第1話 戸惑いの再会 1



 この世には火、水、土、風の四大精霊が存在し、精霊力により世界は自然に満ちていると言われている。


 伝承では人類と精霊は密接な関係で誰もが精霊力を宿し、共存していたと言われているも今では精霊を見た者はいなく、精霊力を宿す者すら減少傾向にあった。

 故に精霊に認められ精霊力を体内に宿し生まれた者を精霊士と呼び、更にその中から精霊の寵愛を受けたことで精霊と同じく自然を操る精霊術を扱う者を精霊術士と呼ばれている。


 そして現在、精霊士として生まれた者は世界でも三分の一以下、精霊術士として開花した者は更に半分以下と希少。

 人類の脅威である霊獣と渡り合えるだけの戦力となれば、各国で適正を持つ若者の育成に余念がない。

 世界三大国の一つ、ファンデル王国第二の都市ラナクスにあるマイレーヌ学院にも今年、選りすぐりの若者が入学した。ある者は富と名誉の為、ある者は純粋な正義の為と様々な志を持ち。


 その中の一人、ロロベリア=リーズベルト。


 腰まで伸ばした髪に意志の強さが窺える金の瞳、多少スレンダーな体型でも魅力ある少女。だがそれ以上に目を引くのは老いと共に色素を失うとは別種の、艶やかな白髪がより神秘的な印象を与える。

 しかし学院では他の要素でまた注目を浴びていた。ロロベリアは入学して僅か三ヶ月で学院実力者十名の一人、序列十位との序列入れ替え戦に挑み打ち倒した才女。

 精霊力の保有量は平均、しかし術を操ることに関して群を抜いていた。

 基本一人の精霊術士が操れる元素は一種、ロロベリアの場合は水の精霊術を扱えるのだが――


『奮え・奮え・我が領土を輝かせ』


 精霊力を解放し、精霊術を発動するに必要な詩を紡ぐとロロベリアの白髪と金の瞳がサファイアよりも美しい蒼へと染まり、翳す手のひらに水の塊が生まれる。


『氷演となりて悪鬼を貫け――氷撃の鏃レ・グラシーザー!』


 更に紡がれた詩に呼応し、放たれたのは氷の鏃。五〇メル先の的へと寸分狂わず襲いかかり破壊、更に的の破片が凍り付いていた。

 本来、水を氷にする変換術ピアラインは熟練の精霊術士でも難しいとされている。にも関わらず入学当時から可能にするが故に一学生にして序列十位、故に才女と呼ばれていた。


「見事。下がっていいぞ」

「ありがとうございます」


 羨望と驚嘆の拍手を浴びつつロロベリアは凜とした表情で列へ。


「リース=フィン=ニコレスカ、前へ」

「はい」


 続くはロロベリアの親友、リースがラインに立つと同じく標的に向けて詩を紡ぐ。


『舞え・舞え・我に立ちふさがる全てを灰燼とかせ』


 全身を包む紅いオーラと金髪金瞳がルビーよりも鮮やかな紅へと染まり、掲げた右手に長く伸びた炎が五本顕現された。


炎の槍レ・プロミネス


 手を振りかざすと名のごとく飛び出す槍のような炎が的に命中。火柱を立て地面をもえぐり取った。


「ふう」


 すさまじい破壊力に満足げなリースだが講師は額に手を当て項垂れてしまう。


「……ニコレスカ。いまがなんの訓練か分かっているのか」

「精霊術の実践」

「精霊術を効率的に操る実践だ。いまのどこが効率的だ!」


 それもそのはず、この訓練は最小の力で敵を無力化するもの。いくら火の精霊術が四元素中最強の破壊力を誇るにしても木の的相手に明らかなオーバーキル。

 精霊術は無尽蔵の力ではない。精霊力が枯渇すれば使用不能になるだけでなく、術者の精神が負荷に耐えられず意識を失い、最悪死のリスクすらある。扱い慣れていない新入生は消極的な姿勢を見せることが多いのにリースは全くの逆だ。

 理由は精霊術の細かな制御が苦手なのともう一つ。


「実に効率的。一発で相手は戦闘不能、大勝利」


 金色のショートヘアに眠そうな瞳、ロロベリアより頭一つ分低い視線でも一部のスタイルは豊満はさておき、愛らしい容姿とは裏腹に戦闘スタイルが力押し、攻撃は最大の防御を体現した性格だった。

 しかし拙い一学生の中で、例え数発でもこれほどの威力を出せる精霊力の保有量は目を見張るものがあり、事実リースはロロベリアに継いで序列入りするのではないかと噂されていた。

 まあ、それでも未熟な制御は危険。


「リース=フィン=ニコレスカ。後で講師室へ来い」


 なので講師は今後を踏まえて説教を決定した。



 ◇



 学院が終わると学院生も自由な時間。

 一日を通じた勉学や訓練で疲弊した心身を癒やす為、友人らと街へ繰り出す者や趣味に没頭する者がほとんど。


「はっ! はっ!」


 そんな憩いの時間、学院の敷地内にある序列専用の室内訓練所に響く声。訓練着姿のロロベリアが黙々と剣を振るっていた。

 基礎を忠実に繰り返される素振りは五〇〇回に迫り、その真剣さは大量の汗が物語っている。


「ふっ……はぁ」


 最後まで剣筋を意識して振り終え、乱れた呼吸を整えるが剣先は地面に付けない。


『集え・集え・波紋を広げ』


 代わりに精霊力を解放、詩を紡げば彼女の周囲に小石大ほどの水の塊が九つ顕現、更に温度を下げて氷へと変化。

 そこで精霊術をキャンセル、顕現された氷は重力に引かれるまま落下――同時にロロベリアは剣を一閃。


「はぁ!」


 横薙ぎされた切っ先が氷を破壊。

 続けざまに振る剣は二つ、三つと次々落下する氷を捉えていく。

 最小限の動作で砕く氷は八つ目、最後の一つを突きで狙うも剣先が届く前に地面に落ちて砕けてしまった。


「……もう一回」

「少し休んだらどう」


 気持ちを切り替え、再び挑戦しようとするロロベリアは不意にかけられた声に視線を向ける。訓練室の入り口にリースがいた。


「いつの間に……」

「さっきからいた。訓練中のロロは相変わらず周りを見ない」

「……耳が痛いわ。それよりもずいぶん早いのね、もうお説教は終わったの?」

「講師に『少しはリーズベルトを見習え』と言われたから見習いにきた」


 つまり皮肉をそのまま取ってここへ来たとロロベリアは理解し呆れてしまう。ただ連れ戻しに来ないなら言いたいことは終えたのか。


「まあいいか。それなら相手してよ」

「わたしが見習いに来たのに」

「どうせ説明しても聞かないでしょ」


 やる気満々で剣の代わりに模擬剣を準備するロロベリアに仕方なくリースも準備。

 精霊術を操るに長けた才女と呼ばれるロロベリアだが、親友のリースからすればそれは間違い。彼女が本当に秀でているのは意志の強さ。

 先ほどの訓練もただ闇雲に剣を振るうのではなく、標的を見定めることを目的としたもの。しかも精霊術で氷を生み出すことで術を操る訓練にもなると自身で考えた。

 効率的な方法だが精霊力が枯渇すれば使用不能になるだけでなく、術者の精神が負荷に耐えられず意識を失い、最悪死のリスクがある。

 事実リースは術を扱えるようになったばかりのロロベリアが訓練中に気を失った場面に何度も出くわしている。才女とは想像できない泥臭い訓練、自身で強くなる方法を模索し危険だろうと実践する強さ。


 その結果が、精霊術士に開花しわずか五年で学院序列十位の地位に立ったロロベリア=リーズベルトの強さ。

 そして、なぜ彼女がこれほど強さを求めるのかをリースは知っている。

 大切な居場所を守れなかった後悔と、大切な約束を果たすため。


「今日こそ一本取るんだから」

「その前に呼吸を整える」


 悲しい理由を秘めてなお直向きな親友を前に、リースは尊敬の念を抱き微笑んだ。



 ◇



 一時間に及ぶ模擬戦の後、シャワーで汗を流し終えたロロベリアとリースは共に学院生向けの寮に向かっていた。


「……悔しい」

「まだまだ修業が足りない」


 夕日が照らすロロベリアは苦渋に歪み、対しリースは満足げ。

 意気込んで勝負を挑んだロロベリアは結局、一太刀もリースに浴びせることが出来なかった。

 実のところ疲弊抜きにしても純粋な武芸でロロベリアは過去一度も勝ったことがなかったりする。

 精霊術を駆使すれば別だが、武芸でも負けたくない――つまりロロベリアは極度の負けず嫌いだった。


「とはいえ、今日はもう訓練を止めておく。休むことも大事」

「わかってるわ。レポートの提出もあるし、リースはちゃんとやってる?」

「聞くだけ無駄」

「つまり手すら付けてないのね……じゃあ相手してくれたお礼に手伝ってあげる」

「それはお礼じゃなく拷問」


 リースの苦手な勉強を持ち出してロロベリアはしてやったりの笑み。


「ん? まーだ帰ってない生徒がいんの」


 と、訓練所を出たところでこちらに気づく一人の女性。

 赤い髪を一つに纏め、わずかに紫を帯びた切れ長の瞳を向けるのは今年から学院の特別講師に就任したラタニ=アーメリ。

 上位精霊術士の証であるローブを肩にかけ、歩み寄る姿にロロベリアに緊張が走る。

 五年前――弱冠一六歳で当時の宮廷精霊術士団長を打ち負かし、以降王国最強と呼ばれる天才精霊術士。それはロロベリアにとって憧れの存在であり、父親と交流があるため古くから顔見知りのリースにとって苦手な相手だ。


「ロロちゃんにリーちゃんか。早く帰らないとお化けがでるよー」

「……リーちゃん言うな」

「申し訳ありません、アーメリさま」


 故に子供だましな脅しよりも馴れ馴れしい対応を指摘するリースに対し、生真面目に謝罪するロロベリア。

 ラタニは気にせず二人の前に立つと笑顔を向ける。


「まあこっちから来るなら自主練だろーし、とがめる理由もないんだけど」

「……なら無視すればいいのに」

「こらリース。と、ところでアーメリさまも訓練をされるのですか? でしたらぜひ私も参加させてもらえないでしょうか」

「さっき休むよう言ったばかり……」


 目をキラキラさせて懇願するロロベリアに嘆息するリースだが。


「いまから訓練しないって。あたしは明日からここで働く役員を案内してたとこ」

「アーメリさま自ら……ですか?」

「そいつらはちーと気むずかしくてねー。あたしが昔馴染みだから面倒ごとを引き受けたんだけど……ちょっと目を離した隙にいなくなってて探してんの」


 本当に面倒ごとになったとラタニは頭をかく。

 学院の敷地は訓練所などもあるのでかなり広い。土地勘のない相手とはぐれては探すのも困難だろう。


「でしたら私たちもお手伝いします」


 ならばロロベリアがそう申し出るのは当然で。


「ほんとに? そりゃ助かる」


 先ほど早く帰れと言った口でラタニが素直に受けてしまい、完全に巻き込まれたリースも諦めモード。


「では、その役員とはどのような人ですか」

「目立つから一目でわかるよん」


 人差し指を立てラタニが継げる特徴にロロベリアは息を呑む。

 その特徴を持つ者はいまより一〇〇年以上も前に滅んだとされる東にあった島国の生き残りで、明るい髪色と瞳が基本のファンデル王国では珍しい。

 事実その特徴が色濃く残る民となれば学院関係者には一人もいないのだ。

 ただ反応したのは別の理由で――


「……わかりました。私は向こうを見てきます」


 動揺そのままロロベリアは早足で訓練施設へと行ってしまう。


「あの子……どうしたん?」

「知らない」


 首を傾げるラタニの問いを適当に流しリースも後を追った。



 ◇



(私ったら……なにを期待してるの)


 一人当てもなく訓練施設を歩くロロベリアは自己嫌悪に陥っていた。

 特徴的な容姿は珍しくもゼロではない。そもそも学院生としてならともかく役員ならロロベリアより年上、彼は同い年だ。

 いや、この考えこそ空しい期待をしている証拠。

 なんせ六年前に突然の別れから間もなくあの少年は消息を絶った。その後亡くなったと風の便りで聞いている。

 それでも証拠はないとの否定がいまでも期待させる。

 もしかしたらとの願いが、同じ特徴を聞いただけで動揺してしまう。

 同時に現実を受け入れようとしない弱さが嫌になる――


「…………」


 負の思考が連鎖していたロロベリアの歩みが止まった。

 夢現な表情で見つめる先は闘技場から出てきた少年で。

 黒いコートに黒いズボン、黒のブーツと黒一色の装い。

 更に前髪の長い黒髪は探している人物と一致する。

 つまり彼がラタニの探す新しい役員、厳しい顔つきだがまだ若く同い年に見える。


 だからなのか――一目見た瞬間、心臓が大きく跳ねた。


 そんな困惑は少年の視線がロロベリアに向けられたことで確信に変わった。

 黒い瞳が、ロロベリアの金の瞳と交わる。


「ロロ」


 背後から追ってきたリースの呼びかけに、ロロベリアは反応せず歩を進める。

 突然の別れから六年、空しい期待を抱き続けた時間を埋めるように一歩ずつ。

 対し少年は立ち止まったまま、動こうとしない。

 もしかするとまだ気づいていないのか?

 それともこの再会に驚いているのか?

 でも一言で確信になる。

 だって間違いなく彼はあの少年。


 言ってしまえば直感だ。


 一日たりとも思い出さない日がなかった初恋の相手を見間違うはずがないとの、恋する乙女の直感。

 他人からすれば笑ってしまうようなあやふやな理由でも、ロロベリアには確信的な理由。

 逸る鼓動を感じつつ、手の届く位置で立ち止まり。


「……クロ」


 その名を呼ぶと厳しい顔つきがふっと緩んだ。

 この反応で直感は正しかったと。

 やはり少年は六年前、ロロベリアと大切な約束を交わした。


 アヤト=カルヴァシア。



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