白き大英雄と白銀の守護者
澤中雅
第一章 出会いと約束編
序章 シロとクロ
街外れの教会は外観こそ何度も修繕された後があり、お世辞にも立派とは言えないが庭園は手入れが行きとどき花壇には色とりどりの花が咲いていた。
雲一つない青空の下、刈り揃えられた芝生に子供が二人。黒髪の少年とは対照的な白髪の少女が向かい合い座っている。
両手に絡めた赤い輪状の紐をゆったりと指に引っかけては伸ばし、外してはまた伸ばす動きを繰り返す少年の手元を少女は食い入るように見つめていた。
「できた。なにに見える?」
「お星さま!」
「せいかい」
自信なさげに紐で象った星形を掲げていた少年も少女の即答に安堵の笑み。
「おもしろい遊びだね。たしかクロの名前はこの遊びがもとだっけ」
「そうだよシロ」
感心したように思い出す少女の問いかけに少年は頷く。二人は互いの特徴的な髪色からシロ、クロと呼び合う仲。
ただ出会ってまだ二ヶ月ほどで。
少年は三ヶ月前、両親を野盗に襲われ亡くした孤児。
少女は赤子の頃、教会前に置かれていた捨て子。
「お母さんが好きだったて……聞いたことあるから」
だから少年の表情に寂しさが見て取れるのはもう会えない相手故。二人だけじゃない、教会で暮らす他の子供たちも似た境遇。
辛い過去を背負い、貧しい暮らしながらもみんなが笑顔を浮かべてられるのはひとえにこの少女の存在が大きい。
「クロは一人じゃないんだよ。いまは教会のみんなが家族だもん」
いまも少年を笑顔にしようと真っ直ぐな励まし。
「なにより、わたしはクロとずっと一緒だからね」
そして無邪気な笑顔は沈んだ心も照らす魅力がある。少年もまた少女の無邪気さに救われていた。
「じゃあぼくは強くならないと。弱虫なシロを守れるくらいに」
だから今度は少年の番、少女の笑顔を曇らせないよう強くなる。
いつまでも自分の大好きな笑顔でいて欲しいとの誓いを立てる。
「わたしは弱虫じゃないもん」
「どうかな?」
「信じてない……いいもん。わたしはクロだけじゃなく世界を守れるくらいに強くなるって決めたから」
なのに負けん気の強い少女は妙な対抗意識を燃やしてきた。
しかしこういった一面も少女の魅力と、少年は小指を差し出す。
「なら約束しようか。ぼくはシロを守る。シロは世界を守るって」
「いいけど……約束するならもっと大切なことがあるのに」
その小指を見つめていた少女も小指を絡める。
「わたしたちはずっと一緒、でしょ」
「だね……大切な約束だ」
指切りを交わす小指にはあやとりの赤い紐が絡まっていて。
少年と少女は照れくさそうに微笑みあった。
ずっと一緒にいられますようにとの願いを込めて。
「「ゆーびきーり――」」
しかし二人の願いはわずか一年で叶わぬものとなり。
六年の月日が流れた。
一人で暮らすには充分すぎる広さや質のいい木材が使われている室内にはディスクチェアと本棚が一つ、後はベッドのみと簡素なもの。
そんな室内で椅子に腰掛けている少女が一人。
窓から差し込む朝日を浴びるのは透き通るような長い白髪、見劣りしない整った顔立ちは真剣そのもの。
「これで……完成」
両手に絡めていた赤い輪状の紐をゆったりと指に引っかけては伸ばし、外してはまた伸ばす動きを繰り返すことで納得のいく形を作り上げた。
しかし白髪の少女は寂しげで、瞳も紐を通して遠くを見つめているよう。
そうしているとノックの音、入ってくるのは金髪の少女。
「遅いから迎えにきた」
「もうそんな時間なんだ」
視線を向けて微笑む白髪の少女の指先を見るなり金髪の少女はため息。
「またそれで遊んでるの」
「ええ。新しく考えたのだけど、どうかしら?」
「どう、と言われても……」
白髪の少女はうきうきと両手を向け、金髪の少女は顎に指を当てて自信なく答える。
「……お花?」
「惜しい。これは雪の華」
「言われてみれば……」
絡み合う赤い紐はたしかに雪の結晶を象っているように見えなくもない。ただ紐だけで複雑な形状は難しく、言われなければ当てるのは無理だった。
しょせんは遊び、本人が満足ならそれでいいと追求しない。
「よく思いつく。たしか……あやとり?」
「正解。東の国で生まれた素敵な遊び」
頷く白髪の少女の笑顔にほんの少し寂しさが混じっているのを見逃さない。
ただ、その理由を知っている金髪の少女は触れることなく微笑み返すのみ。
「もう時間だから迎えにきた」
「ごめん。すぐ準備する」
立ち上がった白髪の少女は指から解いた紐を丁寧にまとめて胸ポケットに入れた。
同日の夜――
明日にでも崩れてしまいそうなほど老朽化した建物の一室。
ランプの明かりが灯すのはほこりっぽいベッドに横たわる、闇のような黒髪を乱雑に伸ばした少年。猛禽類を彷彿とさせる鋭い目つきは今は気だるげで。
不意に聞こえるノックの音。しかし少年は見向きもせず、また相手も返事を待たずに入ってくる。現れたのは少年と同じく闇色の髪と瞳をした幼い少女で。
少年の手元を見るなり少女はクスクスと笑った。
「相変わらずお好きですね。その遊戯」
「……暇つぶしにいいんでな」
やはり視線も向けず返す少年の指先では白い紐で複雑な模様が象られている。
「今度は何を摸しているのですか」
「なんだろうな」
気分を害したと少年は紐を解いてようやく少女を見る。
「どうした」
「ラタニさまから言伝です」
続ける言葉に耳を傾けていた少年が面倒げにため息を吐くも、伝え終えた少女はぱちぱちと拍手を。
「ご就職、おめでとうございます」
「なにがめでたいんだ」
舌打ちを零しつつ少年は紐を乱雑にコートのポケットに押し込み立ち上がる。
「それでも素直に準備をなさるんですね」
「あいつにはカリがあるからな」
手早く旅支度を終えた少年はほくそ笑み
「ま、暇つぶしにもちょうどいい」
ランプの火を消し少女と共に部屋を後にした。
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