第三話 乙女の勝負

第三話 乙女の勝負

「虹野くんって運動とかしてるの?」

 授業が終わり、俺が帰りの仕度をしていると河井日花里が声を掛けてきた。

「どうした?いきなり。」

 俺が小首を傾げ聞き返すと

「いや、昨日走って追いかけたとき、虹野くんものすごいスピードで走っていってたから何か運動してるのかなーと…」

と返事が返ってくる。

「まぁ、毎日軽く筋トレはしてるけど…」

「へー、想像できないなー。」

「俺のイメージって、ヒキニートのゲーム廃人?」

 俺が日花里の質問に答えると、何とも失礼なことを言われる。

 俺が自虐しながら問うと

「そ、そんなことないよ多分…」

 日花里は目をそらしながら否定する。

 それを見た俺は肩を落とし、ため息をつく。

「てか、河井は運動してるのか?」

 俺がやり返すかの様に問うと

「うん。私、テニス部だしね。」

と返される。

 俺はテニスをする彼女の姿を想像してしまう。俺の膨大なアニメ知識のせいかポニーテールでTシャツ、スコート姿の彼女が脳内再生されてしまった。

 ちなみに、すごく似合っている。

 俺が言葉を失っていると

「そんなに意外?」

と聞いてくる日花里。

 俺は「いや、案外想像つく。」と返事をして、脳内のテニスをするポニテ日花里を振り払う。

「そうだ!今週の土曜日って予定ある?」

「あぁ、溜まってるアニメを一気見する予定だが…」

「そっか。じゃあ暇ってことね。今週の土曜はテニスの大会あるんだけど…」

「ちょっと待てよ。俺、予定あるって言ってるよね?」

 俺は日花里の質問に答えるが、日花里は俺の返答を無視して話を進める。

「え?アニメとか言ってたし暇なのかなーと。」

 俺が日花里に言うと、信じられない言葉が耳に入った。

(アニメ見てるから暇?んなわけないだろ!)

 俺が目を大きく開き、そんなことを心中で呟いていると

「それで、大会見に来てくれる?」

と日花里が上目で俺を見つめながら聞いてくる。

「なんでだよ…応援なら河井日花里ファンクラブの奴らだけで十分だろ。」

「え?あの人達は他の人の迷惑になるから立ち入り禁止なんだよ。」

 俺がため息をつきながら言うと、日花里がきょとんとしながら言う。

 今朝、実際に迷惑をかけられた俺はその意味を瞬時に理解した。だが、自分の推しに迷惑と言われるのは、推しを持つ者として少し同情する。

「まぁ、とりあえず俺は忙しいんだ。すまんな。」

 俺が言うと日花里は

「うー、わかった。小説何冊か買ってあげるから。だから、見に来て。」

と俺に提案してくる。

 俺はバイト代やお小遣いなどをこの前のイベントに使い切ってしまい、金欠状態だ。

 そんな俺に、この申し出はありがたい。

「何冊くらい?」

 俺が聞くと

「何冊がいいの?」

と質問で返される。

 俺はしばし悩んだあと

「5冊いいか?」

と聞く。すると

「いいよ。ただしちゃんと応援してくれるならね。」

と言われる。

 契約成立だ。

 それから俺は時間や大会の会場などを聞き、日花里と分かれ家にへと帰るのだった。


〜土曜日〜

 今日は大会当日だ。

 天気は快晴。開催場所は屋外なので、晴れていて良かった。

 今日は休日なので、俺は私服だ。

 オタクと言えばジャージというイメージが強いが、俺の私服はワンポイントのシャツにジーパンという普通の格好だ。

 開催場所までは普通バスで行く距離なのだが、俺は金欠のため自転車だ。なので俺は大会の開始時間よりずっと前に家を後にする。

「それにしても、応援って何をすればいいんだ?俺はドルオタじゃないからペンライトは持ってても、オタ芸は踊れないぞ…」

 俺はそんな愚痴を零しながら自転車をこぐ。

 今の季節は秋で暑くはないのだが日が直接当たるので、じんわりと汗をかく。

 それからも俺は自転車をこぎ続け、なんとか開始時間10分前には会場に到着していた。

 会場と言っても、そこまで大きいわけでは無い。テニスコートが1〜2mくらいの間隔をあけて4面と、選手用のベンチ、応援用に少しスペースが取られてるくらいだ。

 俺が会場に入ろうとすると、ピンク色の応援服を着た河井日花里ファンクラブがいた。なんで河井日花里ファンクラブだとわかったかって?それは背中にあるハートの中に『河井日花里』と書いてあったからだ。

 俺がそいつを見ていると、俺とそいつの目が合いそいつは「ひっ」と声を上げて逃げていった。

 おそらく、この前学校で絡んできた奴らの一人だろう。

「虹野くん!こっちこっち。」

 俺がそいつを見送っていると、俺を呼ぶ声がした。

 俺が声のした方を向くと、ジャージ姿の日花里がいた。

「おぉ、今行く。」

 俺はそう言って日花里の方へ走る。

「シャツにスコートじゃないんだな…」

 そして俺は日花里のもとへ着くやいなや言葉を零す。

「だって色々恥ずかしいもん。」

 日花里は少し顔を赤くして言う。

「他校の男子からはいやらしい目で見られるし、女子からは睨まれるしで…」

「へー、可愛くても苦労するんだな。」

 日花里の軽い愚痴を聞いた俺は率直な感想を述べる。

「か、かわいい?へ?それって…」

 すると顔を真っ赤にした日花里がボソボソと何かを呟く。

 これはまさか、恋愛漫画の王道!『鈍感主人公が無自覚でヒロインのことを褒め、ヒロインが照れる』あれじゃないか。

(・・・つまり俺は今、日花里がこんなになる様なことを言ったってこと?)

 俺はしばし考えるが、なかなか思いつかない…なんてことはない。俺は鈍感系主人公ではないし、なんならその手の作品は一通り見てるので、自分の発言の愚かさを理解していた。

「深い意味はないから勘違いするな。いや、勘違いではないんだが…」

 俺が多少焦りつつ日花里に言うが、その言葉は届いていないらしい。

 仕方なく肩に手を置くと

「ひゃっ!」

と変な声を出される。

 人が多いわけではないが、いないわけでもないので周りからの視線が気になる。

「おい、変な声出すなよ…」

 俺が言うと、日花里は手で口を押さえる。

「てか、時間大丈夫か?」

 俺がスマホの時計を確認しながら言うと

「あ、そろそろ戻らないと。応援席はあっち側だから。じゃあ、しっかり応援してね。」

 日花里は俺に自身の順番を教えたあと、走って選手用ベンチへ戻る。

「しゃあねぇ。いっちょ本気だすか。」

 俺は日花里を見送ったあと、リュックを漁りペンライトを4本取り出す。

 俺は応援席まで歩きリュックを置く。

 普段スポーツ観戦をしたりしないのだが、実に面白い。

 プロ選手同士の試合には劣るが、さすが高校の部活の大会。レベルは高い。

 今はうちの高校は出ていない。

 そして、試合が終わり遂に日花里の番になった。

「スーっ、河井ガンバレーー!」

 俺は先程出したペンライトを両手の人差し指と中指、中指と薬指の間に挟み、それを前に勢いよく振りかざす。

 ドルオタ程ではないが、音楽イベントのアニソン部門ではそれなりにコールしているため、それなりに大きな声を出すことができる。

「いけー!打てー!おっし、ナイス!」

 俺が声を張り上げながら応援していると

「ちょっと、目立ち過ぎだって…審判、タイム。」

 日花里は試合を中断して、俺のもとへ寄ってくる。

「恥ずかしいんだけど…まず、そのペンライトは何!」

 そして顔を赤くしながら俺に問いただす。

「応援の必需品。」

「なんで、あんなに大きな声出してんのよ!」

「俺の気持ちと、ファンサを貰うときの癖で…」

「はぁ、取り敢えずペンライトは没収。予備とかあるならそれも。」

 日花里に言われたので、俺は手に持っているペンライトとリュックにある残りのペンライト16本を渡す。

「あと、声はもう少し控えめに。さっきの半分くらいでいいから。」

 これでも控えめな応援だったのだが、注意されては仕方ない。

 ちなみにいつもの応援は、はっぴにハチマキ、ペンライトを3本づつ計6本、リュックには現金を大量に入れ、コールは「ガンバレ!」ではなく「愛してる!こっち向いてー!」だ。

 応援席に戻った俺はペンライトを持たず、すごく控えめの声の大きさで応援するのだった。


「いやー、疲れたー。」

 大会が終わったので俺と日花里は雑談をしていた。

 ちなみに日花里の順位は、約500人中130位だった。

「お疲れ。河井って結構テニス上手いんだな。」

 俺が言うと、日花里は照れながら

「えへへ、ありがとう。」

と言う。

 テニスのルールすら知らない俺でも、日花里が上手なことくらいはわかった。

 まぁ、これからもスポーツ観戦をするかと言われたらしないだろう。やはりアニメや漫画、小説が大切だ。

「そういえば、小説いつ買いに行く?」

 日花里が尋ねてくる。

「いつでもいいけど、河井はいつがいい?」

 俺が言うと

「明日は?日曜だし。」

と返事が返ってくる。

「わかった。そういえば、俺達ってメアド交換してないな。連絡手段ないと不便だし、交換するか?」

 俺が聞くと、日花里はすでに携帯を取り出していて

「早く交換しよ!」

と明るく言った。

 メアド交換を終えた俺達は分かれた。俺は自転車で帰路を、日花里はバス停へと足を進める。

「そういえば時間と集合場所を決めていなかったな…」

 俺は自転車をこぎながら言葉を零す。

 交換してすぐに役に立つとは思ってもみなかった。

 さすがに自転車をこぎながらスマホをいじる技術は持ち合わせていないため、俺は家に着いてから日花里に連絡を入れる。

 するとすぐに返信が来る。

「はっや…」

 俺はそう言葉を零しながら内容を見る。

『時間は1時で、場所はここ』

 文の下にピンの刺さったマップが載っている。

 そこは近所にある本屋の中で1番大きくて品揃えのいい所だった。

「少し早めに行って本でも選んどくか。」

 そこは品揃えがいいため、目当ての本がない場合選ぶのに時間がかかる。

 人によっては『意地汚い』『せっかちだ』と思う人もいるかもだが、本当に時間がかかるので俺なりの気遣いなのだ。

(しかし、ファンクラブの奴らに見られたら、面倒なことになりそうだな…)

 俺はそんなことを思いつつ、スマホをポケットにしまうのだった。


〜次の日〜

「う〜ん。どうするか…」

 今は日花里と本屋に行く日の朝だ。

 俺は着ていく服を選んでいた。

 だが、もちろん日花里に会うからオシャレしなきゃなんて考えではない。ファンクラブの連中に見つかってもバレないように、『虹野拓夫』という存在を隠すための服を選んでいるのだ。

 ハロウィンの仮装のために購入したウィッグと服で女装するってのも考えたが、さすがに引かれるだろうし、かと言って推しの印刷されたシャツを着て行っても絶対にバレるだろう。

「難しいな…」

 俺はそう呟きながら、クローゼットの服を漁る。

 そして時間は12時。

 俺はコンビニで買ったおにぎりを食べながら本屋へと向かう。

 結局、服装はパーカーと大きめのズボン、顔を隠すための帽子とマスクをしている。

「うっし、到着。」

 俺は残りのおにぎりを口に放り込み、本屋へと入る。

 いつも思うがここは天国か?快適な室温と大量の書籍、この空間で暮らしたいと思う人は少なくないと思う。

 俺は何箇所か棚を眺め、面白そうな物がないか目を光らせる。

「うーむ。」

 さすがは本屋だ。面白そうな本が溢れている。

「ま、マジか…」

 俺が本を見ていると、『ヒマワリちゃん日記』と言う題名の本があった。

 二次創作か?とも思ったが著者が原作の作者なので、小説版を新たに作ったのだろう。だが、俺の持っている情報にはそんなのない。

 急いでスマホで検索する。すると

『本日、ヒマワリ・ミルク・ユーカの小説発売!』

という昨日の記事が見つかった。

(そうか、昨日は自転車をこぐのに疲れて、日花里に連絡を入れたあとすぐに寝たから情報が得られなかったのか…)

 俺は心の中で昨日の自分を殴りつつ、ヒマワリちゃん日記を手にする。

 そして時は過ぎ、時刻は1時となった。

「あれ?拓夫ちゃんじゃん!」

 俺が日花里を待ちながらラノベコーナーをぶらついていいると、よく知っている人の声が俺を呼んだ。

 俺はその声の方向を向く。

 すると、そこにいたのは日花里ではなく

「やっほー!前のライブぶりー。」

オタク仲間のお姉さんがいた。

 彼女の名前は、神木かみき推香すいか。俺がまだ中学生で初めてライブに行ったときに出会ったお姉さんだ。

「お久しぶりです。よく俺だってわかりましたね。」

「そりゃあ、ヒマワリちゃん日記を大事そうに抱えながら、数量限定のヒマワリちゃんバッグをしてたらね。」

 ちなみに、推香さんの推しは『ユーカ』で今の服装もユーカ尽くしだ。

「そーゆー推香さんもユーカちゃんのグッズだらけじゃないすか。」

「まぁね。今日も推しとデート中なの。Wデートする?」

 推香さんは笑顔で誘ってくれる。

「嬉しいですけど、今日は予定があるので…」

「あら、かわいい彼女さんとデート?」

 俺が断ると、推香さんはニマニマしながら言った。

「いや、彼女じゃないですよ…ってなんで相手が女だってわかったんですか?」

 俺が聞くと

「だって…ねぇ?」

と後ろを指さされる。

 俺が振り向くと

「虹野くん?その人だぁれ?」

笑っていない笑顔で尋ねてくる日花里がいるのだった。

次回に続く

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る