第2話 戸惑いの再会 2



「……はぁ」

「大丈夫?」


 翌日、午前の授業が終わるなりため息を吐くロロベリアを隣の席でリースが気遣う。座学でも優秀なロロベリアがいつになく集中力を欠いて凡ミスを繰り返していた。

 もう会えないと諦めかけていた相手と再会すれば当然かもしれないが、逆に言えば大切な人と再会したロロベリアに困惑はあれど笑顔はない。


「ひーめちゃん。今日はずいぶんと調子悪いじゃん」


 重い空気の中、ひときわ明るい声にリースは肩を落とす。

 金色の髪を後ろで括り、長身で整った顔立ちも緩んだ表情は三枚目の印象を与える男子院生が二人の席に近づき軽薄な笑みを浮かべていた。


「姉貴もどーしたよ? 腹の調子でも悪いのか」

「……黙れこの愚弟」


 軽口に鋭い視線で返すようにユース=フィン=ニコレスカはリースの弟。顔つきは似ているが寡黙な姉に対し、弟は陽気と真逆の性格。

 ちなみに姫ちゃんとはユースのみが使用しているロロベリアのあだ名。初対面の時、ロロベリアの珍しい白い髪が陽光にきらめきお姫様のように綺麗だったかららしい。


「なんか機嫌悪いな」

「不快極まりない愚弟の顔を見れば当然」

「……ユースさん。どうかしましたか」


 言葉は辛辣でもリースが弟思いなのを知るロロベリアは注意せず話題を変えた。


「ん? ああ、そうそう。飯でも一緒にどうかって誘いにきたんよ。噂のクロちゃんを紹介ついでにさ」

「…………」

「なぜ愚弟が知ってる」


 予想外の提案に口ごもるロロベリアに代わりリースが批判。

 ロロベリアの強い意志の秘密、そしてクロという少年との大切な思い出をユースも知っているが昨日の出来事は知らないはず。

 ユースはサボり癖が酷く昨日の学院も欠席していたし、居合わせた当事者以外この情報を知る方法はないのだ。


「歳が同じの黒髪黒目をしたのがここへ赴任してきたと同時に姫ちゃんの様子がおかしけりゃってね」

「つまり……カマをかけた。姑息な愚弟」


 そんな疑問もユースの指摘によって解消された。


「怒るなって姉貴。つーか水臭くね? オレも知らない間柄ってワケでもないんだしさ、教えてくれたっていいじゃん」

「……それは」


 ユースも思い出の少年の話をした際、ロロベリアを慰め、生死不明を案じてくれていた。

 隠していたことに不誠実を感じてかロロベリアは目を伏せてしまう。


「あの男は別人」

「あれ? そうなん?」


 変わってリースがきっぱりと否定するとユースは首を傾げる。


「リース……でも」

「ロロもそう言われた。気にする必要はない」

「……でも」

「…………ふむ。よくわからんが姫ちゃんはクロちゃんもどきが気になってんのか。なら一応見て損はないってことで。やっぱ飯に行こうぜ?」


 ロロベリアの反応に俄然興味を持つユースが改めて誘う。


「別に気にしてはないけど……わかりました」

「いいの? ロロ」

「ユースさんを一人で行かせるよりは」

「仕方ない……会計は愚弟持ちで」


このままユースを放置しておけば無駄に拗れると危惧するロロベリアの意図を組み、リースも立ち上がった。



 ◇



 学院の敷地は広大なため学食は三つある。


 王国の未来を担う若者が通う学院となれば貴族出身が多く、ニコレスカ姉弟も実のところ精霊士で構成された精霊騎士の団長を父に持つの家系だ。

 そういった家柄に合わせて豪華な食事を提供する学食、中流階級や一般学生に合わせた大衆食堂のような学食、そして三人が向かったのはもう一つの講師舎に一番近い学食だった。


「……あまり人がいない」

「早くて安いだけがウリの学食だからな」


 数えるほどしか生徒のいない学食内をリースが見回せばユースが説明。

 なんでもここは味が微妙でメニューも日替わりのみ、つまり献立は毎日作る調理師が決めるので選べない。

 ただユースの言うように三カ所でもっとも安く、早く料理を提供してくれるので忙しい教員や勤労学生が好んで使用しているらしい。


「ずいぶん詳しい」

「そりゃあ常連だし?」

「…………」


 充分な仕送りをしてもらっているのに常連なのは遊びで無駄遣いしすぎだろう。

 姉として注意すべきかとリースも考えるが面倒なので止めておく。


「だからここのルールも完璧だぜ。まずカウンターに金を置く、すると飯が出てくる。そいつを持って好きなテーブルで食う、終わったら食器をカウンターに持っていく。ちなみに飲み物持参オッケー、水はセルフサービス。簡単だろ?」

「……それだと料理がわからない」

「出てきてからのお楽しみ。とりあえず行こうぜ」


 ユースは先にカウンターへ向かい、想像以上の不便さにリースはため息一つ。


「今からでも変える?」

「……気にしないで」


 不便さよりもここに来るまでずっと無言のロロベリアを気遣うも首を振られてリースは後に続く。

 普段利用している一般用の学食に比べて内装は痛んでいるが、清掃は行き届いているようで安心するもカウンターの壁に『一食五〇ミル』と書かれた札に目がいく。この金額は一般用の学食で一番安い定食の半額だ。


「大丈夫……?」

「なにが?」


 あまりの安さで不安になるリースの心情に気づかずユースはカウンターに腕を乗せて厨房をのぞき込む。


「おばちゃん、ランチよろしく」


「……誰がおばちゃんだ」


 返ってきたのは不機嫌な低い声。


「食いたければまず金を払え」


 そして現れたのは黒髪黒目の少年、アヤト=カルヴァシア。

 彼の役職はここの調理師としてだ。もともとこの学食で働いていたのは調理師と給仕のみ。その調理師が急遽退職することになって派遣されたらしい。

 別にアヤトの年齢で働くのは珍しくもないが、どういった伝手で選ばれたのか。髪や瞳だけでなく服も黒一色、目つきも悪いアヤトが白いエプロンを纏う姿は何とも微妙。


「なんだ」

「いや、なんでも」


 訝しみの視線にカウンター越しからアヤトが睨みつけるもユースは苦笑で交わす。


「それよりもあんたがクロちゃんねぇ。思ってたのとずいぶん違うわ」

「あん? テメェなに言って――」


 ユースの不躾な感想に苛立ちを露わにするアヤトだったが、背後に居る二人に気づくなり納得した嘲笑。


「なるほど。テメェらの連れか」

「あ、あの……昨日は失礼なことを……」

「失礼というのは仕事の邪魔をすることだ。食うならさっさと金を払え」


 慌てて頭を下げるロロベリアを一瞥してアヤトは指でカウンターを叩く。あまりな態度にリースが一歩前に出るも、口を開くより先にロロベリアが硬貨を置いた。


「すみませんでした」

「わかればいい。お前らは」

「もちろん頂くぜ」

「…………」


 遅れてユースが、無言で硬貨をリースが叩きつけるとアヤトは硬貨を手に厨房の奥へ。


「……あれがマジでクロちゃん?」

「だから違うと言った」


 戸惑うユースと不機嫌なリースのやり取りをロロベリアは目を伏せ聞いていた。

 そう、リースが念を押すように彼は思い出の少年ではないと本人から聞いている。


 昨日、六年ぶりの再会を果たせたと確信していたのに――



 ◇



 ロロベリアが口にした愛称に、表情を緩ませる黒髪黒目の少年。


 この反応に直感は間違いなかったとロロベリアの表情にも笑みが浮かぶ。


「ふん。ずいぶんと安直な感想だ」

「……え」


 だが返ってきた嘲笑に表情が固まった。


「しかし初対面の相手に失礼だと思わんか」


 更に続けられた言葉に耳を疑う。


「わ、わからない? 私よ、ロロベリア。六年前まで同じ教会で暮らしてた――」

「わかるもなにも初めて聞く名だ」

「そんな……っ」


 もしかして気づいてないとロロベリアは必死の主張をするも空しく終わった。


「なら……あなたはクロ……アヤトじゃないの……?」

「あん? なぜ俺の名を知っている」


 だが、愕然と呟く名に少年が反応。


「それって……あなたアヤトなの? アヤト=カルヴァシアで……」

「だから、なぜお前が俺の名を知っていると聞いている」


 思わず再確認すれば少年――アヤトは苛立ちを露わに問い返す。

 これにはロロベリアだけでなく、背後で見守っていたリースも困惑。

 黒目黒髪という特徴は珍しいがゼロではないし、名も王国では珍しいが同じ民族血縁ならいるかもしれない。しかし同じ黒目黒髪の、同じ姓名を持つ、同じ年頃の人物と出会う可能性になればどうだろうか。ただでさえ少ない特徴も考慮すればありえないはず。

 この推測は果たして願望かとロロベリアが視線を向けた先で、リースもまた同一人物が否定しているような違和感に戸惑っている。


 なら彼はクロ――六年前に大切な約束を交わした少年。


 だがロロベリアはわからない。

 目の前にいるアヤトは気づいていない風でも、嘘を言っているようでもない。

 本当にロロベリアの存在を知らないようで。


「――こんな所にいらしたのですね」


 駆け巡る思考の中、新たな声にロロベリアは我に返った。

 ラタニと共に近づく白いフリルをあしらった真っ黒なゴシックドレスを着た幼い少女。年頃にして一二歳ほどの少女が何故この学院にと思うより先にロロベリアは息を呑む。

 なぜならその少女の瞳は黒、そして白い花飾りを付けた長い髪も黒。

 この特徴はアヤトと同じ民族の血縁者。 


「まったく、どこに行かれたかと心配しましたわ」

「……それは俺の台詞だ」


 苦笑を返すアヤトに少女はロロベリアとリースを見るなり意外そうな表情。


「あら? 可愛い妹をほおって女性を二人もお誘いしているなんて、酷い兄様だこと」

「妹……? 兄?」


 からかうような少女の言葉にロロベリアは無意識に声を出す。しかしアヤトは気にせずため息一つ。


「自分で可愛いなんざよく言う。そもそも、俺は絡まれていただけだ」

「逆にお誘いを受けていたと?」

「……なぜそうなる」

「そっちも見つけてくれたんだ。ごくろーさん」


 淡々としながらも睦まじい会話を交わす二人を他所に、少女と同伴していたラタニがロロベリアとリースの肩をポンと叩く。


「せっかくだから自己紹介しとこうか。こっちの犯罪者面がアヤト=カルヴァシアで」

「誰が犯罪者面だ」

「んでもってこっちは――」


「マヤ=カルヴァシアと申します」


 アヤトの指摘を無視したラタニの言葉を引き継ぎ少女が優雅に一礼。


「兄様がなにかご迷惑をかけていないでしょうか」


 幼い容姿にしては大人びた笑みで問いかけるも、ロロベリアは戸惑いを隠せない。


「あの……あなたと彼は、兄妹……なの?」

「あまり似てないので驚かれるかもしれませんが。なんせ兄様はアレですし」

「おい、あれとはなんだ」

「…………」


 追求するアヤトをゆるやかに交わすマヤはやはり兄妹。それがロロベリアを困惑させた。

 アヤトとの出会いは六年前、両親を賊に殺されて教会にやってきたから。

 なにより本人から妹の存在を聞かされていない。


 つまり特徴も名前も偶然で彼は思い出の少年――クロではない。


「アヤトがどーかしたん?」

「あ、いえ……」


 不審な態度にラタニが首を傾げるも、ロロベリアはどう説明すればいいか分からない。


「髪と目の色が珍しいから気になった。わたしも実際見るのは初めて」


 代わってここまで静観していたリースがフォローを入れる。

 安堵するロロベリアだが反応したのはアヤトだった。


「そういや俺もお前の髪色が珍しいと見入っていたな」

「まあ兄様。女性を観察するなんて失礼ですわ」

「……お互い様だ」


 マヤの注意にうんざりとするアヤトにロロベリアは少なからずショックを受ける。

 先ほど交わった視線はロロベリアが感じたように彼も何かを感じてくれたのだと思っていた。

 しかし現実は違った。

 アヤトやマヤのような黒髪が珍しいように白髪も珍しい。故に初対面の相手にはまず髪の色を意識されるのはロロベリアも慣れていた。

 そんなことも忘れて直感に浮かれていたことが滑稽で。


「これ以上時間の浪費はいいだろう。さっさと行くぞ」

「失礼いたします」


 落ち込むロロベリアを無視してアヤトは背を向けマヤは一礼してから後に続く。


「……ほんと、勝手気ままな兄妹だこと」


 そもそも二人の案内をしていたのに自由な態度はラタニは愚痴をこぼす。


「とにかく助かった。んじゃ、そっちも早く帰ることねん」

「はい」

「……失礼します」


 会釈するリースの隣りでロロベリアは無意識に遠ざかるアヤトの背を見つめていた。

 結局は偶然で、直感も気のせい。

 それでも否定したい感情が渦巻いて。

 もっと話して確証を得たいのに、なのに違う現実を知るのが怖くて。

 どうしたいのか分からないまま、声をかけられずにいた。


「……ああ」


 と、何かを思い出したようにアヤトが踵を返し、突然の行動に反応できないロロベリアの前で立ち止まった。


「俺が黒ならお前は白だな」


「――っ」


 そしてからかうような笑みに、ロロベリアの心臓が大きく跳ねる。


「なんのことですか? 兄様」

「バカにされたままというのも性に合わん」

「……相変わらず変な兄様ですね」


 戻りマヤに呆れられるがアヤトは関心を無くしたように去って行く。

 しかしロロベリアの心中は穏やかではない。

 アヤトからすれば最初の不躾な呼び名に対する仕返しかもしれないが、今の台詞は二人が愛称で呼び合うようになった時の再現。

 初めて見る黒髪にロロベリアが冗談めかしにクロと呼んだ際、同じように返してくれた。


 ぼくがクロならキミはシロだよ――


 ただあの時のように屈託のない笑顔ではなく、真逆の捻くれた笑み。

 なのにどうしてこうもダブるのか?


 本当にアヤトはクロではないのか。


 そんな疑問をロロベリアに残す別れだった。



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