第7話 意外な結末 2
一連の攻防に静まる観覧席でニコレスカ姉弟もまた言葉を失っていた。
「わたしくの予想通り。ロロベリアさまが苦労していますね」
そんな中、マヤは無邪気に答え合わせを楽しんでいて。
「確かに刃引きをしているので斬ることはかないませんが、防御には関係ありませんし」
聞くまでもなく二人も理解していた。
剣よりも細身で短く、軽量なのでさまざまな攻撃にも瞬時に対応できる。
だが驚いているのはもっと別のこと。
迫り来る剣を逸らすにはただ側面を叩けばいいものではない。剣を握る手元に近ければ変化も小さく逸らしきれないので、より変化の大きい剣先を狙う必要がある。
そしてアヤトは見事に剣先のみを狙い逸らしていた。
ロロベリアは決して弱くない。
むしろ毎日のようにリースと模擬戦をしているだけあって武芸の腕も学院内では高い。今も剣を振るう動きは卓越している。
なのにどれだけ攻めても、合間にフェイントを織り交ぜても全く当たらない。
アヤトは逸らせる剣筋は刀を振るい、逸らしきれない剣筋なら身体を動かして躱している。
冷静に、余裕を持った動作は流水のように美しく、リースですら捉えきれると言い切れない。
同時に解せない。ここまでアヤトは何度もあった反撃の機会を全て見逃している。
まるで必死に攻めるロロベリアを弄ぶような対応がリースには許せなく――
「どちらかと言えばロロベリアさまに非があるかと」
リースの心情を見透かすようにマヤが口を開く。
「あれでは兄様が本気を出さないのも無理ありません」
「……どういうこと」
リースの端的な問いにマヤは呆れた視線を闘技場へ。
「だって兄様、舐められるの大嫌いですもの」
◇
「はぁ……はぁ……っ」
大きく距離を空けたロロベリアは集中を途切らせず息を整え、アヤトは開始直後と変わらず警戒もない平然とした顔。
一方的に攻め立てた側の消耗が激しいのは仕方がない。だが絶え間ない攻撃を防ぎ、躱し続けても呼吸が乱れないのはどういうことか。
加えて動きを先読みしているようないなしの技術。体制を整えるために距離を取ったものの、このまま続けても捉えるヴィジョンが浮かばない。
リースを相手取っている時とは違う、まるで水に斬りかかっているような手応えのなさが不気味で。
間違いなくアヤトは自分よりも強い。
認めざる得ない事実にロロベリアは悔しさで歯を食いしばる。
そしてもう一つ、悔しさを煽る事実。
「……聞いてもいいかしら」
「なんだ」
「どうして反撃しないの」
面倒気に返すアヤトに、ロロベリアは勤めて冷静に問いかける。
完璧な防御でこちらは何度も体勢を崩された、何度もスキを見せた。
しかしアヤトはその全てを見逃し攻撃の素振りすらしていない。
実力差は歴然、あしらわれているとも痛感しているだけに屈辱的だ。
模擬戦とはいえ真剣に勝負へ望んだ側としてはこの事実が何より腹正しい。
静かな怒りを瞳に宿すロロベリアに対し、アヤトはわざとらしいため息を吐く。
「逆に聞くが、なぜ本気を出さない」
その質問にロロベリアは一瞬の躊躇い後、表情を引き締める。
「私は本気よ。それとも、想像していたより弱いとでも言いたいの」
だとすれば屈辱の上乗せ、返答次第ではと剣を握る両手に力がこもるが――
「精霊術士が精霊術を使わず本気だと? 笑わせるな」
苛立ちを含ませたアヤトの批判に虚を突かれ、全身の力が緩んでしまった。
「それとも俺では本気をだせんか。さすが序列十位さまだ、出し惜しみをしてくれる」
「別に出し惜しみなんてしてないわ。私は――」
「だが俺は舐められるのが嫌いでな。やれやれ……仕方ねぇ」
説明を聞かずアヤトは嘲笑混じりに首を振る。
「才女さまのお眼鏡にかなうよう、まずこちらが手の内を見せてやるか」
「――ッ」
視線が交わった瞬間、ロロベリアの背筋に悪寒が走る。
殺されると恐怖した。
先ほどと同じく無警戒な体勢のアヤトと視線を交えただけなのに、瞬きする間に殺されてしまうと恐怖した。
その証拠に生存本能が警鐘を鳴らし、いつの間にか精霊力を解放していた。
「感覚はそれなりに鋭いな」
(なに……なんなのっ?)
蒼く変化した髪と瞳に称賛するアヤトを他所にロロベリアは困惑ばかり。
無意識に精霊力を解放したことなど一度もない。これほどの圧力を感じたことは一度もない。
いったいアヤトの何に怯えているのか。
何に恐れているのか。
巡る思考の中、それでも剣を構え続けるロロベリアの視界で、アヤトが右足を踏み出す。
「さて、望みを叶えてやるか――」
声が途切れると同時にアヤトの姿が消えた。
「くっ!」
「ほう?」
咄嗟に身体の左をガードした剣にガンと重い衝撃。
上段蹴りを防がれ、感嘆の声を漏らすアヤトを視認するも再び見失う。
驚愕する間もなく不意に襲う足への衝撃に耐えきれずロロベリアはバランスを崩し、倒れるままそれがアヤトの足払いだと気づき――
「くッ……あぁぁぁっ!」
片手を地面に突いた体勢のアヤトに腹部を蹴られた衝撃でゴロゴロと地面を転がった。
「簡単に得物を手放すんじゃねぇよ」
横ばいに倒れ腹部を押さえるロロベリアに向けてアヤトは落とした剣を蹴りつける。
「たいしたダメージでもないだろう。さっさと立て」
模擬戦続行を促され、剣を手にロロベリアはゆっくりと立ち上がった。
精霊力のお陰でそれほど痛みはない。
だがたった一度の反撃でロロベリアは大きく消耗していた。
初手を防げたのは運がよかった。直感のまま剣でガードしなければ頭を蹴られて気を失っていたかもしれない。
そう、ロロベリアはアヤトを完全に見失っていた。
精霊力で強化した動体視力を持ってしても、精霊力のないアヤトの動きが見えなかったのだ。続く足払いも、目前で上下に動かれたとはいえ全く見えなかった。
信じられないがアヤトは精霊力を解放したリースよりも速い。
だがなぜ精霊士でもないアヤトがこれほどの動きができるのか。
今も彼から精霊力は全く感じられないのに。
「ああああぁぁ――っ!」
こみ上げる恐怖を振り払うよう声を張り上げたロロベリアが地面を蹴る。
精霊力で強化された脚力で数メルの間合いをわずか一歩で詰め寄り、気遣いなしで剣を振り下ろす。
しかし最小限に身体を反らし躱される。
振り下ろしからの振り上げ、間髪入れず横薙ぎ、不意を突いた蹴りも全て簡単に。
刀による防御すら使わずに。
なぜ精霊士でもないアヤトに攻撃が当たらないのか。
精霊力を解放すれば常人を遙かに超える身体能力を手に入れるのに。
わからないことだらけの中、ロロベリアは一つの確証を感じていた。
「そろそろウォーミングアップもいいだろう」
必至の猛攻を平然と躱しつつアヤトが苦笑している。
しかし見据える瞳が冷ややかに訴えかけていた。
殺すぞ――と。
このままでは殺されてしまうとの確証。
もちろんロロベリアは全力だ。
今も精霊力で強化した腕力で、なりふり構わず剣を振るっている。
つまりアヤトが指摘しているのは、引き出そうとしているのは精霊術士の本質。
身体強化以上に、精霊術士を精霊術士たり得るもの。
『集え・集え・波紋を広げ――っ』
振り下ろした剣が空を切ると同時にロロベリアは詩を紡ぎ、その周囲に小石大ほどの水の塊が九つ顕現。
大怪我を負わせると使うつもりはなかった。
だが、ラタニの忠告通り気遣う必要はない。
本気で挑まなければ殺されてしまう。
『強者を穿て――
迷いなく放った九つの水塊は背後を取っていたアヤトを狙う。
「よっと」
だが迫り来る水塊をアヤトは後方に飛ぶことで全て躱してしまった。
再び距離を空けた両者。
しかしアヤトと同じようにロロベリアも剣を構えることなく向き合ったままで。
「ようやく本気で遊ぶ気になったか」
「ごめんなさい」
嫌味を含む批判に、これまでの非礼をロロベリアは素直に謝罪した。
◇
「おいおい……マジかよ」
観覧席ではあり得ない光景にユースも驚愕。
あの生真面目なロロベリアが持たぬ者に精霊術を放ったこともだが、何より信じがたいのはそうさせたアヤトの強さ。
突然ロロベリアが精霊力を解放したと同時に起きた攻防。俯瞰で見るアヤトの動きは全力の彼女を上回っていた。
ここからでも感じるロロベリアの膨大な精霊力。しかしアヤトからは微塵も感じられない。
持たぬ者なので当然といえば当然だが、精霊力なくしてあれほどの動きが出来ることこそあり得ない。
その疑問はユースだけでなく隣りで食い入るように攻防を凝視するリースも、他の学院生たちも同じ。
いったいどんなカラクリで常人を超えた動きを可能としているのか。
「兄様ったら性格が悪いですわ」
誰もが信じられないと思う中、マヤだけは別段気にした様子もなくクスクスと笑った。
「わざわざロロベリアさまに精霊術を使わせるなんて、本当に酷いと思いません?」
「……ロロが負けると言いたい?」
聞き捨てられないとリースが睨みつける。
アヤトはロロベリアよりも強い。
しかし精霊術を駆使すれば話は別。それほど精霊術は強大で、ここからはいかにロロベリアがアヤトを殺さず敗北させるかとのシナリオになる。
「はい。ロロベリアさまがラタニさまと同じ強さなら別ですが」
だが返された内容にリースは目を見開く。
「……マヤちゃん、それってどういうこと?」
変わってユースが問いかければマヤはと小首を傾げて告げた。
「兄様はラタニさまともう何年も模擬戦を繰り返していますの。最初は何度も殺されかけていましたが、いまでは互角に戦えるほど強くなられているんですのよ」
凄いでしょう――と微笑むが、その情報にユースは笑えない。
王国最強精霊術士、ラタニ=アーメリを相手に互角で戦える者など現役精霊術士を含めて国内に存在しない。にも関わらず精霊士でもないアヤトが模擬戦とはいえ互角に戦える。
それは精霊力を持つ者を相手にできるのは精霊力を持つ者のみという戒めを完全に覆しているではないか。
そしてマヤの情報を証明するように、闘技場内では信じられない戦闘が続いていた。
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