第6話 意外な結末 1
屋外闘技場は精霊術士の模擬戦や対抗戦がおこなわれるので観覧席は高い位置にあり、万が一の流れ弾や精霊術で相手を殺さない為の処置として精霊結界が張ってある。
しかし今は模擬戦を行う片方が精霊術を使えない上に精霊士ですらない持たぬ者。精霊術を受ければ精霊結界も効果を発揮しない。
ただ精霊力の保有量の少ない精霊騎士クラスの学院生が精霊術士と模擬戦をする場合に使われる精霊器を所持していれば一度だけ恩恵を受けるも、アヤトがそれを拒否したため解除していた。
「妙なことになったな」
前代未聞の模擬戦を観覧席で見下ろしながらユースは軽薄な笑みで左隣をチラリ。
無表情ながらもあからさまに不服満載なリースは審判役として闘技場の中央に立つラタニを凝視している。
模擬戦が決まってすぐに対戦者以外は観覧席に行くよう追い出されてしまい、ロロベリアと話をする暇を与えてもらえなかった。
ユースにはリースの心情は読めている。売られたケンカを買ったのはアヤトの態度に対する怒りだけでなく、他に理由があってのこと。
勝負を挑まれたのはロロベリア。しかしアヤトがクロとの可能性がある以上は争いたくないだろう。
ましてや勝敗の見えた模擬戦、仲良くなりたい相手を一方的に痛めつけてしまえば遺恨は残る。
アヤトの自業自得なのでリースからすればざまあみろだが、それでもロロベリアが辛い思いをするならと名乗り出た。
なんせリースは嫌われようが恨まれようが気にならない。むしろ日頃のうっぷんを晴らすいい機会。
つまり親友を思うからこその行動。なのにその親友に伝わらず、真意を問うことも出来ないと不服なのだ。
「ま、心配しなくとも姫ちゃんが負けるわけないし、のんびり観戦しようぜ」
「……当然。ロロは強い」
ならば行動でロロベリアの真意を見極めるしかないとリースは頷いた。
◇
ロロベリアは念入りに柔軟をしつつ気持ちを落ち着かせていた。
あれほどの自信があるならアヤトも武芸経験者。しかしロロベリアも毎日のようにリースと模擬戦を繰り返している。
精霊騎士団長の長女として生まれ、三歳から武芸全般を学び努力を積み重ねたことで精霊力の解放なしでも現役騎士とすら互角に戦えるリースほどでないなら充分勝機はある。
そう、ロロベリアは武芸のみでやり合うつもりだ。
本気でこいと挑発されても、やはり持たぬ者に精霊力の解放は危険すぎる。
精霊結界で物理攻撃を軽減できる効果を持つ精霊器すらアヤトは拒否、ロロベリアが名乗り出なければ大怪我では済まない結末を迎えた。制御ミス一つで殺しかねない力を彼は知らないのか。
それでもアヤトは怒るだろう。
この模擬戦後、遺恨を残すが仕方がない。
これは守るための戦い。
つまりロロベリアが相手をする以外にアヤトの身を守る方法はない。
「気合い入ってるねぇ」
「……アーメリさま」
ロロベリアの悲痛な気持ちを無視した笑顔を向けてラタニが歩み寄ってきた。
「うんうん。やっぱ青春はぶつかり合わないとねー」
「やはり、彼を呼んだのは私のためですか」
「おりょ? ばれちゃってた」
悪気なく認められてロロベリアは要らぬお節介だと詰め寄りたい。
「だったらなんであんなしょーもないお願いしたん?」
「……は?」
続く言葉は理解できないロロベリアを他所にラタニは大きなため息。
「あそこは『今度デートして下さい』とか『私と付き合って下さい』って言わないと。それともロロちゃんは賭け事で手に入れる愛は不満? 誠実だねー」
「いえ、愛とかではなくてですね……」
「でもね、時には強引に行かないと。戦って手に入れる愛も――」
「だから待って下さい!」
妄想を膨らませるラタニをこれ以上放っておけずロロベリアは声を張り上げた。
「愛よりもまず、私は間違っていません。どんな意図があろうと彼の態度は許せるものではありません。ならば謝罪を要求するのは当然の――」
「真実を口にして謝罪するのが当然? んなバカな」
「え……?」
しかし思わぬ返答にロロベリアは言葉を続けることが出来なかった。
そんなロロベリアをどこか冷めたようにラタニは見据える。
「……ああ、そっか。ロロちゃんも勘違いしてる口か。な~んだ、いつも真面目に自主練してるからあたしが勘違いしてたわ」
「アーメリさま……それは」
「ま、狙いと違うけどいい機会か。とにかく、あんましアヤトを舐めないように」
肩をすくめてラタニは背を向け、腕組みをして目を閉じたまま動かないアヤトへと向かいつつ。
「じゃないと、殺されちゃうよ」
「ころ……っ」
「おーいアヤチン、武器のチェックするからお見せなさい」
「……誰がアヤチンだ」
物騒な忠告を残してアヤトの元へ向かうラタニの背を、ロロベリアはぼんやりと目で追っていた。
これは模擬戦であって命のやり取りではない。その証拠にいま手にしている剣も、アヤトの武器にも刃引きがされる。なのに殺されるは大げさだ。
いつもの冗談かと疑うも、ロロベリアの脳裏に先ほどのラタニの視線が過ぎった。
自分も勘違いしているとの、失望の眼差し。
過去、精霊術士を相手に持たぬ者が勝利した記述はない。
しかしアヤトの方が強いような口ぶり。
それでも実力差は圧倒。王国最強の騎士団長でも、精霊士を主体とした精霊騎士の末端どころか精霊騎士クラスの学院生にすら敵わないのだ。
「問題なしっと。んじゃ、ギャラリー待たせてるし、始めようか」
「……はい」
納得できないままラタニに手招きされ、ロロベリアは闘技場の中央でアヤトと対峙する。
「待たせたな」
「問題ありません」
いまは勝負に集中するべきと結論づけたロロベリアは剣を青眼に構えた。
「んじゃ、模擬戦開始っと」
ラタニのゆるやかな号令が闘技場に響き渡った。
◇
「……アヤトくんの得物、妙な形状だけどありゃなんだ?」
アヤトの手にする武器に注目しつつユースは首を傾げてしまう。
ロロベリアの剣より短い細身の刃。加えてゆるやかな反りがある片刃の剣は武器として頼りなく、しかし刃引きから漏れる白銀の輝きが妖艶で。
「多分……刀」
ユース以上に興味深く観察していたリースが自信なさげに口を開く。
「形状が文献と一致してるし、東国で主力だった伝統の武器。でも製法が特殊で、国が滅ぶと同時に技術も失われたはず。どうして一般人のあの男が?」
「むしろ、なんで姉貴がそんなに知ってんの?」
武芸好き故にリースの口数が多いのはわかるが、一〇〇年以上も前に失われた武器について詳しいことにユースは疑問視する。
「昔、ロロが調べていたのを見た。剣よりも細身だけど斬ることには群を抜いて特化した武器。興味があって覚えてただけ」
「なるほど」
その理由にユースも納得。ロロベリアは武芸を始めてから各国の歴史を学ぶ中、意識して東国の文献を調べていた。
それは思い出の少年の母国を知りたい気持ちがあった故。
「でもま、刃引きしてりゃその特徴も意味なし。加えてあのリーチ差、アヤトくんも苦労しそうだ」
そもそも武器以前の戦力差と闘技場内で対峙する二人を眺めていた。
「お言葉ですが、そこはロロベリアさまの間違いではないかと」
「ん~?」
「…………」
しかし不意にかけられた声にユースはのんびりと、リースは目を見開き振り返れば座席二つ分の距離をマヤ=カルヴァシアがゆっくりと歩み寄り優雅に一礼。
「帰らない兄様を探していたのですが、ふと修正すべきお話しを耳にしたので、つい口を挟んでしまいました」
「ああ、悪い悪い。兄様お借りしてんだわ」
「いえいえ。不躾な兄ですがお役に立てるのならいくらでも」
楽しげに笑い合うユースとマヤ、しかしリースは息を呑む。
珍しい武器に見入っていたとは言え、声をかけられるまでマヤの存在に気づけなかった。それは全く気配を感じなかったということで。
(……この子)
こうも簡単に背後を取られたリースは妙な違和感。そもそも学院生でもないマヤがどうして闘技場にいるのか。
そんな疑問を抱くリースの視線に気づきマヤは小首を傾げてしまう。
「リースさま、どうされましたか?」
「……べつに」
考えるのが面倒なのか、リースは首を振り話題を変える。
「それよりも修正の話。姫ちゃんが苦労するってどういうこと?」
「そのままの意味ですが?」
「……意味分からんけど」
「それは見てのお楽しみですわ。そろそろ動くようです」
首を傾げるリースに微笑みマヤが指摘するように、闘技場では今まさにロロベリアが姿勢を低くしていた。
◇
(あれは……刀? 文献で読んだけど見るのは初めて)
号令直後、ロロベリアは注意深くアヤトの獲物を観察。
リースの情報通り東国について調べていただけあってそれが刀だと気づいていた。
だが実物はなんと美しいことか。
刃引きから漏れる刀身は艶美な輝きを放ち、背中がちりちりするような警戒心を継げてくる。
(剣とは違って斬るに特化した武器。でも刃引きしてるし、届かなければ脅威じゃない)
それでも特製を潰され、刃渡りはロロベリアの持つロングソードの方が長く、斬るよりも叩きつぶすに特化した剣。刃引きも関係なく、得物では圧倒的に有利。
なのに攻められない。
漠然とした警戒心で動けない。
なぜならアヤトが余りにも無防備すぎて。
「どうした? さっさとこい」
今も左手に持つ刀の刀身を肩に乗せ、右手はコートのポケットに入れたまま。数歩でこちらのみの間合い、なのに警戒心が感じられない。
このやる気のなさが、逆に誘っているように思えてならない。
「それとも俺から行けばいいのか。さすが序列十位さまは言うことが違う」
「……誰も、そんなこと言ってないわ」
しかし悪意ある挑発に我慢できずロロベリアは剣を握る両手に力を込める。
「あなたこそ、構えたらどう? スキだらけよ」
「気にするな」
「そう……では、遠慮なく――っ」
瞬間、地面を蹴りロロベリアは飛び出す。
日頃の鍛錬で鍛えた脚力で間合いを詰めて剣を振り上げる。
一連の動きは観覧席からでも賞賛に値する速さ、なのだが――
「……え?」
剣先が狙っていたアヤトの右肩から逸れて、地面を叩きつけていた。
「なにバカ面してんだ」
左を見れば呆れたようなアヤトの顔。変わらず刀身を肩に乗せて、右手をポケットに入れたまま絶好のチャンスに反撃する素振りすらない。
「く――っ」
すぐさまロロベリアは剣を右に振るうも、アヤトは余裕を持ってバックステップで躱す。
「はぁっ!」
着地を待たずロロベリアも追撃、振り上げた剣をアヤト目掛けて振り下ろした。
「ふん」
対しアヤトは肩から刀身を放し、剣筋を遮るように軽く振るう。
細身の刀で剣を防げば破壊されるのは必至。得物がなくなれば勝負は終わりとロロベリアは剣を止めない。
しかし受け止めるでなく剣の側面を刀で叩かれ『カンッ』と甲高い音が鳴り、剣筋が逸れて再び地面へ。
「そんな……っ」
全力で振るった剣を軽々と逸らされた事実にロロベリアは驚きを隠せない。
「もう終わりか、白いの」
「……まだまだっ」
悠然としたアヤトの態度に、半ばムキになってロロベリアは剣を振るった。
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