜。まぁ、いいや。」
ジト目で俺を見る日花里だが、気にしないことにしたらしい。てくてくと太鼓のところへ歩いて行く。
俺もその後に続き、100円硬貨を2枚投入する。
そして日花里が曲を選択し、ゲームが始まる。
難易度は勝負を公平にするために日花里の選択した難易度、『むずかしい』に統一してある。
一回戦目は両者全良で引き分け、次は『むずかしい』から右に10回叩いて『おに』出現させる。
二回戦目も両者全良で引き分け。
おかしい。全良を取るだけならまだわかる。だが連打数まで同じとはどういうことだ…
最後の三回戦目、俺は更に右へ10回叩くことで『おに』の裏を選択する。
俺は悪くない。俺に本気を出させたのがいけないんだ。
汚い、卑怯と罵るがいい。それでも俺はこの勝負に勝つ。何が何でも勝ってみせるのだ。
「河井、俺とここまで渡り合えたことは褒めてやろう。だがこれでおしまいだ!」
その言葉と同時にゲームが始まる。
少し先の譜面を見ながらタイミングを合わせて太鼓を叩く。
叩く、叩く、叩く。ひたすら叩く。
「ッ!」
ミスった。コンボは途切れていないが1つ可が出てしまった。
(いや、まだ負けてない。連打で勝てば一回の可くらい覆せる。)
俺は連打を待った。
そして連打が来たその時、俺は今まで以上に集中して連打を繰り出す。使える技を全て使い打ち続ける。
そして曲が終了して、スコアが表示された。
「や、やったー!」
喜びの声が広がる。
かわいらしい声。思わず振り返ってしまうような透き通った声。
負けた。俺は負けたのだ…
「虹野くん、ジュースありがとね。」
俺は額の汗を拭いながら再度誓う。
もう二度と勝負しない。
「はいはい。自販機で買ってくるけど何がいい?」
「うーん、りんご味かぶどう味のやつで。」
「おっけー。」
だが負けてしまったものは仕方ない。
俺は着々と痩せていく財布を片手に自販機へと向かっていくのだった。
〈河井日花里視点〉
虹野くんが財布を片手に自販機へと歩いていく。
その間特にやることもないので、壁にもたれかかりながスマホをいじる。
「ねぇねぇ、そこの君。」
「良かったらお兄さんたちと遊ばない?」
そこに見知らぬチャラそうな大学生辺りの男2人がやってきた。
「友達と来てるので結構です。」
私はチラッと2人を見て、断りを入れる。
「まぁまぁ、そんな遠慮しないで。」
「ちょっとだけ、ね?ちょっとだけだから。」
しかし今回の2人はしつこいタイプのナンパだ。
話しながら少しずつ近づいてくる2人。
その距離はどんどんと狭くなっていき、気づけば私は壁と男達に囲まれていた。
ダンッと1人が壁に手を置く。
「大丈夫。変なことはしないから。」
「仲良くしよーよ。」
圧が凄い。
私は若干の恐怖を感じる。断ろうにも、言葉が喉に突っかかる。
(虹野くんっ!…)
私は心の中でその名前を呼ぶ。
「あんたら何やってんの?」
耳に入るその声に私の心は大きく鳴る。
「その子、俺の連れなんだけど。」
だがその姿を見た時、私は今までとは違う感情を抱く。
そこにいる男の子は私の知る男の子ではない。
「は?うるせ…」
「んだよ、邪魔すん…」
不機嫌そうに振り向く2人が固まる。
私の目に映るのは確かに虹野くん。虹野拓夫という人間だ。
だが纏う雰囲気がまるで別人。
『怖い』ではなく『恐い』。本能でわかってしまう。
今の彼は危険だと。
〈虹野拓夫視点〉
自販機の前に来た俺は財布から500と書かれた硬貨を投入口に入れる。
その瞬間、ジュースの下のボタンが青く光る。
目当てのジュースをダブルクリック。2本のりんごジュースがガタンと落ちてきた。
それらを取り、お釣りを財布にしまうと、俺は日花里の下へ急ぎ足で戻る。
「仲良くしよーよ。」
そこで目に入ったのは日花里にナンパする男2人の姿。
それだけならただ追い払うだけでよかった。
(あぁ、ダメだ…また、同じ過ちを繰り返してしまうのか…)
さらに映るは助けを求めるような日花里の姿。
俺の中で何がプツンと音を立てて切れた。
「その子、俺の連れなんだけど。」
今まで抑えてきたこの感情。
俺は大切な存在を傷つけられるのが嫌いだ。昔からそうだった。
だがそれのせいで俺は、自分で大切な人を傷つけた。
だからそれ以来俺は、深く人と関わることを拒絶した。
それでも俺に寄り添ってくれる両親はもちろん、邦夫や推香さん、日花里には感謝している。
だから、だから今度は傷つけないようにと思っていたのに。
「・・・」
俺は振り向く男達に鋭い視線を向け
「失せろ。」
と呟いた。
次回へ続く
二次元オタクの俺が噂の美少女に惚れられた?!?! 壱ノ神 @1novel
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