第4話

 これを恋と呼ぶのなら、恋ってなんて楽しいのだろう。


 私には秋風以外に友達はいない。

 必然、誰かと遊ぶとなると、相手は秋風に限られる。


 その秋風とも頻繁に遊ぶわけではない。友達の多い秋風は、学校でもそれ以外でも、人に囲まれている事が殆どだ。

 その事に若干の嫉妬心がないとは言い切れないけど、大勢の中で楽しそうにしている秋風は、太陽のようにみんなを照らしていて、それを私が独占するなんて身の程知らずもいいところだ。


 それに、ふとした瞬間秋風と目が合う。その度に秋風はニッ、と私にだけの笑みを見せる。

 それだけで私の心は有頂天だ。


 一緒にいてもいなくても、秋風は私を楽しませてくれる。

 だけど、身の程知らずなのは分かっているけど、それでも、私は秋風を独占したいと、そう思ってしまう。



「ちょっと出てくる」


 リビングのドアを開け、ソファにだらしなく寝転びテレビを見ている母に告げる。

 のそのそと体を起こした母は、私を二度見する。


「どちら様?」

「あんたはかわいい娘の顔を忘れたのか?」

「たしかに私の娘は、私に似て美人で巨乳だけど」


 そこまで言って母は何かに気付き、ニヤァと口元が弧を描く。


「ははーん、さては男だな。おめかししちゃって、気合い入ってるじゃん」

「違うから。ただの女友達だから」


 母は一〇年前に離婚して、女手一つで私を育ててくれた。感謝しているし、尊敬もしている。

 それはそれとして、このダル絡みは普通にうざい。


「ふぅーん。ま、何でもいいけど、今度お母さんに紹介してね」

「しないから。いってきます」

「いってらっさーい」


 鬱陶しい母から逃げるように家を出た私は、弾む足取りで待ち合わせ場所に向かう。

 

 今までも何度か休日に秋風と遊ぶ事はあった。けど、この気持ちを自覚してからは、今日が初めて。

 今まではお互いラフな格好で碌にメイクもせずに気楽に遊んでいた。


 しかし、今日は違う。バッチリメイクを決めて、服も雑誌で見た今流行りのコーデだ。

 普段は着ない清楚な感じだけど、秋風はどう思うだろうか。かわいいって言ってくれるかな。


 待ち合わせ場所に着いたのは、約束の時間の一〇分前。いつもなら一〇分前には必ず居る筈だけど、秋風の姿はなかった。

 何かあったのだろうか。携帯を確認しても、秋風からの連絡はない。


 一〇分後。

 約束の時間ピッタリに秋風は現れた。


「やあやあ、お待たせー。思ったより準備に時間かかっちゃったよ」

「大丈夫、私も今来たところ……だから……」


 そこに居たのは天使だった。天使様が地上に御降臨なされていた。

 

 白のブラウスに紺のプリーツスカート。いつもはポニーテールの髪型も、今日は下ろしている。

 肩甲骨辺りまで伸びる艶やかな黒髪が、吹き抜ける薫風と躍る。


 天使以外に相応しい形容が見つからない。

 

 言葉を失う私とは裏腹に、秋風は私の格好を見て感心したように頷く。


「ほほう、今日はいつもと違った雰囲気だな。良いじゃないか! 良く似合ってるぞ!」

「ふ、ふーん、そう? まあ、ありがとう」


 動揺して変な返しをしてしまった。

 でも仕方ないでしょ。だって、秋風が似合ってるって。ふへへ。


「で、私はどうよ? いつも以上に大人な雰囲気でしょ!」


 秋風はスカートの裾をつまみ、カーテシーの真似事をする。


 何か言わないと。天使? いや、ダメだろ。無難に無難に。


「まあ、似合ってるんじゃない? いつもよりは、大人に見えるよ。中学生くらいには」

「おい! それは、いつもは小学生に見えているって事か!」


 あーもう! なんでこの口はこんな事しか言えないんだよ!

 あ、でも、プリプリ怒ってる秋風もかわいい。


「まあいい。それにしても、人が多いな。星乃、迷子になるなよ」

「それはこっちのセリフだよ。手でも繋いであげようか?」


 冗談めかして言ったけど、直ぐに恥ずかしくなって顔が真っ赤に染まる。秋風に気づかれないように顔を背けると、私の左手を何かが包んだ。


「そうだな。『星乃が』迷子にならないように『お姉さんが』手を繋いでやろう」

「ふへ?」


 これ! おてて! 秋風の! ちっちゃ! すべすべ! ひんやり! かわ!


 思考が纏まらない。秋風が何か言っているけど、ぜんぜん頭に入らない。手汗やばい。気持ち悪いって思われてないかな。

 手を放したいけど放したくない。


 その後の事はあまり覚えていない。ただ、一つだけ確かなのは、幸せな時間を過ごした、という事だ。

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