第16話 ツンデレなんて現実では流行らない


『とーりぃ、おやつはまだかー?』


 家に住み着いている猫のココアがあくびをしながらリビングに入ってきた。


 僕は、ソファにだらーん、と身体から力という力を全て抜いて身を委ねながら、ココアが部屋に入ってきたことを認識しつつも、ぼけーっと天井を眺め続ける。


 渋谷さんが、家に帰ってこなくなってはや二日。


 当然、言うまでもないが、渋谷さんとは、会うことはおろか連絡さえも取れないままである。


 昨晩は、ずっとスマホを気にしたり、玄関まで渋谷さんが帰ってきていないか様子を見に行ったり、と忙しなく動いていた。


 が、二日目になってくると、もはや待っているのは、無意味だと気がついてしまった。というか、僕が疲れてしまった。


『おーい、冬理? 聞いておるのか?』


 ココアが生存確認、と言わんばかりに頬をちょんちょん、と手で触れてきた。


 爪が当たって少し痛かったため、思わず反応してしまった。


「ああ、はい。聞いてますよ」


『なんじゃ! その気のない返事は!』


 ふしゃー、とココアが威嚇してきた。


「すみません」


 僕は、寝返りをうち、ココアを視線から外した。


 今日は、あれだけ目立ちたくないとか言っておきながら、いよいよ、渋谷さんを探しに教室にまで突撃などらしくないことをしてしまった。もちろん、言うまでもなく空振りに終わったけど。


 おかげ様で、渋谷さんのクラスメートたちに渋谷さんのストーカー呼ばわりされていそうだ。


 ――まあ、昨日の教室の前をうろついていたあたりから、行為はストーカーそのものなんだけど。


 僕は、ストーカーではなく。渋谷さんの許嫁であり、同居人であり、決して怪しいものではない。


「はあ……。うまくいかないな……」


 うまくいかないとは言ったものの、うまくいかないどころか、ほぼ詰んでいる。


 手駒が完全に無くなってしまった。


 どうすりゃ、いいんだか……。


 これじゃ、話し合いにもならない。


 僕は、再び寝返りをうち、天井を仰ぐ。


 部屋を照らしている蛍光灯がいやに眩しい。


 光を遮るように僕は、目元を右腕で覆った。


 この件に関しては、全面的に僕が悪い――。


 それは、明らかなこと。


 だが、しかしだ――。


 先ほども言った通り、話すらさせてもらえない。


 ダメ元で渋谷さんの実家で働いている母さんに連絡したところ、渋谷さんは、実家にも帰ってきていないらしく、本当に消息不明。


「一体、どこで何をしているのやら」


 僕が独り言つと、ココアがのしかかってきた。


『帰ってこない絢音のことなんか、とりあえずほっぽいて、早くおやつを!』


「ほっぽいていられるかー!」


 僕は、ココアを抱き上げ、床に下ろした。


 これでも、僕は、猫愛好者なので、一応猫であるココアを雑に扱ったりはしない。


 まあ、ココアが猫なのかどうかは怪しいのだけれども。


 ココアは、本人の話が本当ならば、真実ならば、軽く次元を超えることができる――らしい。なんなら時間も超越してくるのだそうだ。


 神の使い的なやつらしい。


 本当にこれが……?


 と、おやつをねだる姿は喋る以外には、他の猫と何ら変わりないため、大変疑わしく思えてしまう。


 ほら、某ボールに入るモンスターたちの中にも喋るやつもいるじゃないですか。最たる例は、後天的に人間の言葉を覚えた、あの二足歩行(アニメ版で猫らしく四足歩行している個体もいた気がする)で小判が頭についているやつだ。


 そんな感じのノリでココアもそれの現実バージョンなんじゃないか、と思ってしまうわけで。


 僕が、ココアの正体について考察していると――。


 むう、とココアが鼻を膨らませた。


 そして――、


『そんなに騒ぎ立てるくらいなら、最初から大切にしていればよかったのじゃ! お主は、馬鹿か! ツンデレなんていまどき流行らんぞ! ていうか、男女問わずツンデレなんて現実では、ただムカつくだけじゃ!』


 ココアが急にまくしたててきた。


 ……。


 うん、マジでそうなんですよね。


 返す言葉もありません。


 ツンデレかと言われれば、微妙なところだが、まあ、迷惑がってはいたもののデレデレしていなかったと言えば――。うん、多分、していたと思うから、あながち間違いではない。


『今、お主にできることは、とにかく静観じゃ! それと、やっぱり、反省! 絢音が帰ってくると信じて、帰ってきたときに喜ばせられるように何か準備しておくとか、少しは生産的に過ごさんか! うじうじしているところをずっと見せられるこっちの身にもならんか!』


「はい……すみません……」


 ココアの言う通りだ。


 今、どんなに僕が騒ぎ立てたところで、状況が変わることはない。それだったら、仲直りできたら渡すプレゼントでも買いに行くとか、そうした方がよっぽどいい。


 それに、僕は、渋谷さんが家を出て行って、ありがたみというか、なんというか――寂しさみたいなものを感じている。


 一応、断っておくが、好きになったとかそういうわけではない。


 この点に関してだけは、はっきりさせておくべきだ、と思う。


 やっぱり、ココアが神の使い的な存在であることが疑わしいように、渋谷さんが前世で僕の婚約者だったとかそんな話も疑わしい。


 ただ――。


 一緒に住み始めて。


 一緒に暮らし始めて。


 渋谷さんに出会って。


 僕のどこかつまらなかった色のない日常が少し明るくなっていた。


 とにかく、僕は、渋谷さんとの生活を迷惑がっているように振舞っていたが楽しんでいたのだ。


 こりゃ、流行らんツンデレだ……。


 我ながらウザいな。


 マジでココアの言う通り、反省しなきゃだな。


 もしも、渋谷さんが帰ってきてくれたら、もう少し素直に振舞うようにしよう。


 僕は、そう思った。


「あー、ココアさん。ちょいと、出かけてきます」


『え!? わらわのおやつは!?』


 結局、それしか頭にないんかい。


「出かけついでに買ってくるので、許してください……。ほら、あの、薬局とかには売っていない珍しい味の買ってくるので」


『ほほう! そりゃいい! 冬理も少しは使えるようになったな!』


 少しは使えるようにって……。


 毎日、薬局におやつを買いに行っているのは僕なんですけど……。


 まあ、ココアには、こんな感じでいてもらった方が落ち着くしいいか。


「特大サービスでストックも買ってくるよ」


『おおおおお! 冬理、お主は最高じゃ! これで、絢音も帰ってくること間違いなしじゃ!』


 いや、そうはならないでしょ。


 まあ、そうなってくれればいいんだけどさ。


 僕は、ココアを抱きかかえ、目をじーっと見つめてみることにした。


 神の使いなら願いを神様に伝達するくらいのことしてくれないかなぁ。


 なんて、一瞬思ってしまったが、他力本願はよくない。


 そう思い、頭の隅に追いやった。


「それじゃ、行ってきます」


『うむ、留守番は任せるのじゃ』


 僕は、ココアをソファに下ろし、リビングを出て行った。

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