第八話 窮地と裏

第八話 窮地と裏

「どうします?」

 俺の質問に真城兄は

「・・・戦うに決まってるだろ。」

と少し黙ったあと答える。

 真城兄の手足は小刻みに震えている。

「そこの黒い人には勝てないが、弟と同い年のやつに負ける道理はない。弟が何かされたのなら、仇を打つのが兄である俺の役目だ。」

 だが、その瞳からは決意が感じられた。

「はぁ…わかりました。」

 俺はその決意に敬意を払い、勝負を受ける。

「龍宮さん、さすがにホテルでやるわけにはいかないんですけど。」

 俺が龍宮さんに言うと

「あ、場所用意してないわ。あはは…じゃあ、もう時間も時間だし明日ってことで。じゃあ真城くん、また明日!」

と龍宮さんは俺と真城兄の肩をポンと叩き、ホテルの部屋へ入っていった。

「じゃ、じゃあまた明日。」

 俺は龍宮さんに呆れつつ、その場を後にする。

「え?」

 ホテルの廊下で響いたその声は誰にも届くこともなく消えるのだった。


 そして次の日の朝、俺はいつもより早く起きて体のコンディションを整える。

 今日は木曜日。普通に学校があるのだが、真城兄との決闘があるからと早起きをする羽目になった。

「はぁ、まだ眠いのに…」

 俺はあくびをしながら、龍宮さんに指定された場所へと移動する。

「やっと来たか…」

 俺がその場所へ着くと、真城兄はすでにそこにいて腕を組みながら言う。

「眠いんで早く始めましょうよ。」

 俺が言うと

「言われなくても!」

と真城兄は俺に突っ込んでくる。

 だが、その動きは素人そのもので、俺は腹に拳を叩き込む。

「ゔっ…クソッ!この威力、本当に無能力者かよ…」

 すると真城兄は腹を押さえて、俺を睨む。

(なんで俺が無能力者って知ってるんだよ。龍宮さんが口止めしたんじゃないのか?あ、でも真城なら言いかねないな…)

 俺は真城兄を警戒しながらもそんなことを考える。

「真城さん。動き的に勝ち目ないと思うんですけど、まだやりますか?」

 俺のその問いに真城兄は

「一発入れたからって調子に乗るな!」

そう言って殴りかかる。

 俺はその手を右手で掴み、左手で殴り返そうとする。

 その瞬間、真城兄がニヤリと笑う。

「なっ…」

 すると俺の左手は彼を殴らず、代わりに右脚がなにもない所へ蹴りを放つ。

「おいおい、どこ蹴ってんだよ。」

 真城兄はそう言って俺の腹を力いっぱい殴る。

 俺は両手を交差させ防御をしようとするが、右脚と左腕が意味のない動きをする。

「っ!どうなってんだよ…」

 俺は思考を巡らせる。

(まず、俺が腕を掴んでから体に異変が起きた。なら、これは真城の兄の能力で間違いないはず。)

 そして俺の導き出した答えは『四肢の動きを入れ替える能力』。

 試しに腕や脚を動かしてみる。

 すると、現在の状態がわかる。右腕を動かそうとすると左腕、左腕を動かそうとすると右脚、右脚を動かそうとすると左脚、左脚を動かそうとすると右腕が動く。

 俺はもう一度殴りかかろうとする真城兄へ拳を放つために左脚に力を入れる。

「ッ!?!?」

 すると動きがやや不自然だが、俺は真城兄の胸部に拳を叩き込めた。

(不思議な感覚だな…)

 俺は別の部位を動かすために他の場所に力を入れたが、どうにも不思議な感じだ。

「クソ!もう能力に対応してきやがった。」

 俺の行動に真城兄は歯ぎしりをする。

「なら、もう1回…」

 真城兄はそう言ってこちらに手を伸ばす。

 もう一度能力を使い、再度入れ替えをするつもりなのだろう。

 俺はそう読み、右の拳を叩き込むために左脚に力を込める。

「おいおい、なにしてんだよ…少し対応できたからって調子に乗るからそうなるんだぜ?」

 だが、俺の右腕は動かず、力を入れた左脚が動いた。

 いつもなら普通の動き。だが、真城兄の能力ありきで動いていた俺には能力を二重で使われたようなものだ。

 俺は予想外の脚の動きにバランスを崩し、倒れる。

 そして俺が受け身を取り、起き上がった瞬間に真城兄の拳は俺の顔面を捉えた。

「おい、どうしたよ。」

 真城兄の煽りを聞き流し、俺は血を流す鼻を押さえながら体制を直す。

 そして俺は能力による妨害のない足で地を蹴り、真城兄の顔面めがけて拳を放つ。

「はい、タッチ。」

 しかし、俺の拳が届くより先に真城兄の手が俺に触れる。

 だが、俺は付いた勢いを殺さずに前へ進み、真城兄の鼻に頭突きをする。

「なっ…」

 さすがにそれは予想外だったのか真城兄は、頭突きをモロに喰らい倒れる。

 そして、俺の体にはなんの異変もない。

 これは真城兄が気絶したということだろう。

「か、勝った…」

 俺はまだ血を流す鼻を押さえながら言葉を零すのだった。


「神崎くん大丈夫?」

 真城兄との戦闘から時は流れ、時刻は7時半。

 俺と恵美は一緒に学校へ登校していた。

「まぁ、全然痛いけど大丈夫。」

 恵美の質問に俺は鼻を手で擦りながら答える。

「真城くんのお兄さんだっけ?強かったの?」

「あぁ、強かったのかな?単純に体術なら恵美の方が確実に強いけど、能力が厄介なんだよな。」

 俺の言葉に「へぇー」と恵美はどこか嬉しそうに言った。

 そして俺達が校門を通過した辺りで、俺は真城を見つけた。

「やぁやぁ、真城くん。おはよう。」

 俺は早足で真城に近づき声をかける。

「誰だよ、気持ちわ…お、落ちこぼれ。」

 すると真城はこちらに振り向き、そんな懐かしい呼び名を口にする。

「あれ?その顔は何で俺が学校に来てるのかって顔だね。」

 俺が言うと、図星だったのか真城は目を大きくする。

「結論から言うと、真城くんの兄さんは俺と戦って負けた。」

「あ、兄貴が…」

「そして、戦ってる時にお兄さん『無能力者』って言ってたんだよね。おかしいね。このことは一切口外しちゃダメなのに。」

 俺が言い切る頃には、真城の顔は青くなっていた。

 それが自分の兄が倒されたことへのショックなのか、自分が情報漏洩したことに対する罰への恐怖なのかはわからない。

「あ、兄貴が負けたってどういうことだよ。兄貴は能力ボクシングの大会で優勝経験があるんだぞ。」

 俺が青くなった真城を見ていると、真城の口からそんな言葉が漏れた。

「いや、優勝って…あの動きで?あ、そうか。あの能力を使えば大抵のやつには一方的な暴力で勝負できるから…」

 俺がそこまで言うと

「お前、なんなんだよ…」

真城は化け物でも見たかのように俺を見る。

「なにって…元いじめられっ子の普通の高校生だけど。」

 俺は真城の呟きに対して答えた後、言葉を続ける。

「そんで、こっちとしては秘密をバラされたわけで、このまま放っておくわけにもいかないんだよね。」

 俺は不敵な笑みを浮かべながら

「もう、舐めたことできないように、わからせないとね。」

と指をコキコキと鳴らす。

「ひっ…」

 俺は人の目がある校門近くから、よく俺がいじめられていた体育館裏へと真城を連れて行こうとして

「神崎くん、暴力はダメだよ。」

と恵美に止められる。

「なんで?こいつのせいで俺は朝早くに起きて痛い思いをしたし、龍宮さんだってバレないようにやる時は最後までやり切れって言ってたよ。」

 俺が言うと、ペシンと高い音がなる。

 俺は、恵美に頬を叩かれたのだと気づくのに遅れた。

「なにを言ってるの!神崎くんはそんな人じゃない。なんか神崎くんおかしいよ!」

 恵美はそう叫んで俺の元を走り去る。

(確かに…俺は何を考えてたんだ。いつもの俺なら少なくともこんなことはしてないよな。)

 俺は心の中で呟く。

「ご、ごめん真城くん。もう、行っていいよ。」

 俺は困惑しながらも真城に言う。

 真城は走って校舎の中へ行った。


 それから俺も教室へ向い、現在は授業の最中だ。

 しかし俺は勉強に身が入らない。理由は先程の出来事だ。

(ほんとーに、どうしちゃったんだろ。)

 俺は少し力がついて調子に乗っていたのだろうか。

 だが、それだけではここまで変わるわけない。そう俺は考えつつも板書をノートに写す。

(はぁ…恵美との関係どう修復するか…)

 ただの友達なら少し時間を置くだけでいいのだが、龍宮さんの特訓で嫌でも会うことになるので早く仲直りしなくてはいけない。

 そして、1限目の授業が終了すると同時に僕は隣の教室へ足を運ぶ。

「・・・恵美、いるか?」

 俺は恵美を呼ぶが

「天野さんなら、授業終わってすぐにどこかに行っちゃったよー。」

教室にはいなかった。

 一瞬探そうとも思ったが、授業間の休み時間は短いためそれはできない。

 俺は諦め、大人しく授業をうけて下校時間を待つ。

 そして、授業は終わりついに下校時間が来たが、俺は恵美と会えなかった。

「はぁ、恵美どこいるんだろ…」

 俺はそう呟いて学校を後にする。

 俺が帰路を歩いていると

「うおっ!」

いきなり後ろから攻撃が放たれる。

 急いで振り返ってみると、そこには恵美の姿があった。

 だが、いつもの恵美とは雰囲気が違う。

 俺は攻撃の着地点を見る。すると、そこには水の弾けた跡があった。

「恵美どうしたんだ。それに能力だって…」

 俺は問いかけるが、反応がない。

(どうしたんだ?これじゃあ、操り人形みたいじゃないか。)

 俺は恵美を警戒しながら原因を探る。

「ん?なんの匂いだ?」

 しばらくすると、なにやら焦げた匂いが鼻をかすめる。

 俺は眉をひそめ辺りを見渡すが、特に燃えているものはない。

「っ!アッツ!」

 だが、すぐに匂いの原因がわかった。

 俺の服が燃えているのだ。

「これも恵美の能力か。」

 恵美の新たな能力。『自然を集める能力』はおそらく水や土など触れられるもの以外にも、光や原子・分子などの触れられないものも集められるのだろう。

 現在、俺の服が燃えているのは、光を一点に集めることで燃やしたからだろう。

「たっく。制服がダメになっただろ。」

 俺は急いで服を脱ぎ捨て、恵美に言うがやはり反応はない。

 いつもの恵美なら、顔を赤くして目を逸しているだろう。それがないということは、催眠か洗脳の能力の影響を受けているのだろう。

(ん?洗脳?)

 俺は様々な考えの中で「洗脳」という言葉に思うものがあった。朝の件だ。

 例え、実力がついたことにより調子に乗ったとしても、あそこまで性格が変わることはそうそうないだろう。

 つまり、俺も恵美に叩かれるまで洗脳にかかっていたということだ。

 状況から察するに、俺に洗脳をかけたやつと、恵美に洗脳をかけているやつは同一人物だろう。

「おい!恵美、目を覚ませ!」

 俺は怒鳴るが恵美はただ呆然と立っている。

「あれれ?落ちこぼれの神崎くん、彼女さんと喧嘩かな?」

 俺が恵美を戻す方法を思案していると、背後から声がかけられた。

 このタイミングで来るってことは、十中八九こいつが俺達に洗脳をかけた犯人だろう。

「お前か?恵美に洗脳をかけてるのは。」

「ふっ。何を言ってるのかよくわからないなぁ。」

 俺は声の主に問いかけるが、そいつはしらばっくれる。

「というか、落ちこぼれって呼ぶということは、俺をいじめてたやつの1人なのか?」

 俺は聞く。なぜなら俺は、目の前の男に見覚えがない。いじめっ子全員の顔を覚えている訳ではないが、流石に見れば思い出せるだろう。

「まぁ、捉え方によってはそうだね。僕が直接いじめたことはないけど。」

 そいつは嫌な笑みを浮かべながら言う。

「あ、あと、僕に構うのはいいんだけど、彼女さんも見てあげないと嫉妬されちゃうよ。」

「俺と恵美はそんな関係じゃ…」

 彼の茶化しに訂正を入れていると、無数の小石が多方面から俺に向かって飛んでくる。

 俺は手に持っていたカバンで頭部を守りながら、男に接近して瞬時に固めた拳を放つ。

 しかしその拳はあっさりと避けられる。

(避けられた?こいつの能力は洗脳のはず。つまり、俺と同じで素の身体能力か。)

 俺は正直、素の身体能力では同年齢のやつに負けることはないと思っている。だが、目の前の男は平然と俺の拳を躱した。

「いきなり殴りかかるなんて、なかなか好戦的だね。」

 そのヘラヘラとした態度に俺は再度攻撃をしよううとするが

「神崎くん。君は学ばないの?」

それと同時に恵美の能力による攻撃によって、それは妨げられる。

 俺は身を引くことで、恵美の攻撃を回避する。

「そうだ。薄々感づいてるとは思うけど、僕の身体能力は神崎くんと同じ…いや、それ以上だから、僕を倒してどうこうしようなんて考えない方がいいよ。」

 俺はいつでも攻撃できるように体制を整えるが、男は余裕そうに告げる。

「慢心は敗北を招くって言葉知ってるか?」

 俺はそう言って蹴りを放つ。

「あぁ、もちろん知ってるよ。でもそれは結局、中途半端に強いやつに限るんだよ。僕みたいにちゃんと強い場合は敗北に繋がらない。」

 だが、その蹴りはそんな言葉とともに受け止められる。

 そして俺の脚はそのまま掴まれて、投げられる。

(嘘だろ。片手で投げやがった…)

 そのまま俺は壁に叩きつけられる。

 さらに追い打ちとして、恵美の能力によって形成された石の塊が俺の頭部目掛けて飛んでくる。

 その瞬間、俺の意識は少しの間消えた。

 それから意識を取り戻した俺は、脊髄反射で石の塊を避ける。

「へぇ、今の避けるんだ。」

「今の避けなかったら死んでただろ。」

 俺は男を睨みつける。

「というか、あんたは俺に何の恨みがあってこんなことしてるんだよ。」

「恨みなんかないさ。」

 俺の問いかけに、男は言う。

「は?」

「冥土の土産に少しだけ教えてあげるよ。俺は裏社会の人間でね。今回の任務は『神崎壱』の抹殺。まぁ、理由は言わなくても察せるよね?」

「俺が無能力者だからか?」

「正解!まぁ、話すのはここまでかな。じゃあ、死んでくれっ!」

 その瞬間、男は視界から消え、気付いた頃には重い一撃が腹部に叩き込まれるのだった。

次回に続く

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