幕間
ロロベリアとアヤトの模擬戦が行われる数日前――
広大な敷地面積を誇るマイレーヌ学院は大きな時計塔を中心に様々な建物や施設が囲んでいる。
全体を見回すのに最適な時計塔の屋根上に学食の仕事を終えたアヤトはいた。
「…………」
黒い瞳が向けられているのは屋外演習場で訓練に励む精霊術クラスの一学生、模擬戦中でときおり精霊術による爆発音が響く。
誰もが真剣に訓練に取り組んでいるからかアヤトの存在に気づいていない。
いや、それ以前の問題か。
高低差もあるが時計塔から屋外演習場までの距離は優に二〇〇メルを超える。
よほど感覚に優れていなければ存在に気づくことのない距離。高さも相まって見られていると知らなければ誰も注視しないだろう。
故にアヤトに観察されているとは知らず、学院生らは訓練に集中しているのだが。
「いかがですか? 兄様」
「ラタニが危惧するのも無理はねぇ」
一組の模擬戦が終えたところで隣りに立つマヤが問いかければアヤトはため息一つ。
「どいつもこいつも、勘違いしたバカばかりだ」
「では楽しめそうにありませんね」
「……だな。精霊騎士クラス含めて一通り確認したが、それなりに楽しめそうな遊び相手はおまけ込みで四人くらいか」
「思ったより少ないですね。でしたら、ロロベリアさまはどうでしょう?」
「この中にいるのか」
「……常連のお客さまの名前くらい覚えてください」
あまりの返答に呆れてマヤが指さすのは模擬戦に挑むロロベリアの姿。
アヤトも視線を向け、彼女の乳白色の髪を確認するなり理解した。
「白いのか」
「一学生でありながら学院序列十位となった才女だそうです。きっと兄様の遊び相手になれるかと」
「どうだろうな……。ひよっこの背比べで十位になったところで期待はできん」
「かもしれませんね」
興味なさげに肩を竦めるアヤトにマヤはクスクスと笑う。
その間にも訓練は続いていて、模擬戦開始の合図と共にロロベリアが精霊力を解放。
「白いのは水の精霊術を扱うのか」
「はい。しかもロロベリアさまの制御力は学院一と噂されるほどで、既に変換術を可能にしているとか」
「ほう?」
この情報にアヤトも興味を持ったのか模擬戦を注視。
風の精霊術を扱う相手の学院生は先手必勝と弧を描くように演習場を疾走しつつ精霊術で風の刃を繰り出し、ロロベリアは精霊術で氷の壁を生み出し対応。
しかし風の刃は囮、相手の学院生は氷壁の陰から飛び出し手にするダガーで追撃。ロロベリアも剣で防御――直後、氷壁が砕け散り無数の雹が相手の無防備な背中を直撃する。
死角からの攻撃に苦悶する相手へロロベリアが剣を突きつけチェックメイト。
四大の中で最も速さに長ける風の精霊術士を相手にロロベリアは一歩も動くことなく完封。熟練の精霊術士でも難しいとされる変換術だけでなく、氷壁を攻撃へと応用した遠隔操作は一学生とは思えないずば抜けた制御力だ。
「お見事ですわ」
わずか十数秒の攻防にロロベリアを称賛する学院生と同じくマヤもパチパチと拍手で賛辞を送るがアヤトはため息一つ。
「話にならん」
「あら残念」
「ま、一番楽しめそうなのは残しておくとして、手始めに三学生のあいつがいいな」
「ですがラタニさまが王都から戻られる頃には遠征訓練が始まっています。意向も含めてまずは一学生になりそうですけど」
「そうだったな……たく、なんで俺がこんな場所まで呼び出されなければならん」
「学食を切り盛りする為でしょう?」
「……たしかに。勘違い連中を相手するよりはよっぽど暇つぶしになっている」
「兄様ってお料理がお好きですね。顔に似合わず」
「顔は余計だ」
そのやり取りを最後にカルヴァシア兄妹の姿は屋根上から消えた。
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