第九話 花の名前
第九話 花の名前
男の一撃をもらった俺の意識は朦朧としている。
「後は首でも落としとけばいいかな?」
俺は回避行動を取ろうとするが、今回のダメージで指1本動かせない。
「 」
助けを呼ぼうにも、声が出ない。
いや、そもそもこんだけ戦っても誰も来ないんだ。呼んだところで意味がないだろう。
俺は『死』を覚悟し、トドメの一撃を待つ。しかし、いつまで経ってもそれは来ない。
「ん?何のつもりだい?」
俺が不思議に思い、耳を澄ますと男が何かを言っている。
「上からの命令だ。こいつは一度、本部に持ち帰る。ナイフを仕舞え、
次に別の男の声が聞こえた。この様子からして、おそらくはこっちも「裏社会」の人間なのだろう。
「上の人達と来たら、人使いが荒いなぁ…
言葉の直後、体に触れられる感覚がした。
今、俺は辛うじて意識を保ち、声を拾っている状態。
視界はぼやけ、もはや見えないも同然。
「はいはい、わかったわかった。早くそいつ拾ってこい。さっさと飛ぶぞ。」
鬼灯と呼ばれる催眠の男と浜木綿と呼ばれていた謎の男の会話が終わると、俺は浮遊感に見舞われる。
おそらく持ち上げられたのだろう。
龍宮さんとの特訓で何回か投げられたことがあるが、それと似たような感じだ。
「一応、念のためだ。」
直後、首に重い一撃が入れられ、俺の意識は完全に飛んだのであった。
「おい、起きろ。」
俺は髪から走る痛みで目を覚ます。
「っ!」
俺は髪を引っ張る手を弾こうと手を動かそうとするが、手足をロープで縛られていて思うように動かせない。
「浜木綿!乱暴に扱うな!」
「は、はい!」
俺が頭に走る痛みに必死に耐えていると、1つ大きな声が響いた。
その言葉だけで、掴まれていた髪は開放され、先程まで乱暴な言葉遣いだった浜木綿という男は見事な返事をした。
「拘束を解いてやれ。」
「い、いいんですか?」
「早くしろ。」
男の声の直後、俺の拘束は解かれる。
「手荒なマネをしてすまなかった。神崎くん、私は君と話がしたい。」
そして、俺が周囲を見渡していると、耳元で先程の男の声が聞こえた。
少し前までは少し距離があったはずだ。
瞬間移動系の能力なのだろうか?と俺は考えるが、今はどうでもいい。
「話ですか?」
俺は尋ねる。
「あぁ、そうだ。」
男は頷く。
「まずは自己紹介からしよう。私はこの裏社会の組織『花』を束ねる者、
「花?」
「あぁ、私の組織のメンバーは全員、能力に近い花言葉を持った花を名前にしてある。」
「能力をバラすようなことをしていいんですか?」
「皆、能力がバレたくらいでやられるやつらではない。それは鬼灯と一戦交えた君なら理解できるのではないか?」
男、改め松虫草は言う。
確かにそうだ。
俺は自分でも自分が強いと思っていた。龍宮さんの指導の下で急速に成長をし、真城兄弟との戦闘でも勝利した俺は自分の実力を高く評価していた。
しかし、鬼灯はそんな俺との戦いにおいて、圧倒的な実力差を見せつけた。
「少し話がズレた。」
松虫草はそう言って本題に入る。
「まず、この組織はとある目的の為に作られた組織だ。そこで君の存在は危険となる可能性が出たので、存在を抹消しようとした。」
その言葉に色々疑問は出てきたが、俺は1番に気になることを聞く。
「じゃあ、なぜ俺を鬼灯という男に殺させないで、ここまで連れてきたんですか?」
「なに、簡単な話だ。君にはセンスがある。殺すには惜しい存在だ。目には目を歯には歯を。神崎くん、君にはうちの組織に入ってもらいたい。」
松虫草は言う。
「ちなみに、拒否権は?」
「あるにはある。だが、拒否権した場合、私は君を消すことになる。」
次の瞬間、俺の左腕が松虫草の凄まじい握力によって折られる。
「ぐぁっ!」
「私は名前だけのリーダーではない。消すと言ったら本気で消す。」
その言葉と同時に、折れたはずの腕は元通りに治った。
「わかりました。俺だって命は惜しい。入って命が助かるなら、そうします。」
「いい返事だ。」
それから俺は組織の掟を教えられ、
「てか、学校とかって行っていいのかな?」
組織に入った後、本部内の案内をしてもらい、俺は新しく与えられた部屋にてくつろいでいた。
そんな中、考えることは私生活のことだ。
鬼灯が学校に通っていたから普通に行っていい気もするが、松虫草の話だと俺は監視の対象である。
そう考えると、俺は自由がなくなるわけだ。
命と引き換えに色々奪われたなぁと思う。
突然襲われて、裏社会の組織に入れられたのにも関わらず、なぜこんなに平然のしているのか、疑問に思う人もいるだろう。
理由としては、ただ実感が湧いていないからだ。
裏社会と言っても、まだ任務が課せられているわけではなければ、スラム街のように治安が悪いわけでもない。
今のところは、周りに自分より強いやつらがいて、外出に制限がかかっているくらいだ。
退屈なので、部屋に設置されていた難しい本ばかり置いてある本棚から、1冊の本を抜き出して読み始める。
が、表紙を開いたところで
「月下香くん。いや、落ちこぼれって呼んだ方がしっくりくるかな?」
ノックも何もなしに部屋のドアが開けられ、鬼灯が入ってくる。
「鬼灯だっけ?なんのようだよ。」
俺は嫌悪の目を向けながら言い放つ。
「おぉ、同じ学校の人間に『
そんな俺を気にした様子もなく、鬼灯はヘラヘラとする。
「表での名前で呼んでくれていいよ。学校で間違われても困るし。」
「いや、知らないんだが…」
俺が冷静につっこむと、鬼灯は相変わらずヘラヘラしながら言う。
「山田太郎だよ。」
「は?」
「いや、だから。や・ま・だ、た・ろ…」
「それはわかった。」
俺はもう一度名前を言う鬼灯、改め太郎の言葉を遮る。
「うーん…あー、確かにそんなモブっぽい名前のやついたなぁ。」
俺が言葉を漏らすと
「は?誰がモブだって?誰が。人格変えるよ。」
と太郎は俺の頭に手をかざす。
「それは普通にやめてくれ。」
俺は軽くその手を弾きなから言い
「そういえば、恵美に使った能力って解除してあるんだよな?」
と、ついでに聞いてみる。
「ん?あぁ、神崎の彼女ね。こっちにワープする前に今回の記憶を変えた後にちゃんと開放したよ。」
すると太郎は手を握って開いてと繰り返しながら言う。
普通に神崎って呼ぶのか…と俺は思いつつ、恵美の安全を知り安心する。
「太郎は一応、仲間なんだよな?」
「うん。神崎が『花』に入った時点で僕達は仲間だよ。というか、仲間だと思ってなくても何かしたらリーダーに消されるし…」
「うー、怖っ…」と太郎は言って、部屋を出ていく。
結局何がしたかったのかわからないが、とりあえず悪いやつではないことは理解した。
次の日、俺は松虫草のもとへ訪ねていた。
「あの、学校って行っても大丈夫ですか?」
理由は単純。学校のことだ。
出席日数が足りなくて留年とかは勘弁してほしい。
「いいよ。」
「そこをなんと…え?いいんですか?」
「あぁ、監視なら鬼灯に任せればいいし、万が一ミスしても洗脳して切り抜けてくれるだろう。」
幽閉生活を予想していた俺は拍子抜けする。
「ならいいんですけど。」
俺はそう言ってその場から去る。
そして、学校に着いた俺は恵美と遭遇した。
「あ、恵美。」
「お、おはよ…神崎くん、昨日はその…ずいぶんと積極的だったね。」
俺が言葉を選んでいると、恵美からそんな言葉が放たれる。
(積極的?鬼灯、記憶いじったって言ってたけどまさか…)
俺は嫌な感じがした。
「えっと…」
「いきなり胸を触ってくるんだもん…びっくりしちゃったよ。」
(・・・は?胸を触った?)
俺の予感は見事に的中。
俺はやってくれたなと思いつつ、とりあえずこの状況を脱するために頭をフル回転させる。
(てか、恵美に胸なんてあったんだ…)
その思考の中にそんなものが紛れ込む。
恵美の容姿というのが、高校生と言うには幼く、中学生…下手をすれば小学校高学年くらいに見えるのだ。
そんな彼女の2つの山…いや、丘すらも存在してなさそうな胸部を俺は見つめる。
「ま、まぁ…神崎くんになら、触られても…」
「ごめん。ちょっと用事を思い出した。」
俺は恵美の言葉を途中で切り、そのまま教室へ向かう。
恵美と別れた俺は座席表から「山田」を探し、声をかける。
「太郎、少しいい?」
「うん?全然いいよ。」
そうして鬼灯をトイレまで連れ込み、その肩に手を置く。
「お前、恵美の記憶に何してくれてんの?」
「いや、いじる時に記憶を覗いたんだけど、こうした方が面白いことになるなぁと…」
鬼灯は「いやぁ、いい仕事をしたなぁ。」といい笑顔を浮かべながら言う。
その顔面を殴ってやろうかとも思ったが、実力差は歴然。ここで殴っても、躱されるか受け止められるか。
下手をしたら反撃が飛び、戦闘になるかもしれない。
「流石に学校で暴れるのもな…」と真城などの俺をいじめてたやつをボコった俺は思う。
「あ、でも、僕の能力は飽くまで『洗脳』。大きな矛盾や真実を突きつけると記憶が戻っちゃうからやめてね。」
「少しでいいから恵美の記憶を変えてくれ。そうしたら、その指示に従う。」
それから俺は、恵美を呼び出し、そこを背後から鬼灯が襲うことで記憶の改竄は成功した。
けれど問題は龍宮さんだ。
昨日、恵美はいつも通り特訓に行っただろう。
その時に俺がいない理由を、洗脳された記憶のまま話したはず。
となると、龍宮さんにも洗脳を施すのが良さそうなのだが…
「うん?どうしたんだい?」
俺は鬼灯を見つめながら考える。
(いくら裏社会の人間とはいえ、あの龍宮さんに勝てるか?)
鬼灯の実力。それはこの前の戦いで把握している。
だが、龍宮さんとは飽くまで特訓。龍宮さんはおそらく本気を出していない。
「なぁ、太郎。俺の師匠って言えばいいのかな?その人を洗脳できるか?」
俺は尋ねる。
「ん?あの真っ黒の人?」
「あぁ、そうそう。その黒のひ…ってなんで知ってんだよ。」
俺は質問の答えより、そっちの方が気になる。
俺は昨日『花』に所属したわけで、昨日は龍宮さんのことを言った覚えはない。学校でも恵美以外に龍宮さんのことを言ったことはない。
「いや、ターゲットの下調べは必要だしね。その時に神崎くんの特訓も見てたから。」
俺はストーカーを見る様な目で鬼灯を見るが、彼はそれらしい理由を述べる。
「それで、洗脳は出来そうか?」
俺のその質問に彼は「フッ」と笑みを漏らし言う。
「ムリっ!」
「は?」
俺は聞き直す。
「一応ね、一回だけ潰そうと思って組織から何人か送ったんどけど、そいつら全員返り討ちだよ。とても洗脳なんか…」
時期的に考えて、俺が岩本さんに特訓してもらってた時だろう。
「じゃあ、龍宮さんが変なこと言わないことに賭けるしかないのか…」
俺はそんなことを呟きながら、鬼灯と別れて日常へ戻るのだった。
それから学校が終わった俺は、恵美と一緒に龍宮さんの元へ向っている。
ちなみに鬼灯は基本的に、遠くから監視するだけだそうだ。
「昨日は本当にごめんね。」
突然、恵美が謝る。
俺は一瞬、なんの話かわからなかったが、すぐに昨日の話だと理解した。
下校中に突風が吹き、恵美の下着が顔を出し、取り乱した恵美が俺にビンタを喰らわせたというのが、新たに洗脳によって書き換えられた恵美の記憶だ。
そして、1回目の洗脳と2回目の洗脳で経緯は違うが、その後、気不味くなった俺は昨日、特訓へ参加しなかったらしい。
「気にしなくていいよ。それよりも、さっさと龍宮さんの所に行こ。」
「そうだね。」
そして、龍宮さんのもとへ着くと
「おぉ、壱。もう恵美ちゃんとはいいのか?」
とニヤニヤと笑みを浮かべながら言われる。
「えぇ、大丈夫ですよ。」
それに俺はテキトーに返事をしながら、荷物を下ろす。
「それで、今日は何をするんですか?また龍宮さんと恵美と体術でもやるんですか?」
俺は龍宮さんが余計なことを言う前に、さっさと特訓に入ろうとする。
「あぁ、恵美ちゃんから聞いてないのか。恵美ちゃんの能力が使えるようになったから、その強化も兼ねて由美とやったようなことをするよ。」
「・・・そうだったんだ。」
俺は知らなかったフリをする。
おそらく、恵美が洗脳されているとき、強制的に能力を使ったから使えるようになったのだろう。
「恵美、今の能力ってどんなことできそう?」
俺が尋ねると、恵美は考える仕草をして
「水を作ったり、小石を好きな場所に集めたりかな。慣れれば原子レベルで集められるかも。」
と答える。
だいたい昨日と同じだから、やはりそういうことなのだろう。
「じゃあ、早速特訓を始めようか。」
俺が考え込んでいると、龍宮さんがそう言い特訓が始まるのだった。
次回へ続く
無能力者の俺が実力をつけた結果… 壱ノ神 @1novel
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