第13話 前世の婚約者は学校でも僕と話したいらしい
「はーい、ココアさーん! おやつの時間ですよー!」
そう猫撫で声で言う渋谷さんに、ココアがみゃあ! とあからさまに喜んだ声で反応する。
が、今のみゃあ! は、僕には――。
『お、冬理よりも使える!』
そう聞こえていた。
そのおやつを買ってきたのは、どこの誰でしたっけ……? ん……?
内心穏やかではないが、渋谷さんと打ち解けているのを見て、まあ、いいか。と、放っておくことにした。
というか、ココアの声は、僕にしか聞こえていないらしい。そのため、僕がココアと会話していると、渋谷さんには、おそらく、僕が本気で猫と会話を試みている中々にクレイジーなやつに見えると思う。
まあ、渋谷さんもいきなり婚約を迫ってきたり、母さんを体よく追い出して、僕との同棲にこぎつけたりで、たいがいなのだけれども。
考えてみて、それとこれとでは、話が違うような気がした。
何はともあれ、ココアが家に来て数日。すっかり、家に馴染んでいる。
「ココアさん、このおやつは、今、猫さんたちの間で話題らしいですよ」
最初は『この家の平和は守ります!』などと意気込んでいた渋谷さんも、ココアの可愛さ(見た目の)にやられてしまったようだ。
ソファの横で僕は、ココアに液状のおやつを上げる渋谷さんを見る。
見た目の可愛さにやられてしまっているところがある、という点に関しては、僕も渋谷さんのことを言えないような気がしてきてしまっている。
そんなことを考えた。
いかんいかん。これじゃ、まるで僕が渋谷さんのことを好きみたいになっているじゃないか。
まあ、最近よく一緒にいるどころか、毎日ずっと一緒にいるんだから、一瞬、好きなのでは? と錯覚してしまうのは、仕方のないことだと思う。
僕は、一人うんうん、と頷く。
「冬理くん、どうかされましたか?」
頷いている僕をココアにおやつをあげ終えた渋谷さんが不思議そうな顔で見てきた。
「あ、いや、うん。なんでもないよ」
「そうですか。それならいいのですが……?」
渋谷さんは、そう言うと、突然何かを思い出したかのような顔をした。そして、僕に近づいてきた。
「そうです! ココアさんのことで最近は、バタバタしていましたから、すっかり忘れていました!」
「何を忘れていたの?」
そう言うと、渋谷さんが不満そうな顔をした。
「何って、決まってるじゃないですか!」
いや、わからないぞ。
渋谷さんと何か約束をした覚えは、毎朝たまご焼きを作るくらいで、他には何もないと思うのだけれど……。
本当にわからない。
僕が首を捻らせていると――、
「もう! 学校で冬理くん、私のこと避けるじゃないですか!」
渋谷さんが頬を思い切り膨らませていた。
どうやら、渋谷さんは、僕が彼女のことを学校で避けているのが、それは、それは、ご不満なようだ。
「あー、まあ、うん。避けてはいる」
「なぜですか!!!!」
「前に一緒に登校できないって言ったときと一緒だよ」
僕がそう言うと、渋谷さんは、ただでさえ、膨れさせていた頬をさらに膨れさせた。もはや、ひまわりの種を頬にためたハムスターのようだった。
「私は、別に気にしません! 学校でも冬理くんとお話したいですし、思い出作りたいのに、酷いです!」
「そう言われてもね……」
僕は、頭を抱えた。
学校で渋谷さんみたいな可愛い女の子と一緒にいると、目立つ。絶対、目立つ。
高校生活を平和に暮らしたい僕としては、それは避けたい。
特に今年は、進路のことだってある。
波風立てずに学校では過ごしたいものだ。
――たたでさえ、家がカオティックになってきてるしね。
ココアのことをちらり、と見る。
「みゃ? (なんだ?)」
ここでココアに返事をするのは、おかしいため、僕はとりあえず無視しておいた。
「まあ、うん。何を言われても、渋谷さんとは学校で関わるつもりは一切ないし、そこは諦めてよ」
僕は、少し俯き、ため息まじりに言った。
「なんですか……それ……」
なんだか渋谷さんの様子がいつもと違う気がして、僕は、思わず顔を上げる。
「あ、いや……」
少し言い過ぎたな、と思った――ときには、もう遅かった。
「そうですか……。そう……ですよね……。もう、我儘は言いません……。ごめんなさい……」
渋谷さんは、そう言って、部屋を飛び出し、二階へと行ってしまった。
「渋谷さん、待って……!」
僕は、慌てて、渋谷さんのことを追おうとする。
が――。
『まあ、待て。今、行っても火に油を注ぐようなものじゃ』
あくびをしているココアに呼び止められた。
「いや、でも……」
『今、お主がすべきことは、自分がしたことをしっかり、と反省することじゃな』
ココアがそう言って、毛づくろいを始めた。
ココアの言う通りだった。
僕は、多分、自分の思っている以上に渋谷さんのことを傷つけた。
しっかり、反省しなきゃだな……。
僕は、自分の発言を頭の中で思い返す。
うん、あれは、いくら何でもないな……。
明日、ちゃんと謝ろう。
心に決め、息を吸って吐いた。
仲直りできたら、渋谷さんの好きな料理を作ろう。ピクニックに誘って、それを食べるのもありかもしれない。
僕は、そう考え、ソファに座りなおした。
ココアの言う通り、今は、渋谷さんが落ち着くのを待つしかない。
明日の朝になれば、渋谷さんとも落ち着いて話ができるはずだし、顔を合わせられたら、そのときに謝ろう。
僕は、うん、と頷き、心に決めた。
このとき、自分とココアの見立てが甘かっただなんて、僕は知る由もなかった。
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