第3話 戸惑いの再会 3
「――上がりだ。持っていけ」
「おう、サンキュ」
「…………」
トレイをカウンターに置くアヤトにユースは礼を言い、リースは無言のまま受け取る。
「なんだ。まだ髪色が気になるか」
「いえ……失礼しました」
皮肉を言われて凝視していたロロベリアもトレイを受け取れば、アヤトは我関せずと厨房の奥へ。
「違うねぇ……そのワリに姫ちゃんはご執着のようだけど」
「気のせい」
落ち込むロロベリアにユースは興味を持つもリースはバッサリと否定。
「それよりも後で代金はもらう。あなた持ちと言った」
「ちゃっかりしてますね……とりあえず食いますか」
いつまでもカウンターに居ても仕方がないと三人は手短なテーブル席へ。
トレイにのる料理は三人とも同じで芋と根野菜を煮込んだスープに大きめの肉団子が一つ、そして干しぶどうの混ざったブレッドのみ。
「値段の理由がよくわかる」
「早くて安いだけがウリって言っただろ?」
育ち盛りの学院生には質素なメニューを前に嘆息するリースにユースも苦笑。
「腹にはいりゃいいんだって」
「あの男が作ったと考えると食が進まない……」
「……いただきます」
早速フォークで肉団子を刺すユース、愚痴をこぼしブレッドをちぎるリースに遅れてロロベリアは手を合わせてスプーンを取りスープを一口。
「「「…………」」」
同時に三人は驚きで顔を見合わせ、そして三人は同じ思いを抱く。
一見野菜を煮込んだだけのスープは野菜の臭みをスパイスで上手く消すだけでなく飲みやすい味付けもされている。
魚の身をすりつぶした肉団子は淡泊な味を粒こしょうのアクセントを付け加えているので何個でも食べられそう。
ブレッドには少量の塩をねり混ぜているのか干しぶどうの甘みを引き立てた対比。
どれも見事としか言いようのないバランスと繊細な仕事ぶりを感じさせる料理は、普段利用している一般学食よりも美味しい。その証拠に嫌々口にしていたリースが今は取り憑かれたように無言で食しているほどだ。
「これは早くて安くて美味いってウリに変えた方がいいな」
普段からここを利用しているユースも絶賛するなら前調理師よりアヤトが上なのか。
「つーか意外すぎ。ほんと何者だよ」
「ユースさん……失礼ですよ」
窘めるロロベリアだがつい同意しそうになった。申し訳ないがアヤトの風貌から料理上手というイメージは全くない。
「ただの傲慢ちき。偉そうでムカ付く」
「お姉さま? そう言いながら俺のブレッド食ってるのはなんで」
「食べ物に罪はない」
「さいですか……ところでさ、クロちゃんって料理得意だった?」
「え? べ、べつに……器用だった、けど」
不意にユースから質問されたロロベリアは記憶を辿る。
あやとりが得意だからか手先は器用だったし、料理の手伝いも進んでしていたが別段得意というほどでもない。
しかしなぜ急にそんな質問をしてくるのか。
「なぜここでクロさんの名前が出る」
ロロベリアの疑問を代弁するリースにユースはわずかに首をひねる。
「もしクロちゃんが料理得意だったらあいつとの接点になるんじゃないかって思ってさ」
「違うと言った。本人も否定している」
「でも本人がただ忘れてるってこともあるだろ。いや、記憶喪失って言えばいいか? ならあいつがクロちゃんの可能性だってある」
「なぜ愚弟はあの男をクロさんにしたがる」
ムキになるリースに向けてユースがそういう意図はないと首を振り否定。
「珍しい特徴で同じ年頃、同じ名前の奴が違うって決めつけるよりそういった可能性の方が高いって確率の問題。なんせ六年も消息が分からなかったんだろ? その間に色々あった、イメージと違うのもその色々が原因だってな」
「それは……」
「なにより、オレはあいつの言葉より姫ちゃんの直感に信憑性を感じる。同じ特徴ってだけで姫ちゃんが思い悩まない、違うか?」
「…………」
妙な説得力に押し黙るリースを尻目にロロベリアも返答に詰まった。
ユースの指摘はロロベリアも一度は辿り着いた可能性。
口調が代わった、雰囲気が変わった、クロの愛称を覚えていない。
それでもアヤトと最初に視線を交えた際に感じた胸の高鳴り。
そして偶然再現された愛称のやり取り。
この感覚を何よりの確証と思える故に、この六年の間に何かがありアヤトが忘却している可能性に行き着いた。
だが、どうしても気になる事実もある。
「――あら、お二人方もいらして下さっていたのですね」
昨夜から何度も繰り返された思考を遮らせるロロベリアは鈴のような声に視線を上げた。
声の主は白いフリルをあしらった真っ黒なゴシックドレスの少女、マヤ=カルヴァシア。
アヤトと同じ黒髪黒目で同じ姓を持つ彼の妹。
そう、少ない特徴だからこそ存在しなかったはずの妹が確率を下げてしまう。
「兄様の料理は……えっと、そういえばお二人方のお名前を伺っていませんでしたわ」
「……そうだったわね。失礼、私はロロベリア=リーズベルト。ここの一学年よ」
「リース……フィン=ニコレスカ。同じく一学年」
だからといって邪険にする気は毛頭無く、微笑みを向けるロロベリアに遅れてリースも食事を止めてペコリ。
対しマヤは歳不相応な艶美な笑みを返す。
「ロロベリアさまとリースさまですね。改めてよろしくお願いいたします。ところでそちらの殿方はご学友でしょうか?」
「ああ、オレはユース。リースの双子の弟……なんだけど、キミは?」
初対面からか黒髪黒目の特徴を持つマヤの登場に面食らっていたユースが問い返す。
「これは失礼いたしました。わたくしはマヤ=カルヴァシアと申します」
「カルヴァシア……つまり、さっきの兄様ってのはアヤトくんのことかな?」
「はい。それで、兄様の料理はお口に合いましたでしょうか」
「……なるほどね」
肯定されてユースはロロベリアの不調の理由を察した。
「いや、あったあった。キミの兄様は料理が上手いね、顔に似合わず」
「……ユースさん」
「お気になさらずロロベリアさま。兄様の顔が怖いのは事実ですから」
「おまけに無愛想で偉そう」
「リースも……」
遠慮のないニコレスカ兄妹にロロベリアは申し訳なさそうに顔を伏せるが、マヤは気にした様子もなくクスクスと笑いを漏らす。
「ところでマヤちゃんはどうしてここに? 見たところ学院生として食事にきたってワケでもなさそうだけど」
和んだところでユースから疑問が。
学院の学食は関係者以外立ち入り禁止。なのに制服を着てなく歳も幼いマヤがここにいるのはロロベリアも気になるところ。
ちなみにリースは興味ないと食事を再開していた。
「兄様の様子見に。せっかく数少ない特技を活かせる職に就けたのですから、少しでも長続きして欲しいと心配で」
「ふーん、兄様思いだ。しかも可愛い、お兄さん好みでよろしい」
「ユースさまったらお上手ですわ。ただ兄様に稼いでいただかなければわたくしの生活が苦しくなるからですのに」
「うわぁ……正直なところもお兄さん好みだ」
どさくさに口説かれてもさらりと交わしたマヤから凄い返答。
そんなやり取りを聞いていたロロベリアにはある疑問が浮かんでいた。
マヤはアヤトに働いてもらわなければ生活できないと言った。別にアヤトの年齢で働くのは珍しくない、だがその多くは教育機関に通えないほど経済に不安を持つ家庭の場合。
もしくは身寄りのない若者の場合――二人は揃って出稼ぎに来ているのか、それともクロのように親が居ないのか。
アヤトをクロとして考えていただけに後者の可能性を何となく想像していたので気にしなかったが、果たして二人には他に家族が居るのか。
もし居なければまたアヤトがクロだとする事実を得られる。
しかしそんな理由で聞けるはずもなく、家庭の事情をむやみに質問するのは失礼の極み。
「それだとマヤちゃんを養ってるのは兄様ってこと? パパとママは何してんの?」
「ユースさんっ!?」
などと自粛していたのにユースは失礼の極みを平然と口にする。たまらずロロベリアが立ち上がるもマヤは全く気分を害した様子もなく首を振った。
「わたくしたちには他に家族がいませんの。なのでユースさまの仰る通り、わたくしは兄様に養っていただいていますわ」
「そっか……いや、悪い。不躾な質問だったわ」
「お気になさらず。二人だけの家族でも、毎日がとても楽しいので。兄様もああ見えてとても良くしてくださりますし」
ユースの謝罪に本当に辛さの垣間見えない微笑みをマヤが見せるので内心ロロベリアは安堵するが――
「……本当の家族のように」
「え……?」
ボソリと呟かれた言葉をロロベリアだけが聞き取った。
今の言い回しでは、まるで二人の間に血の繋がりがない兄妹のようで。
もしそうならロロベリアが懸念していた確率の問題が一気に払拭される。
「それって――」
「……お前はなにしてんだ」
失礼を忘れてロロベリアが問いかけようとするも、アヤトの不機嫌声が遮った。
「…………」
「あら、お仕事はよろしいのですか?」
「よろしくねぇよ。いいから質問に答えろ。なぜ部外者のお前がここにいる」
言葉を飲み込むロロベリアを他所に兄妹間の会話は続く。
「もちろん兄様のお仕事を拝見しに。ラタニさまからご許可を頂いているのでご安心を」
「ほう? なら少し手伝え。ちょうど人手が欲しいと思っていたところだ」
「さほど忙しいように見えませんが?」
「俺しかいねぇんだ。仕方ないだろ」
「同僚の方がいると聞いていますが……」
「そいつならとっくに逆ギレしていねぇよ」
やれやれとため息を吐くアヤトのぼやきに、今さらながらニコレスカ姉弟は学食内に彼以外の従業員が居ないことに気づく。
「……また、小馬鹿にするような発言でもしましたか」
「俺は正論を言ったまでだ。たく、少し説教したくらいで仕事を放るとは何様だか」
どうやら仕事の方針で口論になったようだが、これまでのアヤトの態度ときつい口調を鑑みると職場の先輩に対しても容赦が無かったのだろう。
結果として相手が怒って仕事を放棄したと想像するのは容易い。
ただ気にくわなければアヤトこそ放棄しそうなのに、一人でも学食を開けたのなら仕事に対しては真面目なのか。どちらが悪いか判断に悩む。
「仕方ありません……ぼっちな兄様をお助けするのも可愛い妹の勤め。お手伝いします」
「何度も言うが自分で可愛いとか言うんじゃねぇよ」
「ぼっちなのは否定しないんですね。ではみなさま方、ごゆっくり」
厨房に向かうカルヴァシア兄妹を見送りながらユースは頭をかく。
「……なんつーか、濃い兄妹だったな」
「陰険な兄と礼儀正しい妹。ウチとは何もかも真逆」
「それってどう言う意味ですか? おねーさま?」
「出来た姉とゴミクズな弟」
「そこまで言いますかっ!」
「それよりもロロ。どうかした?」
ユースの訴えを無視してリースは俯いたままのロロベリアに問いかける。
「……なんでもない」
一瞬躊躇する素振りを見せるもロロベリアは首を振る。
正直アヤトが来てくれて助かった。
思わず我を忘れて不躾な質問をマヤにしていたとロロベリアは内心安堵。
二人に血の繋がりがなければアヤトがクロとの可能性は高くなる。しかしそれを知りたいのはロロベリアの願望、そもそも相手の過去を探るなど失礼なのだ。
誰にでも言いたくない、知って欲しくない過去の一つや二つがある。教会に捨てられていた過去を持つロロベリアは身をもって知っている。
なのに自己満足を得るために相手の領域に足を踏み入れるなど、どうかしている。
もしアヤトが本当に別人だったら取り返しが付かないほどの罪だ。
万が一との可能性に浮かれていた。
アヤトがクロだと決めつけるよりまず、ここにいるアヤト=カルヴァシアを知るべき。
そして相手を知りたいのならまず自身を知ってもらうべきだ。
ならば焦らず仲良くなっていけばいい。
六年も待ったのだ。少しずつ彼を知って、知ってもらって可能性を高めて確証を得ればいい。
この決意は無意識ながらもアヤトをクロだと意識しているとロロベリアは気づいていない。ユースの言っていた確率の問題ではなく、やはり彼と出会った際の胸の高鳴りが後押ししているのか。
「さ、早く食べて戻りましょう」
無意識ながらも一つの答えを得たロロベリアは今日初めて迷いのない笑みを浮かべた。
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