第11話 SFは間に合っています
「と、いうわけで、なんか一緒に暮らすことになったのです……」
さすがに前世で婚約者だったとか、ファンタジーというか、SFじみた設定は伏せたが、僕は全てを、さも困っていますよ、と言いたげな口調で話した。
そんな態度をとっている内に、本当に困っているのか不安になってきたため、改めて、現状、困っていることといったらと思い浮かべてみた――。
――渋谷さんがやばそうな女の子であること。
――僕と母さんの生殺与奪の権が渋谷さんに握られていること。
――学校の人たちに知れたらまずそうなこと。
このくらいだ。うん、十分、困っていた。
「ふむ」
一斗は、話をしている内にすっかりしなしなになってしまったポテトを数本、口に運んだ。そして、水分を持っていかれたのか、セットで頼んでいたメロンソーダを一口飲む。
そして――、
「羨ましいぞ、こんちくしょうが!!!!」
ガンッ! とテーブルを叩きながら一斗は、言った。ポテトとナゲット、そしてドリンクをのせたトレイがテーブルとともに揺れ動く。
「落ち着いてくれ……!」
通りががかった店員さんが、殺気のこもった目でこちらを見ていたため、慌てて一斗をなだめる。そして、店員さんと周囲の人に頭を下げておいた。
「落ち着いてられるか……! 可愛い女の子と一つ屋根の下とかお前、前世でどんな徳を積んだんだ……!?」
落ち着いていられるかとは言うものの、かなり抑え気味の声で一斗が言った。
『前世』という最近になってよく聞くようになった言葉に思わず、僕の肩が上がる。
「いや、それは、僕が聞きたい」
色んな意味で。まじで、聞かせてほしい。
「僕が聞きたいって、お前な! 世界救うくらいのことはしててもおかしくないぞ!?」
「それは、さすがにスケールが大きすぎない……?」
そんなことをいったら、普通なら考えられないようないいことが起こる度に世界が救われなくちゃいけないし、人の数だけそれが起こりうる。地球がいくつあっても足りない。
あ、でも、並行世界とかそういう線もあるのか。
「まあ、とにかくだ、あんな可愛い子に好かれるなんて羨ましい限りだぞ……! はああ……遂に創設十八年の彼女いない歴=年齢同盟解消か……」
よよ、とわざとらしく一斗が泣く。
「そんなものいつできた……? それと、別に付き合ってないんだけど……?」
「そう、強がるやつ程、好きになるパターンなんですよ。知ってます」
噓泣きに飽きたのか、顔をばっと上げた後、真顔で一斗が言う。
「ストーカー疑惑が晴れてない女の子のことを好きになる馬鹿がいるか。状況的に仕方なく一緒にいるだけで……」
僕がさらに言葉を続けようとすると、一斗が僕の言葉を遮った。
「なんか、色々言ってるけど、満更でもなさそうに見えるんだが。気のせいか……?」
「うん、気のせいだよ。気のせいだ」
「ふーん……」
一斗がナゲットに手をのばした。
「あっ……」
最後の一個を取られてしまった。
***
一斗といつもの場所で別れた後、少し寄り道をしてみることにした。
「いないか」
僕が立ち寄っていた場所は、今朝も通りかかった神社。
今朝、見かけた茶色のペルシャ猫のことが気になったのだ。
連れて帰るつもりもなかったのに、なぜか気になって、吸い寄せられるようにここに来てしまった。最初は入口付近だけ見ていくつもりだったのだが、見当たらなくてわざわざ境内にまで入っていた。が、いないのなら、もうここに用はない。
拝殿まで歩いていき、賽銭箱に五円玉を投げ入れ、例に倣って、二礼二拍手一礼をし、日ごろの感謝を述べた。
境内に足を踏み入れたのだし、挨拶はしておいた方がいいだろう。そう思っての行動だ。
信心深いとかそういうわけではない。が、僕は、何も買わずにお店を出るとかそういったことは苦手なタイプであるため、神社でも礼儀は尽くしたかった。
一礼して、鳥居をくぐり、神社を後にした。そして、家まで真っすぐ向かう。
僕の家から神社はそう遠く離れていないため、すぐにたどり着く。家の明かりが点いている。渋谷さんは、もう既に帰ってきているのだろう。
門を開閉した後、家のドアの鍵を開け、ドアノブに手をかけた。
瞬間――。どたどた、と家の中から足音が聞こえてきた。
苦笑しつつも、僕は、ドアを開く。
「ただいま。渋谷さん」
「あ、と、冬理くん……お、おかえりなさい……! こ、この家は……私が守ります!」
渋谷さんは、何かを探すような仕草とともに、息を切らしながら言った。
様子を見るに、僕の出迎えのために慌てて出てきたというわけではなさそうだ。
渋谷さんが僕の帰りを今か今か、と待ち構えていたなんて、考えてしまっていた自分が何だか恥ずかしい。
それよりも、守るって何なのだろうか……。
「ど、どうしたの……? 渋谷さん……?」
僕がそう訊くと同時に、渋谷さんが何かを感じとったかのように目を鋭く輝かせ、後ろを振り返った。
「あ、見つけましたよ……!」
「みゃあ!」
僕の質問なんてそっちのけで、バタバタと二階に上がっていく渋谷さん。
それよりもだ。
猫が見えた気がしたのは、気のせいだろうか。
それも今朝、見かけた猫にそっくりだった気がするのだが。
「疲れてるのかな」
僕は、独り言つ。
しかし――、
「捕まえました! もう逃がしませんよ!」
そう言いながら、渋谷さんが階段を下ってきた。
「みゃあああああ!!!! みゃあああああ!!!!」
「大人しくしてください!」
渋谷さんの腕の中で、茶色のペルシャ猫が抵抗している。
「……」
僕は、その光景を見て、自分の頬をぺしっ、と叩いてみた。
めちゃくちゃ痛かった。
「冬理くん、この家の平和は私が守りました!」
誇らしげに言う渋谷さん。そして、対照的に抵抗を続けるペルシャ猫。
「何これ」
僕が思わず呟くと、ペルシャ猫と目が合った。
すると、ペルシャ猫が妙に大人しくなった。かと、思ったら、するりと渋谷さんの腕をすり抜け、僕の元へ駆けてきた。
「待ってください!」
渋谷さんが後ろから言うもペルシャ猫は止まらない。
「みゃあ! みゃあ! みゃあ!」
そして、そのまま、勢いに任せて、僕にじゃれついてきた。
「え、何!?」
僕が驚きで尻餅をついて後ろに倒れた瞬間――。
『お主のことをずっと待ってたぞ!』
何やら声が聞こえてきた。
渋谷さんは、猫を僕から引き剥がそうとやいのやいの言っているし、渋谷さんの声ではない。
そうなると――。
いや、でもなあ……。
『おい、何をとぼけているのじゃ。ここじゃ、ここ!』
猫を引き剥がそうと四苦八苦している渋谷さんの声とは別にまた声が聞こえてくる。
うーん……。空耳だよな。
『全く……。とろいやつで困るの……』
うん、今日も心臓に悪いことがあったし疲れているのだろう。今日は、早めにやることをやって休もう。
『休むな! 無視するな!』
声が聞こえてくる方を見た。
ペルシャ猫と目が合う。エメラルドグリーンの瞳で僕のことをじーっと見てくる。
『おーい、無視するな! 青山冬理!』
「……」
とりあえず、現実を見よう。僕は、現に喋る猫を視界に入れている。
それは、認めよう。
でも、ここは、一つ呟かせていただきたい。
――SFは、間に合っていますのでご勘弁を。
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