第7話

 誰かが部屋に入ってきた。多分、母ではない。

 私にお客さんなんて、一人しか思い当たらない。けど、それはありえない。


「星乃」


 ありえない。ここに秋風がいるなんてありえない。


「急に来てごめん。風邪で休むって聞いて。心配で」


 なんで? なんで来たの?


「なんてね。嘘、だよね? 風邪っていうの」


 嘘だよ。お前に会いたくなかったから休んだんだよ。


「私のせい、だよね。今日休んだの」


 違う。秋風は何も悪くない。悪いのは全部私だ。


「私が星乃を傷つけたんだよね」


 違う。私が勝手に期待して、勝手に傷ついただけだ。


「ちゃんと、星乃と話して、ちゃんと、謝りたくて」

「なんでお前が謝るんだよ!」


 布団を跳ね退け起き上がる。制服姿の秋風はベッドの前で正座していた。


「やっと、顔を見せてくれた。あはは、酷い顔だな」

「なんで来たの! 消えるって言っただろ! もう、私に関わるなよ!」


 秋風はゆっくりと立ち上がり、ベッドに身を乗り出す。


「来るな! 来ないで……もう、期待させないで……」


 秋風は、私の言葉なんて聞こえてないかのように私に近づき、抱きしめる。


「っ! ふざけないで! 放せ!」


 私の弱弱しい抵抗を、秋風はものともしない。

 こんな時でも私の心臓は空気なんて読まず、早鐘を打つ。


「私は馬鹿で無神経だからさ、いっぱい星乃を傷つけたんだよね。星乃の気持ちに気づかず、親友だなんだって。ごめん。本当にごめん」

「違うよ。秋風は何も悪くない。全部私が悪いんだ。私が秋風に恋をしちゃったから」

「それは違う!」


 私の両肩を掴み宝石のような瞳に悲し気な光を湛え、私の目を真っ直ぐ見据える。


「私は、星乃がそういう風に思っていてくれた事が嬉しかった。本当に嬉しかったんだ。確かに、星乃の事をそういう風に見た事は無かった。でも、嬉しかったのは本当なんだ。だから、その思いが間違いだなんて、言わないでくれよ」


 何でそんな事言うんだよ。ボロクソに罵ってくれよ。でないと、諦められないだろ。


「それに、私は星乃の思いを知って、その思いと向き合うと決めた」


 ダメだ。それは違うよ、秋風。私はそんな事望んでいない。


「だから、私と恋人になってくれ、星乃」


 ダメだ、ダメだ、ダメだ。答えるな。


 私なんかに、秋風の人生を歪ませる権利は無い。


「はい」


 儚げに微笑む秋風は、ゆっくりと顔を近づける。

 桜色の小さな唇が、私の物と重なる。


 辛くて、苦しくて、切なくて、痛くて、幸せな口づけ。


 私は、一人の人間の人生を歪めてしまった。それなのに、どうしようもなく幸せで、私は本当にろくでもない人間だ。


 苦くて甘い、幸せで辛い。これを恋と呼ぶのなら、



 恋ってなんて残酷なのだろう。

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これを恋と呼ぶのなら 結城ヒカゲ @hikage428

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