第5話 付かず離れずの二人 2



「相席いいかなー?」

「…………」


 いつものようにリースと、この日はユースと共に学食で昼食を摂るロロベリアはいきなりラタニ=アーメリに声をかけられ茫然。


「これは特別講師殿、もちろんどうぞ」

「じゃあどっこいしょー」


 代わってユースが了承すればラタニは爺むさい声で着席。


「いやー美味そうだ。ほれ、ロロちゃんもぼけっとしてないで食べたら? リーちゃんみたいにとまでは言わないけどさ」

「あ……はい」

「……リーちゃん言うな」


 我に返るロロベリアの隣りで我関せずと食事を続けていたリースがぼそり。

 ちなみに本日のメニューは羊のミルクを使ったシチューと炙りチキンで、大盛り制度を利用したリースの前には三人前はあろうかの量だった。


「くぅ~っ! やっぱアヤトの料理は美味いねぇ」


 それはさておき、さっそくシチューを一口食したラタニは満面の笑み。慣れ親しんだ料理を食べたような口調にロロベリアは思い出す。

 この学院でアヤトやマヤと初めて出会った時、ラタニは昔馴染みとして案内していた。


「特別講師殿はあいつとお知り合いで?」


 それを知らないユースが疑問を抱くとラタニはスプーンを動かしつつ頷く。


「あいつがこーんなちっさい頃からのお知り合い」

「どの頃から……」


 空いた手で豆粒を摘まむほどの大きさを示すのでリースが呆れるのも無理はない。


「まあお姉さんみたいなもん? そもそもあいつをここの学食で働けるよう手配したのはあたしだから」

「そう……なんですか?」

「そうなんですよ? ほら、ここの学食って安いし早いけど不味かったでしょ? んで、ちょーど欠員出るから、ならアヤトを呼ぼうって感じで。そうすればあたしは毎日気軽に美味しい料理が食べ放題って……狙ってたんだけどねぇ」


 呼んでみたものの特別講師として勤務するラタニは現役精霊術士のエースで小隊長。兼任業務で忙しくようやくここへ来れたらしい。


「初日からやりたい放題かましてるって聞いたから心配してたけど、まあ上手くやってるようでなにより」


 アヤトが学院で働いているのが実に個人的な理由だと知りロロベリアは言葉がない。


「だから驚いたよ。ロロちゃんがあいつと仲良くお喋りしてるからさ」

「え? あの……」


 しかし不意の話題転換に返答に詰まってしまった。

 たしかに他のお客よりは会話をしている。というよりロロベリア以外はアヤトの態度に気圧されてしまい注文しかしないだけ。

 ただ仲良くかは自信がない。

 今日は徐々に増えている客足に『人手が足りないのなら手伝おうか』と申し出れば『お前に手伝われる義理はない』と不快に返されている。馴れ馴れしすぎたと反省しているくらいだ。


「……仲良くかどうかは」


 故に自信なく答えるがラタニは否定。


「仲良くしてるじゃん。気難しいって言ったでしょ。あいつにあんな提案して無視されないだけでも凄いよ?」

「聞いてたんですね……」

「つーかさ、ずっと聞こうと思ってたんだけどロロちゃんアヤトに惚れた?」


 瞬間、気恥ずかしげにシチューを掬おうとしたロロベリアの手からスプーンが落ちた。


「だとしたらお姉ちゃん応援しちゃおう。無愛想で陰険で唯我独尊だけど料理を含めた家事万能、中々におすすめ物件だ」

「……ぜんぜんおすすめに聞こえない」

「同感」


 ニコレスカ姉弟の感想を無視してラタニは続けた。


「ロロちゃんみたいな器量よしがお嫁さんになってくれるとお姉ちゃん安心して――」


「どうしてそのような話になるのですか!」


 が、羞恥に耐えられなくなったロロベリアが立ち上がり抗議。


「ん? ロロちゃんはアヤトが嫌い?」

「す、好きとか嫌いとかではなくてですね……そ、そもそも私は今の彼をまだよく知らないというか……っ」

「なるほろねー。んじゃ、お姉ちゃんに任せなさい」

「え? アーメリさまどこへ――」


 意味深な笑みを浮かべたままラタニは話途中でトレイを手に席を離れてしまうが呼び止める前に妙な気配が。


「楽しく食事をするのはいいが、騒げば他の客に迷惑なんだが」

「あ、その……っ」


 いつの間にか隣りに立っていたアヤトの睨みにロロベリアは慌ててしまう。


「なにより俺にな。理由があるなら一応聞いてやる」

「……ありません。すみませんでした」

「結構。次ぎ騒げばたたき出すのでそのつもりで」

「はい……」

「逃げた」

「逃げたねぇ」


 許しは得たものの心証を悪くしたと肩を落とすロロベリアを哀れみつつ、ニコレスカ姉弟はラタニの逃げ足に呆れていた。


 しかし午後の訓練で更に呆れる事態に遭遇することになる。



 ◇



「ではでは、これからみんなには殺し合いをしてもらいまーす」


『…………』


 屋外闘技場に集まった若き精霊術士の卵達はラタニの説明に茫然自失。


「ん? なんかノリ悪いなぁ……あ、殺し合いは冗談だから安心してテンション上げていこーう!」


 その反応に訂正を入れるもやはり効果は薄い。

 いきなりの物騒発言にも驚いていたが理由は別にある。

 精霊術士を育成する精霊術クラス一学生の四五名で一対一の模擬戦。

 対戦相手は各々自由に選ぶ。


 ここまではいい。

 これまで何度もあった訓練だ。

 ただ、みなが――特にロロベリアが――気にしているのはラタニの隣りにいるアヤトだ。


「…………」


 ちなみに黒のロングコートを纏ったアヤトは明らかに機嫌が悪い。

 恐らく無理やり連れられたのだろう。


「ここにいるのはアヤト=カルヴァシアくん。知ってる子もいるだろーけど最近学院の学食で働きはじめたシャイボーイだ」


 そんな心情に気づいてか偶然かラタニから自己紹介。


「んで、なんでここにいるかってーと、今日は特別に訓練を一緒にするからです」


『…………は?』


「これで数もピッタリ、仲間外れもなくなってスムーズに訓練できる。ばっちりだ。そんじゃまずは相手を選んで――」


「ま、待ってください!」


 ラタニの思惑とは裏腹に言葉途中でロロベリアが挙手。


「一緒にとはどういうことですか? 彼はそもそも調理師で――」

「みんなと同い年。立場は違えどこうして出会ったのはなにかの縁、なら仲良くしましょう! 青春はぶつかり合って得るモノってね」


 つまり物理的にぶつかり合え、戦えとは無茶苦茶だった。


「お互いを知るにはいい機会、でしょ?」

「……まさか」


 更に学食の任せておけとの言葉はこのことかとロロベリアは言葉を失った。


「特別講師、質問っす」


 代わってユースが、恐らくここにいる全員の気持ちを代弁した。


「青春はいいけど、アヤトくんは精霊術が使えるんですか」

「使えないよ? つーか、そんなの見ればわかるっしょ」


 平然と返されるも、だからこその質問。

 精霊士や精霊術士は意識すれば相手の秘めた精霊力を感じとることができる。そしてラタニの隣りにいるアヤトには全く感じられない。

 つまり彼は精霊術士どころか精霊士ではない、持たぬ者ロゥ・エクナ


「なら模擬戦は無理っしょ。それともアヤトくんの相手する奴は精霊力を抜きっすか?」

「こらこら、手抜は減点にするぞー。殺し合うくらいの気合いで戦えって言ったっしょ。本気でぶつかり合わずしてなにが青春か!」


 ぐっと拳を握って熱弁するラタニはやはり無茶苦茶だった。

 精霊力を持つ者を相手にできるのは精霊力を持つ者のみ――これは自身が精霊士と教わると共に教わる言葉。

 精霊力は解放するだけで身体能力が飛躍的に上がるので無闇に解放するなとの戒めだ。どれだけアヤトが強くても、それこそ騎士団クラスでも一瞬で勝負がついてしまう。いや、下手をすると命に関わる。

 それほどの差があるからこそラタニの意図が読めない学院生は戸惑うばかりで。


「……アーメリさま」

「バカバカしい」


 ざわめく学院生の中でロロベリアとリースは戸惑いを通り越して呆れていた。

 貴重な訓練時間の私的利用。加えて学院生でもない一般人を巻き込んだ模擬戦が公になればいくらラタニでもただでは済まないだろう。

 故に学院生が口々に述べる不満の声。

 この訓練に何の意味がある?

 持たぬ者との戦いで得るモノはない。

 そもそもあの男はなぜここにいる?

 戦うとわかって居るなら常識を知らない。

 特にこの宣言を聞いてなお拒否しないアヤトへと向けられていた。


「ずいぶんな歓迎じゃねぇか」


 このままでは彼に悪い噂がつきかねないとロロベリアが歩を踏み出すも、ようやくアヤトが口を開き、隣りにいるラタニを睨みつけた。


「こっちは忙しい中、テメェに頼まれて仕方なく付き合ってんだぞ」


 だがそれは模擬戦への不満ではなく学院生の態度を批判するもの。

 しかも自信満々に上から目線で。


「まーまー。この子らはまだ学院に来て間もないひよっこだから許してあげな」

「……たしかに。どいつもこいつも己の実力を慢心しているバカだな……仕方ねぇ」


 二人のやり取りに静まり返る学院生に構わずアヤトは周囲を見渡し、ロロベリアで視線を止めてほくそ笑んだ。


「おい白いの」

「わ、私のこと?」

「白さにかけてお前の右に出る奴がいるか」


 呼び名の微妙さに不満顔のロロベリアを無視、アヤトは平然とした表情で告げた。


「俺の相手はお前でいい」

「……え」

「なんだ。俺では不服か」

「いえ……そうではなくて。あなた、わかってるの?」


 精霊術士のロロベリアと持たぬ者のアヤトで模擬戦。やるまでもなく結果は見えている。それどころか手加減しても勝負にすらならない。

 申し訳ないがそれが現実。


「お前が学院序列十位さまなのはわかっているが」


 なのに的外れな返答。そんな情報を知っているのがロロベリアには意外だった。

 しかしアヤトはどこまでも挑発的に続ける。


「故にお前を相手に選んだ。一学生で唯一の序列入り、つまりここにいるバカ共よりはそれなりにマシだろ」

「…………っ」


 あまりの言葉にロロベリアは怒りよりも先に心配で背後を振り返る。

 予想通り侮辱を受けた学院生らがアヤトに敵意を向けていた。

 それどころか明らかな殺意を持つ者がいて。


「わたしがやる」


 我慢の限界に達したリースが学院生の中から名乗り出た。

 しかしアヤトは視線を向けることすらせずため息一つ。


「時間の浪費は嫌いでな。なにより、大バカを相手するのも面倒だ」

「……どういう意味」

「やれやれ……テメェじゃ相手をする価値もないと理解できんか」

「こいつ……っ」

「ま、白いのでもさほど変わらんがな。テメェらの中で一番強いのと遊んでやれば、ここにいる全員がどれだけ自惚れたバカだと少しは理解できるだろ」


 さらなる挑発にリースの殺意が膨れあがり、精霊力をも解放して空気を震わす。

 それでもアヤトは相手にせずロロベリアを見据えて。


「わかったならさっさとやるぞ。気が乗らんのであれば大サービスだ。万が一でも俺に勝つことができればお前の命令を何でも聞いてやろう」

「いい加減に――」


「待って!」


 ついに得物を手に身を構えるリースだが、飛び出すより早くロロベリアが制した。


「挑まれたのは私よ。あなたは下がってて」

「ロロ……」


 虚を突かれ矛先を下げるリースの横を通り過ぎ、ロロベリアはアヤトと対峙。


「言ったからには責任を持って下さい」

「何の話だ」

「私が勝ったら、先ほどみんなを侮辱した言葉を撤回してもらいます」


 それはアヤトが挑発に使った約束で、リースを含めた仲間たちに謝罪させるという意味。


 例え彼がクロでも――いや、クロだったらなおさら今の態度を許せない。


 どのような理由でも、どんな真意があろうと悪いことをすればごめんなさいは必要なのだ。

 敵意も殺意もない。純粋な闘志を向けるロロベリアに対しアヤトは終始涼しげで。


「いいだろう。地面に面擦りつけて謝罪してやる」


 学院史上初、精霊術士VS調理師の模擬戦が決定した。



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