第四話 初めての出会い

第四話 初めての出会い

 それは俺が中学生2年生の頃。

 俺は邦夫に貰ったライブのチケットを使い、ライブにいていた。

 その頃の俺はオタクとはかけ離れた存在だった。

 頭はいい方でスポーツもできた。自分で言うのもあれだが、彼女の1人や2人いても不思議ではなかったと思う。

 俺は当時、とある出来事をきっかけに精神的に病んでいた。

 今回ライブに来たのも、邦夫がどうしてもと言うので仕方なくだ。

「いやー、楽しみでござる。」

「今回は新曲の発表があるって聞いたので、夜も眠れなかったでござる!」

 会場は楽しそうな様子で話し合うオタクであふれていた。

 俺はそんな様子を横目にため息を吐いていた。

(はぁ、なんで俺がこんなとこに…)

 俺がそんなことを思っていると

「どうしたの君?」

スタイルのいいお姉さんが声をかけてきた。

「え?えっと貴方は?」

 俺が尋ねると

「ふっ、別に名乗るほどの者ではないさ。神木推香よ。よろしく。」

と返ってきた。

「いや、ガッツリ名乗ってるじゃないですか…」

 俺が多少困惑しつつ、つっこむと

「はは、君のつっこみ嫌いじゃないよ。」

と背中を叩かれる。

「どうだい?私と一緒に愛を叫ばないか?」

 それが俺と推香さん、いや神木氏との出会いだった。


 そして現在。

「それで、その人誰?」

 とりあえず本の会計を済ませ、カフェまで移動してきた俺達3人だが、俺は現在日花里に質問されていた。

「えっと、この人は神木推香さん。俺の…」

「彼女でーす。」

 俺が日花里に説明していると、横から推香さんが爆弾発言をした。

「は??」

 その言葉に日花里は目の光を失くし、低い声で尋ねてくる。

「虹野くん、それ本当なの?私という存在がありながら?」

「いや、違う違う。推香さん、めんどくさくなる発言やめてくれます?」

「ごめん、ごめん。」

 俺は慌てて否定する。

「この人は推し活仲間だって。てか、俺が浮気したみたいな言い方やめよ。」

 俺が弁明すると

「え、そうだったの?」

と彼女は目に光を戻し言う。

「あぁ。付き合ったりは断じてしてない。」

 俺はそう言って、やっと落ち着いたと思ったのだが

「まあ、私と拓夫ちゃんは一緒に裸を見た関係だけどね。」

「は?は、裸って…え?」

またしても、推香さんの爆弾発言によって面倒臭いことのなる。

「推香さん…紛らわしいこと言わないでください。ただアニメ鑑賞会してたら、入浴シーンがあっただけじゃないですか…」

 俺が言うと

「そ、そーゆーことか…てっきり虹野くんが、神木さんの大きな胸を舐め回すように見る変態なのかと…」

そんな失礼なことを言われる。

「ははっ!そんな訳ないじゃん。私がシャツ1枚でいるときにも、すぐに下を履かせようとするチキンくんだよ?」

 そんな日花里を見た神木さんが笑って言う。

「神木さん。マジで紛らわしい発言辞めてください。」

 その発言にイラッときた俺は、拳を固く握りながら言う。

「おぉ、怖い。冗談じゃないか、本気にすんなって。」

「はぁ、本当に推香さんは…」

 本当にこの人、悪い人ではないのだが話していると疲れる。元気を吸い込むブラックホールか何かではないかと思うくらいには…

「あ、今面倒くさい人だと思ったでしょ。全く…」

 俺がため息を吐くと、推香さんは頬を膨らませて言う。

「あ、そうだ。拓夫ちゃん、少し日花里ちゃんと話したいから席を外してもらえる?」

「え、あ、はい。」

 推香さんの突然の言葉に俺は頷く。

「話し終わったら連絡するから、これで好きな物買っといていいよ。」

 それから推香さんは流れるように財布から1万円札を取り出し、俺に握らせる。

(まぁ、推香さんなら大丈夫だろ、多分…)

 俺はそう考えてカフェを後にするのだった。


〈河井日花里視点〉

「これで好きな物買っといていいよ。」

 目の前の女性、神木推香さんはそう言って虹野くんにお金を渡す。

 それから、カフェを後にする虹野くんが見えなくなるのを確認した神木さんは口を開く。

「日花里ちゃんって拓夫ちゃんのこと好きなの?もちろん恋愛感情の方ね。」

「へ?」

 あまりに唐突な質問に私の脳は一瞬固まる。

「なんで突然そんな…」

「そりゃあ、恋敵になりそうな人は把握しておかないとだもの。」

 私が聞こうとすると、彼女は質問を言い終わる前にその答えを出してくれた。

「ということは、神木さんも…」

「うん、私は拓夫ちゃんが異性として好きだよ。あ、あと推香って呼んでくれていいよ。」

 その言葉を聞いた瞬間、私は固まった。

 私には彼女に到底勝てない物があるからだ。知り合ってからの年月?同じ趣味?そんなものではない。もっと単純で、しかし簡単には覆らないもの。そう『胸』だ。

 私の胸は極端に小さい訳ではないが平均より小さい。それに比べ、推香さんの胸は誰がどう見ようと巨乳の部類に入る。

「あ、日花里ちゃん?1つ言っておくと拓夫ちゃんは、小さい胸の方が好みらしいから、勝負はそこじゃないよ。」

 私が脳内で敗北を感じていると、それを察した推香さんに慰められる。

 私は、自分の胸が小さいことを気遣われたことに悔しさを覚えた。

「拓夫ちゃんってスポーツできて、頑張れば勉強もちゃんとできる。何より娯楽の知識が豊富だから一緒にいて楽しい。そんな完璧人間なのに、鈍感なのよねー。」

 そんな私をよそに推香さんは言葉を零す。

「日花里ちゃんも苦労するでしょ。だってアピールしても全然気づいてくれないんだもん。」

 「ねぇ?」と推香さんは同意を求める。

「いや、あの…私、一応告白して振られた身なんですよね。」

 だが、私はそれに同意しかねる。

 まぁ、虹野くんが鈍感なのはわからんでもないが。

「え?マジで…拓夫ちゃん、日花里ちゃんの好意に気づいてて、あの接し方?」

 私の言葉を聞いた推香さんはなぜかご立腹だった…

「というか、振られたのに諦めずにアタックし続けるって、すごいわね。」

かと思ったら感心された。

「あ、ありがとうございます?」

 私はよくわからないが、とりあえず感謝を述べる。

「そういえば虹野くんと推香さんって仲がいいんですね。」

「え?そ、そそそ、そうかなぁ〜。」

 私が言うと、推香さんは極端に照れる。

「ま、ままま、まぁ?それなりに付き合いも長いし?」

 そんな姿を見ていると、私は少しいたずらをしたくなった。

「でも、アピールしても全然気づいてもらえないと?」

「うぅ…そ、そうなのよ…なんで気づいてくれないのよ!拓夫ちゃんのバカー!」

 私がからかうと、推香さんは机に突っ伏して泣き出す。

「ちょ、泣くことないじゃないですか!」

 私が慌てていると

「ふふ、冗談冗談。からかおうとしたお返しよ。」

といたずらな笑顔を浮かべながら、彼女は言う。


〈虹野拓夫視点〉

 俺がカフェを出て約1時間、俺は服屋にて頭を悩ませていた。

「うーん。こっちのジャージもいいなー。」

 そう、部屋着を探しているのだ。

 部屋着に求めるのは、着心地と落ち着く色だ。

 正直、誰かに見せるわけでもないのでデザインなどはどうでもよい。

 普段は課金やイベントなどで常時金欠なので服を買いに来ることはないのだが、今日は奇跡的にお金が手に入った。

 今悩んでいるのは、黒にシルバーのラインが入ったジャージか、サイズのだいぶ大きいTシャツどっちを買うかだ。

 1万円あれば両方を買うこともできるが、残念ながら手元にはもう1万円はない。

 代わりに俺の手にはグッズの入った紙袋が握られている。

 最初の方は服を何着か買うつもりだったのだが、服屋へ向かう途中でグッズショップを見つけてしまい、気づいた頃には1枚の紙は一回り小さい紙が4枚とコイン数枚になってしまった。

 ちなみにだが、ジャージが3800円でTシャツが3300円だ。

 俺が悩みに悩んでいると、俺のポケットから電話の着信音がなる。俺はポケットからスマホを取り出し、電話に出た。

『あ、拓夫ちゃん。こっちの用は済んだから、もう戻ってきていいよ。』

「はーい。じゃあ、ぱぱっと会計済ませて戻ります。」

 俺が言うと電話は終了した。

 俺は服を交互に見て、「ど、ち、ら、に、し、よ、う、か、な」とする。結果はTシャツで、俺は速やかに会計を済ませる。

 それから服屋を出た俺は、まっすぐカフェへ向かう。

 俺が到着して最初に目に入ったのは、推香さんが自身のスマホ画面を日花里に見せ、日花里が赤面している様子だった。

「推香さん、何してるんですか…」

 俺が呆れながら聞くと

「ん?拓夫ちゃんと共通の趣味がほしいって言うから、拓夫ちゃんの好きそうな画像を提供してあげてたの。」

と悪びれずに言う。

「ちょっと見せてください。」

 俺はため息を吐きながら推香さんのスマホを取る。

「おぉ、これは興味深…じゃなくて、なんつー物を見せてるんですか…」

 そこには女性同士が仲良く抱き合っている、なんとも微笑ましい画像が映し出されていた。

 だが、これは本当に同じ趣味を持つ人にしかわからないシチュエーションで、日花里にはハードルが高い。

「まさか推香さんの趣味の方も見せたりしたんですか?」

 俺が尋ねると

「ん?薔薇ばらのこと?それなら『まだ』見せてないわよ。」

と推香さんは親指を立てて答える。

「まだじゃないんですよ。河井に同性愛は早いです。最初は幼女とかヤンデレから入ってだんだんと…」

 俺が言っていると

「虹野くん…私、目覚めたかも…」

「え?」

日花里が呟く。

「なんか、こう…心の奥から込み上げてくる物があるっていうか…」

(あ、これは手遅れだ…)

 俺が言うのもあれだが、百合ゆりに目覚めるのは色々とヤバい…

 もちろん仲間が増えることはいいことなのだが、弊害が多いのだ。

「河井、お前の好みにどうこう言うつもりはない。だけど、俺や推香さん、邦夫以外には絶対に言うな?」

 俺は日花里に忠告をする。

「ん?わかった。」

 日花里は意味がわからないと首を傾げながら、了承する。

「そういえば、推香さんと河井すごく仲良くなってますけど、なんかあったんですか?」

 俺が尋ねると、推香さんと日花里は顔を見合わせフフッと笑ったあと

「「ナイショ!」」

と言うのだった。


 それから時間が経ち、俺は既に自宅へ帰っていた。

 現在、俺はスマホの画面に素早く指を滑らせている。

 邦夫に連絡をしているのだ。

[今日、河井と本屋行ってたら推香さんに会ったよ。]

 俺が送信をして数分が経過しメッセージに既読が付いた。

 それから数十秒

『は?お前、ずりぃぞ!なんで俺を誘わねぇんだよ!』

と怒っているキャラクターのスタンプとともに返信される。

 ちなみに、邦夫は推香さんに恋心を抱いている。

 一部の人には「推しがいるのに浮気じゃない?」とか言う人がいるが、俺や拓夫、推香さんはガチ恋勢ではないので浮気にはならないのだ。

 話は戻るが、邦夫は推香さんに恋心を抱いている。だが、推香さんは違う。なので完璧な片想いだ。

 なぜそんなことが言えるかって?それは邦夫には秘密に、さり気なく尋ねてみたのだ。

 俺が

「推香さんって好きな人いるんですか?」

と聞くと、彼女は顔を赤く染めながら

「い、いないよ?なんで?」

と答えた。

 正直、顔を赤くする意味がわからないが、恋バナの類が苦手なのだと解釈し自己解決した。

 そんな感じで、邦夫はチャンスがあると思っているのだが、実際はチャンスなんてミジンコほどもない片想いなのだ。

[いや、推香さんがユーカちゃんとデートしてるところに、たまたま会っただけだから…]

 俺が説明すると

『それはそうと、河井さんと随分仲良くなったな。』

と邦夫は話題を変える。

『もう、あれから結構経ったし、河井さんと付き合えば何かが変わるんじゃないか?』

 その文面を見た俺はスマホを置き、呟く。

「俺にそんなこと出来るわけない。する資格すらない…」

 俺は過去の出来事を思い出し、とてつもない後悔とともに明日へと進むのだった。


〈河井日花里視点〉

「まさか、あんな手強そうなライバルがいるなんて…」

 私は自室にてベッドで寝転がりながら呟く。

「それにしても百合か…正直、前から特殊な趣味を持っているとは思ってたけど、虹野くんにこーゆー趣味もあったとは。」

 私は推香さんに送ってもらったら画像を眺めながら言う。

「はぁ、虹野くんを落とすのには骨が折れそうだな…」

 私は、ベッドに置いてあるウサギのぬいぐるみを抱きしめながら呟いた。

 私が虹野くんのことを考えていると、ピロンとスマホから通知音が鳴る。推香さんからだ。

『私、実は絵描きをやってるんだけど良かったら。もちろん拓夫ちゃん達にはナイショだよ。』

 そんな文面と一緒にイラストが送られてきた。

 文からして、推香さんが描いた物だろう。

「ブーーッ」

 私はそのイラストを見ると同時に吹いてしまう。

 そのイラストは女性2人がお風呂で仲良くしている至って健全なイラストだ。だが、問題はそこではない。

 片方の女性、それは湯船に浸かり幸せそうな顔をしている。そしてそれは、どことなく私に似ている。

 もう片方の女性、それはシャンプーで髪を洗っている。こちらは、なんと虹野くんにそっくりなのだ。

[な、なんてイラスト描いてるんですか!]

 私はすぐにメッセージを返す。

 だが、それは文面だけだ。私の視線は虹野くん似の女性に釘付けで、鼻からは血が垂れている。

 昼間に私が言った百合への感想は決して嘘ではない。そして、もちろん虹野くんへ対する気持ちも本物だ。

 なので、このイラストは破壊力抜群で、大変よろしくない。

「と、とりあえず保存しとかないと…」

 私は鼻血を止めつつ、イラストを保存する。

 この後、私が推香さんの影響で虹野くんを超える百合好きになったことはまた別の話である。

次回に続く

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