第5話
これを恋と呼ぶのなら、恋ってなんて意地悪なのだろう。
もし、私が男ならこんなに悩む事もなかったのに。
でも、私が男だったら、こんなに秋風と仲良くなれなかっただろうな。
秋風は男女共に友達が多い。しかし、その友達は秋風と同じように明るく社交性のある人達だ。
秋風の友達の中で根暗なのは私だけだろう。そんな私が秋風と友達になれたのは、私が女だからだ。
別に、秋風が根暗な人をバカにしているとか、そういう訳ではない。ただ、秋風は来る者拒まず、去る者追わずって感じで、自然と周りに人が集まるけど、秋風の方から声をかける事は殆どない。
私との出会いは本当に偶然で、もし、私が男だったら、あの時秋風はあんな風に話しかけてはこなかっただろう。
そして、私が男だったら、自分から秋風に近づく事はないだろう。
結局、女だろうと男だろうと、秋風と恋人になる事はないのだ。
こう見えて私は文学少女だ。部屋にある積読は一〇冊を超えた。
今日も今日とて、暇をつぶす為に本屋を巡る。
行きつけの本屋で新刊を物色していると、見覚えのあるポニーテールが視界の端に映る。
こっそり後をつけると、そのポニーテールはあるコーナーで足を止めた。
声をかけようかと思ったが、今の私の格好はティーシャツにジーパン。メイクも最低限しかしていない。
こんな格好を見られたくないので気付かれる前に退散しよう、と踵を返そうとしたところで、ポニーテールが一冊の漫画を手に取る。
その表紙を見た私は、びっくりして心臓が止まるかと思った。
ポニーテール、秋風が手に取ったのは、女の子同士が抱き合っている表紙の漫画。所謂百合漫画というやつだ。
秋風が立ち止まったのは、百合漫画のコーナーだった。
もしかして、秋風も私と同じ……そんな期待が私の胸で膨れ上がる。そして、それは私の脳から正常な判断を奪った。
「おや? そこに居るのは秋風じゃないか」
私が声をかけると、秋風はビクッ、と肩を揺らしゆっくりと振り返る。
「お、おお、星乃か。びっくりさせないでくれよ」
秋風は手に持った漫画を背後に隠す。どうやら、あまり知られたくない事らしい。
分かっているけど、私は舞い上がった心を抑える事ができない。
「こういうのが好きだったんだ」
「え? こ、こういうのって? ああ、漫画の事? これは、絵が綺麗だと思って手に取ってみたけど、内容はよく分からないんだ。ははは」
乾いた笑いと共に、秋風は漫画を棚に戻す。
下手なごまかしだな。秋風じゃないんだから、そんなのじゃごまかされないぞ。
「ごまかさなくていいよ。実はさ、私も好きなんだ、百合」
「え? そうなの?」
「うん。ここじゃなんだし、どこか落ち着ける所で話さない?」
少し頬を染めながら頷く秋風を連れて、私は近くの公園へ向かった。
ベンチに座り横を見ると、秋風はちょこんと緊張した様子で座っている。いつもと違うその様子に、思わず笑みが零れる。
「秋風も好きだったんだ。言ってくれれば良かったのに」
「あ、いや、まあ、うん。なんか恥ずかしくて」
「最近は百合作品流行ってるし、そんなに恥ずかしがらなくていいんじゃない?」
「そうかな?」
気分が高まっているせいか、よく舌が回る。こういう時は、余計な事を口走ってしまう。
「あのさ、百合が好きって事はさ、秋風は女の子が好きなの?」
「え?」
ほらね。私の馬鹿。早く、なんちゃってって笑え。
困惑した表情の秋風を真っ直ぐ見つめる。口を開いても言葉が出ない。
答えが聞きたい。馬鹿な私はそう思ってしまった。
秋風はフッと小さく笑う。
「ないない。百合っていっても、所詮はフィクションでしょ。だからこそ楽しめるんだけどさ。私は漫画と現実の区別はついてるよ。あ、星乃の事もそういう風に見た事はないから安心して」
秋風は、安心させるように私に笑みを向ける。
その笑顔で、私の中の何かが壊れた。それは、理性か、心か、それとも私の全てか。
「星乃だって、百合が好きだからって、女の子の事が好きってわけじゃないだろ?」
「そうだな。私は別に女の子は好きじゃない」
ゆっくりと立ち上がり、首を傾げている秋風を見下ろす。
やめろ。言うな。口を開くな。
私の意志に反して、私の口は秘めておかなければならなかった本音を曝け出す。
「私が好きなのは、お前だよ」
「へ? あ、ああ、私も星乃の事好きだぞ」
「違う! 私の好きは友情じゃない! 恋愛感情を含んだ好きだ! 私は、お前の事をそういう目で見ていた! 体育で着替える時、お前の体を見て興奮していた! 遊びに行った時、お前と手を繋いで幸せだった! どうだ! 気持ち悪いだろう! こんな奴と、もう友達でいられないよな! だから……」
涙で滲む視界の先で、秋風はどんな表情をしているのだろう。想像もしたくないな。
「私は、消えるよ」
「待っ」
気付いたら自分の部屋にいた。携帯の通知音がうるさい。
携帯の電源を切り、私は眠りについた。
翌日、私は学校を休んだ。
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